第5話 こういうタイプの悪役です
かがり火がこうこうと燃えている。時折爆ぜる音がする。夜の闇の中は静かで他に何の音も聞こえてこない――はずだった。
金属のこすれ合う音が聞こえてくる。
その音はやがて足音をともない、かがり火の並ぶ中庭、その脇に続く列柱を抜け、彼が待つ
「申し上げます!」
若い兵士の視線の先に、彼が座っていた。
中年の男だ。
彼は金で縁取った布張りの椅子に深く腰掛けている。右手には紅い葡萄酒の入った酒杯を持ち、左手で膝の上に眠る長毛のアシュラフ猫を撫でている。
「三機目の投石機の手配が完了いたしました! ムハッラム様のご指示を頂戴し次第投石を開始いたします!」
「大きな声を出すな。猫が起きてしまう」
男――ムハッラムが、背もたれに預けていた上体を起こした。兵士の声ではなく、ムハッラムが起きたことに反応したようだ。膝の上の猫が顔を上げた。そして我関せずの顔で床に下り、四肢を踏ん張ったまま背中を丸め尾を立てて伸びをして、そのうち夜の闇に消えていってしまった。ムハッラムが名残惜しそうに「ああ、かわい子ちゃん」と呟いた。
「ワルダ城からは何の音沙汰もないのかね」
そう言うと、別の兵士が前に進み出てきた。
「申し上げます! ございません! ですがワルダ城内における別の情報を入手いたしました!」
「ほう。聞こうか」
「城主、
「ふむ。哀れな男だ、大事にしていた奴隷に逃げられてそんなことを言われるとは。古い友人として悲しく思う」
口ではそう言うが、ムハッラムは表情ひとつ変えなかった。
「ワルダ城の危機を察した者が数名逃げ出しております。逃げたのはいずれも
彼は声を上げて笑った。
「こういうのを、東方の宗教では因果応報と言うそうだ。ハサンめが、可愛がってきたツケを支払わされている。――その者たちはどうした?」
兵士がまた深く首を垂れ、ムハッラムの顔を見ずに答える。
「全員捕獲して別の棟に収容しております。拷問などせずとも情報をべらべらしゃべります」
「それで、城の中の状況はどうなっているかわかったかね」
「女
「おお」
ムハッラムが恍惚とした表情を浮かべる。
「『
右手の酒杯を持ち上げて振った。
「あの娘は皇妃の器だ。必ず私のものにする」
二人の兵士がさらに深く首を垂れる。額が床につく。
「『
「破り捨てたとの情報が」
「生意気な!」
酒杯を床に叩きつけた。
「だが、いいだろう。私は寛大な男だ。それに女は少し生意気なところが可愛い。その花が散る時に泣くのを見るのが男の生きがいなのだ。大事に大事にしつけるのだ……」
そこで、三人目の兵士が入ってきました。
「ムハッラム様に申し上げます!」
「何だ」
「城を最初に抜け出した二人の情報がわかりました!」
それを聞くと、ムハッラムは「おっ」と呟いて三人目の兵士の顔を見た。
「一人目は
「十五とは、そんなに若いのか」
「それがどの逃亡奴隷も口を揃えて申します――ワルダでもっとも優秀な戦士、騎射では並ぶ者のない名手、近接戦でも二振りの刀を振るって敵兵を薙ぎ倒す猛者である、と」
ムハッラムは顎ひげを撫でた。
「その小僧が追わせていた兵士たちを返り討ちにしたのかね」
「おそらくは」
「気に食わん」
次に「もう一人は」と問う。三人目の兵士が首を垂れる。
「二人目は酒汲み奴隷のアシュラフ人はファルザードと申す者。年は十四、大きなあんず形の目の少年で、少し癖のある長い黒髪をしているそうです。なんでも、ハサンが一番可愛がっていた寵童とかで」
「おお、可哀想に。その子はどうしたかね、さぞかし恐ろしい思いをしていることであろう」
「それがどの逃亡奴隷も口を揃えて申します――ワルダでもっとも優秀な賢者、
「おもしろくない」
ムハッラムは椅子に深く腰掛け直した。
「その坊やたちの足取りはつかめたのかね」
「申し訳ございません。ですがヒザーナに向かったことは判明しております」
「ヒザーナか。まずいぞ」
両手の指と指とを組み合わせる。
「腰抜けの
かがり火の爆ぜる音がする。
「先回りしよう。
三人の兵士が深く深く礼をする。
「
「お手紙をしたためられますか」
「
唇の端を、片方だけ、持ち上げた。
「大
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