第10話 真夜中の侵入者
隣で何か動く気配がして麗佳は目を覚ました。
何で隣に人がいるのだろう、とぼんやり考え、そういえば結婚したんだという事を思い出す。つまり、隣にいるのは人でなく魔族。それも自分の夫なのだ。
「……オイヴァ?」
寝ぼけ眼で尋ねる。隣にいるオイヴァはもうすでに身を起こしていた。ごそごそ音がするのは髪の毛でも縛っているのだろうか。
窓から漏れる光はない。つまりまだ深夜なのだ。
昼間は王都で新王妃のお披露目パレードがあった。
おまけにオイヴァの戦略で、麗佳は実際より幼く見えるメイクを施されたのだ。そのせいで、『隣国に利用された可哀想な異世界人の子供』というイメージを持たれしまった。
民の敵意が少なくなったのはありがたい。でも、聞こえて来る言葉がそろいもそろって『子供だ』、『幼いな』、『未成年に見えるわね』『本当に成人しているのか?』では文句も言いたくなる。
こちらで『未成年』と言われるという事は、十五歳未満に見えるという事だ。それはあまり、いや、全くもって嬉しくない。先月に誕生日を迎えたので、今の麗佳は二十歳。元の世界でも成人しているのだ。
そのおかげで今の麗佳はものすごく疲れている。本音を言えばもうちょっと眠りたい。
もっとも、オイヴァからすれば麗佳に起きて欲しくはなかったのだが、麗佳はそんな事には気がつかなかった。
「どうしたの?」
尋ねると『しっ!』と小さいが強い声で叱られる。本当にどうしたのだろう。
どうしたらいいのか分からず困っているとため息を吐かれる。次の瞬間、淡い光が二人を包んだ。これは防音の魔法だ。続いて弱い灯りの魔法が灯される。
「プロテルス公爵の手下が城に潜り込んだようだ」
「え?」
それは一大事ではないだろうか。麗佳の意識はしっかりと覚醒した。
プロテルス公爵は、令嬢のした事をオイヴァに暴かれてからしばらく謹慎状態になっている。一昨日の結婚式にすら呼ばれなかったのだ。
その手下が王城にいる。つまりはそういう事だ。
近衛兵は何をしているのだろう。突破されてしまったのだろうか。
「わたくしかオイヴァの命を狙っているという事かしら?」
「いや、狙っているのは私の血だろう」
「え? 血、ですか?」
思わぬ言葉にぽかんとしてしまう。オイヴァは何故分からないんだ、というような呆れ顔を見せているが、分からないものは分からない。
この世界に来てから九ヶ月くらいしか経っていないのだ。知らない事はたくさんある。
「相手は『吸血鬼』か何かですか?」
「『キュウケツキ』とは何だ?」
本気半分、冗談半分で聞いてみるとオイヴァが首をかしげた。
どうやら麗佳が魔族語で喋っていたので翻訳魔法は切っていたらしい。麗佳が苦笑混じりに言った単語は全く通じなかった。
「人間や動物の生き血を吸って仲間にするというアンデッドですわ」
「何だ、その恐ろしい化け物は?」
オイヴァが珍しく怯えている。吸血鬼というのは、魔族にとっても得体の知れないものらしい。
それにしても、いわゆる『アンデッド』にあたる言葉はあるのに『吸血鬼』という存在はいないらしい。
「こちらの世界の物語には存在しないのですか?」
「ないな。初めて聞く。それよりレイカ」
にっこり、と綺麗だが、怖い笑みで見つめられる。
「きちんと説明してやるから話をそらすんじゃない。時間がないんだ」
「え、ええ。分かりましたわ。申し訳ございません、オイヴァ」
「ま、私も少し肩の力が入りすぎてたかもしれないけどな」
さらりと言うところがニクい。オイヴァは麗佳の考えなどお見通しだったようだ。
「それで? どうしてオイヴァの血を?」
「おおかた、魔術にでも使うのだろう」
血を魔術に使うなんて呪い系だとしか思えない。プロテルス公爵は一体オイヴァをどうする気なのだろう。
無言で続きを待っていると、オイヴァが苦笑する。
「ほら、お前も持っていたあれだよ」
それで麗佳にも分かった。あの剣だ。
「殺害相手の登録、と言ったところですか?」
確認するとオイヴァは無言でうなずく。どうやら当たりのようだ
「よくご存知ですわね」
「これで七回目くらいだからな。いい加減懲りて欲しいが……」
オイヴァの言葉に麗佳は驚く。オイヴァが即位した時から狙われていたらしい。
「ちょっと! それ大丈夫なの?」
「あの剣を見た時から予想はしていたから。お前もそんなに興奮するな。それから言葉がニホン語になってるぞ。何を言っているのかは大体想像はつくけど気をつけろ。『王族たるもの常に冷静であれ』ってよく言うだろう?」
それは教師達から何度も聞いた言葉だ。それでも麗佳はそれを素直に聞けない。
「……オイヴァにだけは言われたくありませんわ」
「何だって?」
軽く怒りのこもった笑みが麗佳の顔をのぞく。ほんのりと灯りの魔法に照らされているせいでかなり不気味だ。つい『申し訳ございません、魔王陛下』と言ってしまいそうになる。
「そ、それでオイヴァはどうなさるのです?」
あからさまに話題を戻す。少し声が震えてしまったが問題ないだろう。
「迎え撃つに決まっているだろう。こんな大事な事を『魔王』が放っておくわけにはいかない」
それもそうだ。それは納得がいく。
「だからお前はここで大人しく待っていろ。結界魔法はかけておくから絶対に部屋からは出るな。分かったか?」
「分かりませんわ!」
でもこの命令は聞けない。なので即答した。オイヴァの眉が潜まる。
「大体近衛はどうしたのです?」
「いわゆる隠密だからな。正攻法では来ていない。魔法の使い方も彼らとは違う」
オイヴァはそういう者の対処法も知っているから大丈夫らしい。でも麗佳としてはまったくもって大丈夫じゃない。
「でも、こちらにも裏で動く者たちはいるでしょう? その者達は何をしているのです?」
そう問いかけると、オイヴァの眉が潜まる。
「どうしてそういう事に気づくんだ?」
それは半年間、みっちり王妃教育を受けたからだ。もちろん、隠密の事もよく知っている。オイヴァと一緒にその長に挨拶したのを彼は忘れてしまったのだろうか。
そう答えると、オイヴァは一つだけ深いため息をついた。
「お前の言う通りだ。奴はもう捕らえられている。だから今から私自ら尋問しに行くんだ。厳しく対処するに越した事はないからな」
だからここで大人しくしていろ、と先ほどよりきつい口調で言う。でも麗佳は引くつもりはない。剣の話だったら麗佳にも関わりがある。
「それは、わたくしも行くべきですわね!」
「駄目だ。お前も眠いだろう。今日はゆっくりと眠って……」
その言葉と共にオイヴァの魔力が麗佳の周りを囲む。だが、何も起こらない。
魔力はしばらく麗佳の周りを漂っていたが、しばらくして消えた。そのかわり、目の前のオイヴァが苦々しい顔をしている。
「……そうだった。お前は面倒くさい体質だったな」
その言葉通り、心底面倒くさそうに言う。おまけに舌打ちまでされてしまった。
確かに麗佳は精神系の魔術や魔法が効きにくい体質だ。
簡単に操られたりしないので、味方にとっては便利な機能なはずなのだが、現在、眠りの魔法をかけようとしていたオイヴァには憎々しい代物なのだろう。
これは、ここで魔術の授業を受けるようになってから判明した。魔術の教師曰く、麗佳の特殊能力らしい。今はこれを自分の意思でコントロールするすべを少しずつ教わっている。どうやら成果はいいようだ。
今まで麗佳に魅了魔法や怯えさせる魔法などを散々かけていたのは他ならぬ目の前のオイヴァなので、悔しさも大きいのだろう。
「分かったよ。連れて行けばいいんだろう」
そして、今、目の前でそれを実感したオイヴァは潔く負けを認める。
「尋問の邪魔はするなよ。怖くても我慢するんだ。いいな?」
そんな事は分かってる。麗佳はしっかりと大きくうなずいた。
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