第20話・楽しく過ごす兄妹のひと時
ファミレスを出て映画館へと戻った時には、上映開始時刻の十五分前だった。
そして俺は明日香がトイレへ行っている間にポップコーンと飲み物を買っておこうと、売店の列に並んでいる。
映画を見る時に食べる物と言えば、おそらくポテチ派かポップコーン派で分かれるのではないだろうか。ちなみに俺はポップコーン派だ。でも、別にポテチが嫌いなわけじゃない。
ただポテチって、映画を見ている時に食べる物としては不向きだと個人的には思う。なにせポテチは袋に手を入れるとガサガサと音が出るし、食べるとバリバリと音が出る。映画の最中はスピーカーから館内に大きな音が出ているのに、あれって近くでやられると凄く音が気になるんだ。
映画館においてありえる状況を考えている内に、俺の注文する番が目前へと迫っていた。俺は近くにある掲示板に張り付けられているメニュー表を見ながら、あらかじめ注文する内容を決め始める。
最近のポップコーンってのは味の種類が豊富で、はっきり言ってかなり迷う。だけど俺の頼む味は既に決まっている。ポップコーンはオーソドックスに塩味が一番。これだけは譲れない。
問題なのは明日香の分だが、トイレが混んでいるのかまだ戻って来ない。こうなってくると、明日香の分をどうしようかと悩んでしまう。さすがに明日香の分まで俺の好みに付き合わせるのは可哀想だから。
「――うーん……仕方ないか」
結局。俺の買う順番が来るまでに明日香が戻って来なかったので、仕方なくイチゴミルク味を選択した。おそらくここにあるメニューの中では、一番明日香が好みそうな感じがするからだ。
「あっ、あと飲み物はフルーツミックスを二つお願いします」
食べ物と同様に、飲み物についても俺なりのこだわりがある。
館内に持ち込む飲み物として、まず炭酸ジュースはお勧めしない。なぜなら炭酸はお腹を刺激し、ゲップが出やすくなる上にトイレが近くなるからだ。あと、似た様な理由でコーヒーや紅茶の
そういった理由もあり、俺は映画を見る時にはフルーツミックス系などをチョイスしている。
「お兄ちゃん。お待たせ」
ポップコーンとドリンクを買い終わったちょうどその時、タイミング良く明日香が戻って来た。
「ちょうど良かった。はい、これ」
俺の両手にはジュースの入った蓋付き紙コップと、手には持てずに両腕で抱え込んでいるポップコーンが入った円柱状の容器がある。
近付いて来た明日香に俺は目線が合う位置までしゃがみ、持っていたジュースを先に差し出すと、明日香は興味津々にそれを受け取った。そして俺は空いた手でポップコーンの入った容器を掴み、それを明日香の空いている方の手へと差し出した。
「これ、持って入っていいの?」
「ああ。映画を見ながら食べような」
「うん!」
気が付くと映画上映開始の二分前になっていて、俺は明日香と慌てて指定席へと向かった。
映画館は人によって落ち着いて見れるポジションがあると思うんだが、もちろん俺にもある。スクリーンを正面にした中央列、その中央よりやや後ろの席が望ましい。今回は運良くその周辺のチケットが取れたから良かった。
こうしてジュースとポップコーンを持った俺達が上映館内に入ると、中では本編開始前に流れる他の映画の宣伝がスクリーンに映し出されていた。こうなると、階段などにあるオレンジ色の小さな誘導灯だけが頼りだ。
「
「うん。分かった」
俺も明日香も両手が塞がっているんだから、ここでつまずいて転んだりしたら大惨事になる。だから俺が明日香の分も注意して進まなければいけない。
足下に細心の注意を払いながら明日香を誘導し、俺達は無事に指定席へと辿り着いた。そして俺達が椅子へ腰を下ろすのとほぼ同時に上映開始のブザーが鳴り始め、館内は本格的に暗くなった。
「やべっ、忘れてた」
俺は慌ててポケットに入っている携帯を取り出して電源を切った。映画などを見る時の最低限のマナーだ。
「楽しみだね。お兄ちゃん」
スクリーンから放たれる光で見える明日香の表情は、期待と好奇心に満ち溢れている。
そしてほどなくして映画が始まると、懐かしい登場人物達がスクリーンの中に登場し始め、それを見た俺は小さな頃に夢中になって見ていた時の事を思い出し、少しずつテンションが上がってきていた。
俺は興奮と共に塩味のポップコーンを口の中へと放り込みながら、スクリーンに映る登場人物の動きを目で追っていく。
「――ああ、そっちに行っちゃダメ……」
明日香と一緒に映画へ惹き込まれつつ、物語りが中盤を迎えた頃。隣に居る明日香をチラリと横目で見ると、主人公達のピンチを小声ながらも必死に伝えようとしていた。
そんな様子を見れば明日香が映画を楽しんでいる事が分かるし、その世界観へと惹き込まれているのも分かる。
こうして俺達は一緒に映画を楽しみ、エンディングまでの時間を過ごした。
「――お兄ちゃん。私、この歌を聴いた事がある気がする……」
約二時間に及ぶ映画も終わり、エンディングの美しい曲が流れていたその時、小さく俺の服を引っ張りながら明日香が小声でそう言ってきた。
しかし俺はその言葉を聞いても別に不思議とは思わなかった。なぜならこの作品のエンディング曲は長い年月が経った今でさえ人気があり、結構耳にする機会が多い。だから多分、明日香もどこかでこの曲を耳にしたのを覚えていて、それでそう言っているんだろうと思ったわけだ。
「昔から人気がある歌だし、耳に残る曲だからな。街中で聴いたとか、そんなところじゃないか?」
「うーん……そうなのかなあ?」
そう言って珍しく
明日香が言う様に、いわゆる
俺だって、ここに来た事がある気がする――とか、この状況を知っている気がする――とか、そんな事は今までに何度も感じた事がある。そんなデジャヴュをオカルト的に言えば、前世の記憶とか言うのかもしれないけど、いくら考えたところでその答えは出ない。つまり、悩むだけ無駄なんだ。
こうしてエンディング曲を聴き終えた俺達は映画館をあとにし、兄妹で初めて一緒に映画を堪能した感想を言い合いながら、楽しく帰路を歩いて自宅へと帰った。
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