Epilogue・俺に妹は居ないはずだが、突然妹ができました。

「お待たせ、琴美」

「あっ、涼君。お母さんの具合はどうだったの?」

「特に問題は無かったよ」

「それじゃあ、予定通りに生まれそうなの?」

「ああ。お医者さんはそう言ってたよ」

「そっか。良かったね」

「うん。ありがとう」


 俺はにこっと笑顔でそう言ったあと、琴美の手を握って歩き始めた。

 今年の三月に花嵐恋からんこえ学園を卒業してから半年、俺は琴美と付き合っていた。ここまでの道のりは結構長かったけど、俺は今、幸せだ。


「せっかくのデートなのに遅れてごめんな」

「ううん、大丈夫だよ。それに私も、赤ちゃんが生まれて来るのが楽しみなんだから」

「琴美は子供が好きだからな」

「うん! でもね、今回はちょっと違うの」

「何が違うんだ?」

「生まれて来る子って女の子なんでしょ?」

「ああ」

「ほら、私って一人っ子だから、妹の居る生活にちょっと憧れてたんだ」

「おいおい。俺の妹をどうしようってんだ?」

「いいじゃない。ちゃんと可愛がるし、いずれは私の義妹いもうとになるんだから」

「そ、それはまあ、そうだろうけどさ……」


 あまりのストレートな物言いに、俺は照れくさくなってしまった。

 恋人になってからの琴美はとても積極的で、時々ビックリしてしまう事がある。


「でも、涼君も嬉しいでしょ? 昔から妹を欲しがってたし」

「まあね。でもさ、なんだか妹が居る気分を味わうのって、初めてじゃない気がするんだよな」

「それってもしかして、前に見せてもらった日記の事?」

「ああ」


 俺の自宅にあるパソコンには、一つの不思議な日記が書かれたファイルがある。それは高校に入学した四月の始め頃から、二年生の十二月二十四日まで続いていた日記だ。

 最初にその日記ファイルを見つけた時はなぜか観覧制限のパスワードが設定されていて、中を開き見る事はできなかった。そしてその時の俺は思いつく限りのパスワードを入力してみたけど、結局そのどれもが当てはまる事はなかった。

 確かに俺の中には日記を書いていた記憶があったけど、その内容はどうしても思い出せなかった。思い出せないくらいどうでもいい事を書いていたのかもしれないけど、基本的に俺は意味の無い事に労力を割くタイプではないから、意味の無い日記を書いていたという可能性は低い。だからこそ、その内容がどうしても気になっていた。

 しかし自分で設定した筈のパスワードを完全に忘れていた当時の俺は、かなりへこんでいたのを覚えている。いや、俺が本当に凹んでいた理由は、そのファイルにとても大切な事が書かれている気がしていたからだ。

 そしてそんな思いを抱いたまま毎日を過ごしていたある日の夜。

 俺は突然急激な眠気に襲われ、不思議な夢を見た。それは『明日香』という名前の女の子と一緒に、何気ない日常を送っている夢だった。

 まあ、何気ない日常とは言ってもやはりそれは夢だからか、天使の様な白い羽が生えたお気楽妖精が出て来たり、家で飼ってる猫の小雪が人間になったりと、所々で妙な場面はあった。だけど俺は、そんなおかしくも思える夢の場面の数々をとても懐かしく感じた。

 そしてその夢から目を覚ました時、俺はおもむろにパソコン画面に表示されているパスワード欄に『asuka』と入力してみた。すると日記の観覧制限が解除され、それに驚いた俺は時間も忘れてその日記の内容に見入った。

 それから長い時間をかけて自分が書いたであろう日記を読み終えた時、俺は涙を流していた。探していた大切なものを見つけた気がしたからだ。

 日記に書いてあった内容は、自分が夢で見た事と同じ様な内容だ。突然俺の前に現れた女の子、その子を妹として預かってくれと言う変な妖精。そして預かった女の子に対し、兄として接している自分の話。

 この日記の内容をはっきりと言ってしまえば、とんだ妄想話だ。でも俺は、不思議とその妄想話を書きつづった日記に惹き込まれた。なんとなくだけど、本当にこんな事があった様な気がしたからだ。


「確かにあの日記の内容は、作り話とは思えないくらい詳細に物事を書いてたもんね。私も最初に見た時はビックリしたもん」

「そういえば琴美、『いつの間にこんなお話を作ったの!?』とか言って驚いてたもんな」

「それはそうだよ。だってあの日記、私が行った紅葉狩りの話とか、キャンプの時の話とかもちゃんと書いてあるんだもん」


 そう、あの日記は間違い無く、俺が過ごして来た日常を書きつづったものだ。だけどその日記の中であえておかしな点を上げるとしたら、という人物とという人物、そしてという、知らない人物の名前が書かれている事だった。

 一応その人物について琴美にも尋ねてみた事はあったけど、琴美は『そんな名前の人達は知らない』と言っていた。でもその時、琴美は付け加える様にしてこんな事を言った。『でもその名前、なんだか懐かしい感じがする』――と。


「まあ、自分で書いたはずの日記の内容を覚えてないとか、本当に不思議な感じだったけどな」

「でも私は、あのお話好きだよ? それに涼君も、あの日記の内容が好きだから小説にしようと思ったんでしょ?」

「まあね」

「どんな小説になるか楽しみだなあ。出来上がったら一番に見せてね?」

「ははっ。なんだか照れくさいけど、完成したら琴美に一番に見せるよ」

「やった! あっ、そうだ涼君。さっき聞くのを忘れてたんだけど、生まれて来る赤ちゃんの名前はもう決まったの?」


 両手で可愛らしく小さなガッツポーズを決めたあと、琴美は興味津々な様子でそう聞いてきた。


「ああ。母さん達も色々と悩んだみたいだけど、俺が考えた名前に決めてくれたよ」

「涼君が考えたの? どんな名前?」

「名前は『明日香』、明日の香りって書いて明日香だ」

「明日香ちゃんかあ、良い名前だね。もしかして、あの日記の人物から取ったの?」

「いや、昔生まれて来るはずだった妹につける名前だったんだけど、あの時はつける事ができなかったから、今度こそ生まれて来た妹を明日香って呼びたいんだ」

「そっか。楽しみだね、明日香ちゃんが生まれて来るのが」

「ああ」

「ねえ、もう一つ聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

「何だ?」

「涼君が今書いてる小説、タイトルはどうなるの?」

「ああ、それか。色々と悩んだけど、昨日の夜に日記を見てて思いついたのがあるんだ」

「へえー、どんなタイトル?」

「それはな――」


 スーッと空気を吸い込んだあと、俺は琴美に向けて口を開いた。


「――『俺に妹は居ないはずだが、突然妹ができました。』」





俺に妹は居ないはずだが、突然妹ができました。~Fin~

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