甘美な夢

粒餡 鯨

甘美な夢

君は夢を見ている。



甘く、優しい夢である。





それを悪い事だとは、誰も言わないだろう。ただでさえ、君は無慈悲とも、酷薄とも言えよう現実の日々を過ごし、心身ともに疲れ切っているはずだ。


心身の疲れは、やがて君の脳内まで侵す。君の脳は常に警笛を鳴らしている。警笛の音は徐々に大きくなり、君を追い詰めていく。


君はもう、限界に近いだろう。辛くて、苦しくて仕方がないだろう。




君が今見ているものは、そんな苦しみから逃れるための唯一の救いなのだ。




しかしながら、神は全てに対して懇篤こんとくではない。永遠の安らぎなど何処にも存在しない。カゲというものは、いつまでも君の後ろに憑いている。



本来ならば、君はそんな形容できない黒いものに怯えているはずなのだ。


だが、君の見ているものは、神とは違い、なんて万能であり、全能で、また寛容なのだろうか。それは君をうまく隠している。


いや、違う。


カゲは確かに君を見ている。カゲからは君が見えている。


しかし、君からカゲは見えていない。


そこに存在はしている。君はそれを認知していない。




なんて幸せな夢だろうか。


君は、本来君が怯えるべきものを視界に入れることなく、それどころか、気配さえ感じ取ることもなく、


ただ、その夢に蜂蜜をかけ、砂糖をまぶし、ガムシロップを垂らし、ザラメを被せる。


それを君は、も美味そうに貪るのだ。




だがしかし、可哀想に。先程も言ったとおり、永遠の安らぎなど何処にも存在しない。



それは、覚めれば忘れてしまうのだ。


目覚めれば、君はこの甘美な味を思い出すことはできない。また酷く苦い辛苦の味を噛み締めることになる。




今の君はそれを認知していない。



だからこそ君は今、その甘ったるい匂いを振り撒き、この世の全ての幸福を集結させたような、そんな夢を咀嚼しているのだ。


この夢が覚めて仕舞えばもう二度と、この夢を見ることは叶わない。



望んでも望んでも見られるのは、君のカゲが広がっている、黒を無理矢理滲ませたような、汚い色だ。




だからといって僕は、今君を起こすようなことはしない。この後君に何かあっても、僕には何ら関係のないことだからだ。


この夢に執着してこのままでいるのも、目覚めて生きていくのも、君次第なのだ。


もちろん、どちらを選んでも僕は何も言わない。




君次第で君の人生はいくらでも変わる。








ただ、願うならば……………




君の今後の人生に、幸福なものが来ることを願うよ。

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