第48話・クリスマスケーキとみんなの笑顔

 時間も経ってある程度食事が進むと、いよいよクリスマスパーティーの主役とも言うべきクリスマスケーキの登場となる。しかしサクラが取りに行ったクリスマスケーキは、持って帰る途中に起こったハプニングとやらで見るも無残な姿になり果てていた。

 そしてその無残な姿となったクリスマスケーキを見た一同が苦笑いを浮かべる中、そのクリスマスケーキの末路を誰より悲しんでいたのはプリムラちゃんだった。


「ケーキが……甘くて美味しいケーキが……隊長のせいでこんな姿に…………」

「だ、だから、さっきから悪かったって言ってるでしょ」


 甘い物好きのプリムラちゃんは特にケーキが好きみたいで、無残な姿となったクリスマスケーキを前に悲しみの声を上げながら、チクチクとサクラを責め続けていた。


「ほ、ほら、プリムラちゃん。そっちのケーキが崩れちゃったのは残念だけど、私が作ったケーキも沢山あるから機嫌を直して」


 そう言うと琴美は持って来ていたケーキの数々を取り出し、それを次々とテーブルの上に置いた。


「わあっ! ケーキが沢山!」


 定番のイチゴケーキにチョコレートケーキ、生クリームたっぷりのホワイトケーキなどがテーブルに置かれると、それを見たプリムラちゃんは一変して満面の笑みを浮かべて喜んだ。


「助かったよー、琴美ちゃ~ん。ありがとねー」

「い、いえ。大した事じゃありませんから」


 プリムラちゃんからの責め苦を受けていたサクラが、そこから解放してくれた琴美に抱き付いてお礼を言った。

 琴美はそんなサクラの行動に少し困惑していたみたいだけど、なんにしてもこれで一つの騒動が収まったんだから良かったと思う。


「――それじゃあ、さっそく切り分けますね」


 サクラの抱擁から解放されたあと、琴美は台所から数々の道具を持ってリビングへと戻って来た。すると明日香は興味津々と言った感じで琴美が手に持った道具へと興味を示した。

 琴美が『切り分けますね』と言ったんだから、手に持っている道具がケーキを切り分ける為の物だというのは分かる。だけど俺は、琴美が手にしている道具を見た事はなかった。


「琴美お姉ちゃん。それなーに?」

「これはトルテカッターって言って、ケーキを綺麗に等分する為の道具なの」

「へえー。そんなのがあるんだね」


 そう言うと琴美は物珍しそうに道具を見る俺達を前にトルテカッターをホールケーキの上面に軽く押し付けて筋をつけ、用意していたケーキの直径よりやや長めのナイフを手に取り、それをお湯の入った容器へ入れて温めてからタオルで拭き、ケーキを切り分け始めた。


「へえー、綺麗に切れるもんだな」

「でしょ?」


 琴美は手際良くケーキを切り分けながら、にこやかな笑顔でそう言った。

 ホールケーキって普通に切ろうとすると必ずと言っていいほど切った断面が荒くなって見栄えが悪くなるんだけど、琴美が切ったケーキの断面はとても滑らかで綺麗だ。それはもう、お店で売っているケーキと何ら変わりないほどに。


「琴美さん。どうやったらそんな綺麗にケーキが切れるんですか?」


 俺も思っていた疑問を由梨ちゃんが口にすると、全員がその答えを求める様にして琴美へと注目した。


「まずはね、ケーキをしっかりと冷蔵庫で冷やしておく事が大事なの。そうする事でクリームがしっかりと固まって、ナイフにベタっとクリームが付かなくなるの」


 そう言うと琴美は一度使ったナイフをタオルで拭き、そのあとでまたナイフをお湯へと浸けた。


「そしてお湯にナイフを浸けるのは、切り口のクリームが溶けて滑らかになるからなの。こうしてナイフに付いたお湯をタオルで拭いて、刃を上から少し斜めに当ててゆっくりと切っていく。これを一回やる度に繰り返していけば、ケーキは綺麗に切れるの。ちなみにだけど、ナイフの刃は薄い方がやり易いからね?」


 琴美はケーキを綺麗に切り分けながら、とても丁寧に説明をしてくれる。

 きっと今の琴美の様に、ケーキ屋さんも手間をかけてケーキを綺麗に切り分けているんだろう。


「琴美お姉ちゃん。私もやってみていいかな?」

「うん。もちろんいいよ」

「やった♪」


 琴美は使ったナイフを綺麗に拭いてからお湯で温め、付いた水分を拭き取ってから明日香にそのナイフを手渡した。

 そして琴美からナイフを受け取った明日香は、見様見真似でケーキへ刃を立てて切り分けを始める。


「ふうっ……こんな感じでいいのかな?」

「上手上手! 凄く綺麗に切れてるよ」


 琴美が手の平をパチパチと叩いて明日香を褒める。

 それを見た明日香はにこやかな笑顔で喜びながら、俺の方を見てVサインを送ってきた。そして俺はそんな可愛らしい明日香へ向け、右手の親指をグッと立てて前へと突き出した。


「あの、私もやってみていいですか? 琴美さん」

「もちろん」


 最初の頃こそ引っ込み思案だと思っていた由梨ちゃんだが、それは俺の思い込みでしかなかったみたいだ。

 由梨ちゃんも明日香と同じ様に色々な事に興味を持つ方らしく、色々な事に挑戦しようという気概きがいが見てとれる。

 そして琴美にもう一度やり方を聞いてからケーキのカッティングに挑戦している由梨ちゃんを、拓海さんは微笑ましそうに見ていた。

 こうして琴美達の手によって切り分けられたケーキは綺麗にお皿に並べられ、待ちに待っていたと言わんばかりにプリムラちゃんがその一つをお皿に取り、フォークを使ってそれを口に運んだ。


「んんー♪ 美味しいー! 幸せ~♪」


 ケーキを食べたプリムラちゃんが、恍惚の表情を浮かべながら幸せの声を上げる。普段の生真面目でしっかりとしているプリムラちゃんの姿はそこにはない。


「本当に美味しい♪ さすがは琴美お姉ちゃんだね♪」

「ありがとう。明日香ちゃん」


 そんな絶賛の言葉に対し、琴美はにこにことしながら御礼を言う。

 みんながケーキを食べる時の笑顔を見ていれば、それだけでその美味しさが伝わってくるってもんだ。


「本当に美味しいよ、琴美ちゃん。将来結婚する旦那さんが羨ましいね。そうは思わないかい? 涼太君」

「えっ!? え、ええ。そうですね」

「涼君はケーキ好き?」

「う、うん。大好きだよ」

「それじゃあ、もっともっとレパートリーを増やさないとだね」


 琴美は顔を紅くしながら、少し恥ずかしそうにそんな事を言った。


「ヒューヒュー! お熱いねっ! ご両人!!」


 そんなやり取りをしていた俺と琴美に対し、サクラがここぞとばかりにはやし立て始めた。


「ちょっ!? 止めろよなサクラ!」


 俺は慌ててそう言うが、サクラはそんな俺を見てますます調子づく。


「もおー♪ そんなに顔を紅くしちゃって~♪ か・わ・い・い~♪」

「うぐっ……」


 サクラはニヤニヤとしながら、俺の頬を指でツンツンと突く。

 そしてそんな風にいじられている俺を、プリムラちゃんと小雪ちゃん以外はサクラと同じ様にニヤニヤとしながら見ていた。


「涼太君は幸せ者だね。いや~、羨ましいよ」

「本当ですね。涼太さんは幸せ者です」


 サクラにいじられて恥ずかしくなっている俺に対し、今度は拓海さんと由梨ちゃんの兄妹コンビが攻め込んで来た。


「ぐっ……明日香も何か言ってやってくれよ」

「うーん……せっかくのいい機会だから、私はお兄ちゃんが琴美お姉ちゃんをどう思っているのか知りたいかな~」


 明日香なら俺のピンチを助けてくれると期待して助けを求めたけど、その期待も虚しく、明日香まで俺の敵に回ってしまった。


「どどどどう思ってるって、どどどどういう事さ!?」

「そんなの決まってるじゃないか。涼太君が琴美ちゃんの事を好――」

「だあ――――っ!! それ以上は言わないで下さいっ!」

「あはは、ごめんごめん。でもほら、僕はともかくとして、あっちは涼太君の返答を待ってるみたいだよ?」


 そう言って親指をクイクイッとある方向へ向ける拓海さん。

 そんな拓海さんの指の動きを見てその方向へ視線を向けると、そこには顔を紅くして俺を見つめる琴美の姿があった。


「か、勘弁してくれ――――っ!!」


 せっかくのクリスマスパーティーだと言うのに、俺はみんなに囲まれてもてあそばれる。

 そんな悲しき定めの俺の叫びが、明るい雰囲気の部屋の中に響き渡った。

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