家
荒野の道を、赤いハイラックスが走り抜けていく。雲一つない青空と土色の荒野は混ざり合うことなく、地の果てに見える地平線で二分割されている。
道路と呼ぶには粗雑な一筋の道は、幾度と無く車が通りぬけ、自然に出来たものだ。そこから察するに、この先には街か、かつて街だったもののどちらかがあるはずだ。
燃料は満タン。しかし、後部座席のポリタンクの中身は空っぽだ。今この車の中に入っている燃料が最後。出来ることなら、この先の街で燃料を補充したい。そうしないと、いずれ私はこの車と一緒に立ち往生することになってしまう。
そのような不安とは無縁とばかりに、車は気持ち良くエンジン音を吹き上げ、道の砂利を蹴飛ばして進んでいく。
「付き合い長いんだから、私の気持ちを少しは察してくれないかな」
車は何も答えない。
やがて、荒野の道に一つの変化が生じた。遠くに見える人影がこちらを向いて手を振っている。車で旅をしていれば何度でも出会うことになる、いわゆるヒッチハイクだ。私は、手を振る人の近くで車を停め、窓から顔を出して声をかける。
「どこまでですか」
その人は何も答えず、私に向けて、無言で拳銃を向けた。
「……何か欲しいものがあるんですか」
その人は、強盗にしてはあまりに貧弱そうな身体をしていた。着ている服はボロボロで、その顔はやつれ果て、元の人相がまるで想像できない。本来、強盗というのはもっと頑強な身体つきをしているし、単独で行動することはまずない。持っている銃の状態から見て、この人はこういった行為に慣れていないということが分かった。
「……この先の、街まで、乗せて」
風が吹けばかき消されてしまいそうなほどの小さな声で、その人は言った。
「どうぞ。荷物ばかりですけど、一人ぐらいなら乗れるはずです」
その人は無言で、後部座席に乗り込んだ。バックミラー越しに、銃を構える姿が見える。やつれ過ぎていて初めは分からなかったが、どうやらこの人は女性らしい。
私はシフトレバーを動かし、車を再度走らせる。そうした後に、後部座席に座る女性に声をかける。
「その銃、構えてても意味ないですよ」
「え……」
「だって、安全装置入れっぱなしですから」
「どうやって外すの」
「教えるとお思いですか」
間抜けなハイジャック犯も居たものだ。
それよりも、彼女のお陰でこの先に街があることが分かった。それが何よりの報酬だった。少しの間荷物が増えるぐらい、何てことはない。
「私を撃たないと言うんでしたら、街についた時に教えてあげます」
やがて、道の先に白い壁で囲まれた街が見え始めた。きっとあれが、彼女の目的地だろう。バックミラーを覗くと、涙を流す彼女の姿が見えた。
街の入口で車を停め、私は彼女に声をかける。
「ここで構いませんか」
「ええ……ありがとう」
私はガバメントを持ち出し、それを腰に差したまま彼女に銃の使い方を教える。もし彼女が私に敵意を示したら、彼女よりも先に私が撃とうと準備していたが、その心配は杞憂に終わった。彼女は私にお辞儀した後に、ゆったりとした速度で歩き出した。
その後姿を見て安心した私は街を捜索し始めた。ガソリンスタンドは存外早く発見することができた。地下に貯蔵されたままのガソリンをポリタンクに注ぎ込んでいく。満タンになったそれを車に積み込むたび、その重さで車体が揺れる。
遠くから銃声が聞こえたのは、最後のポリタンクを積み終わった時のことだった。胸騒ぎがした私はすぐさま車を走らせ、銃声のした方へ向かった。
そこにあったのは、かつて家であったもの。ボロボロに朽ち果て、外壁は剥がれ落ち、中はがらんどうで柱がむき出しになっていた。そして、家の残骸の前に横たわるのは、頭を血で染め脳髄を撒き散らした、かつて女性だったもの。きっとここが、彼女の家だったのだろう。
私は車に乗り込み街を出て、旅の道へと戻った。
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