第42話 守り合い
麗佳は魔術師の仕事場にいつもより随分早めに出勤した。
今日はヨヴァンカは完全に非番なので、侍女としてドリスを、そして女官のイリーネを伴ってきた。
「ふ、副魔術師長様!?」
ちょうど朝の魔道具の点検をしていたウティレが慌てている。目線が時計と麗佳を往復しているのは、時間をかけすぎたのか、または遅れてしまったかと心配したのだろうか。つい、落ち着いて、などと言ってしまった。原因は麗佳なのだが。
「今日は体調がいいから早めに来ちゃっただけだから」
「……『早めに来ちゃった』ではないんですよ。驚かせないでください」
ウティレはため息をついてからまた点検を始める。でも朝の準備は大体終わっていたようで、五分もかからずに席についた。
そしてすぐ四人の周りに防音の結界が張られる。
確かに麗佳も張るつもりだった。でも、何も言う前からウティレが実行するとは思わなかった。つい、まじまじと顔を見てしまう。
それを見てウティレが呆れたように苦笑を浮かべた。
「こんな風に早くいらっしゃるという事は、私達に大事なお話があるのでしょう?」
そして、一人称に『私』を使っているということは部下としてではなく、しっかり臣下モードになってるということだ。
「分かるわよね。私とイリーネ様もいるんだし」
ドリスがこちらも苦笑しながらウティレに向かってそんな事を言っている。そしてウティレは同意の頷きを彼女に返している。みんな遠慮がない。
でも、確かに分かりやすいかもしれない。この三人は、二年前、マリエッタを助けに行ったメンバーの中の一部なのだ。そして、旅の後では彼らは非公式ではあるが、一つのグループとして動いたり、情報共有をしていたりしてくれている。
そして、今回、麗佳は彼らに共有して欲しい事があって出向いたのだ。
でも、なるべく人選や、話すタイミングなどをいろいろと自然に見えるように気を配ったのだが、本人達にはバレバレだったようだ。
「……そんなに分かりやすかった?」
「はい」
「ええ」
「そうですね」
揃って即答される。複雑な気持ちだが、話が進まないので文句は言わないでおいた。臣下が優秀なのはいい事だ。
さっさと本題に入る事にする。
「ねえ、ウティレ、わたくしに反感を持っている方々ってまだ動いていたりする?」
「王妃殿下だけでなく、王家全体にもですが、おりますね」
ウティレの返答に『やっぱり』と思う。ウティレは時々裏の隠密の手伝いもしているので、彼らからも情報が入ってくるのだ。
「それは陛下にも報告が上がってるはずですが……」
そこまで、言って何かを思いついたように『ああ』とつぶやく。
オイヴァはそういう情報を共有してくれない事がある。最近は麗佳のメンタルのためとか言って、余計に隠してくるようになった。
守られているのは分かる。分かるが、疎外感があるのだ。
ただ、今、拗ねている場合ではない。
それに、麗佳としてはオイヴァの方も心配なのだ。
「……『二百年前の再現』とか言ってる愚か者はいたりするの?」
防音が張ってあるとはいえ、つい小声で聞いてしまった。それだけとんでもない事を言っている自覚はある。
麗佳のその問いかけにウティレが目を見開く。その問いは予想していなかったようだ。
落ち着くためか、一つ息を吐く。そして麗佳の目をしっかりと見てきた。
「……いますね」
いない、であって欲しかった。
と、いう事は、子供は、今、麗佳のお腹にいる子しかいないが、それ以外に麗佳の大切な存在を消す事で動揺を誘い、体を弱らせる事で、出産で死なせようと考えている者がいるという事だ。あわよくば死産や流産も狙っているのだろう。
「もちろん、騎士や隠密たちですべて阻止いたしますから、ご安心ください。ご心配ならば、こちらでも詳しい状況を把握してご報告したします」
それは助かる。
「それで、狙われてるのは……?」
「そうですね。やはり『王妃親衛隊』が多いかと」
「……う、うん、誰かわかるけど、その呼び名はやめようよ」
ついツッコんでしまった。
「いくら防音があるとしても、今、ここで彼らの名前を言うわけにはいきませんので」
「……そうね」
ここにいる者達が全員それが誰だか理解するのが一番大事だという事だ。
王妃親衛隊というのは、麗佳の元勇者パーティメンバーの事だ。オイヴァより麗佳を優先しているように見えるので、そう影で呼ばれているという。
本人は知っているのだろうか。
でも、今、そんな事を気にしている場合ではない。
「そう。やっぱりそうなのね」
予想出来ていたとはいえ、複雑な気持ちだ。
敵はなんと残酷な事を考えるのか、と腹が立ってくる。
「分かったわ」
それで今は納得をしておくしかない。
「あなた達もどうか気をつけて頂戴ね」
それだけはしっかり言う。
それが今日、三人に集まってもらった理由だ。
そういう愚か者がいる場合、麗佳の真意をきちんと伝えなければ、と思ったのだ。あの時の旅のお供達も麗佳にとっては大事な臣下達だ。そこに気づかれて狙われてはたまったものではない。
どうか、きちんと自分の身を守って。みんなで守り合って。そう願う。
麗佳は命ずる事しかできないのだ。
「かしこまりました。王妃殿下の仰せのままに」
イリーネが代表してそう言った。残りの二人も彼女に合わせて礼をとる。
これで、三人以外の他のメンバーにも伝わる事だろう。
麗佳は王妃らしく優雅に微笑んで見せたのだった。
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