おまけ(2) 猫の日・その後


 王都より少し北側に位置する山脈のふもとにある地方都市。

 一年中、山から乾燥した風が吹き下ろすここの特徴の一つは、山地での牧羊。そしてもう一つは、鉱石が取れること。

 資源を持たないルドゥシアで採掘ができる希少な地域のため、王都からの役人も定期的に視察に訪れる。

 普段は文官らが担うのだが、今回その任に着いたのは第三王子エドワードだ。


 視察そのものは、ルーティンになっている工程を辿り、現地の責任者と懇談の場を持つといったお決まりの流れ。

 お互いの要望も実績の確認も、前もって打ち合わせされたそれをなぞるだけの、あまりクリエイティブとはいえないものだった。

「視察の意味はあったのか、これ?」

「『王都から役人が来た』という事実が重要だから、内容はまあ……ね。今回は私が来たということで、普段とは多少違うらしいけれど」

「これでか?」

「でも、そうだね……戻ったら兄上達と少し話したほうがよさそうだ」

 同行した公爵家のアレクサンダーと共に、エドワードは商店が立ち並ぶ通りをお忍びの体で歩いている。

 予定されていたスケジュールは既に終わり後は帰るだけ、今は束の間の自由時間だ。

 護衛の騎士も随行しているが、地方都市の商店街では逆に目を引いてしまう。

 王子自身も身を守る腕がついてきていることから、やや離れたところで目立たないようにしていた。

 幼馴染二人で気楽に散策をしている街並みには、パンや野菜を始めとする食料品店、荒物屋、鍛冶屋。衣料品店もある。

 書店を覗いてみると、採掘の専門書が多かった。技術者達用なのだろう。

 店員の声には活気があり、買い物をする住民達の顔は明るい。

「まあ、街も見た感じは大丈夫だな。道も傷んでいないし、裏通りもそこまで荒れていなさそうだ」

 昼時で混雑している飲食店を見ながら言うアレクサンダーに、エドワードも頷く。

 視察の時期だということは周知されているが、王子の来訪は公表していない。そのため、どこかの一貴族が来たと思われている。

 土地柄、国内外の貴族が訪れることも多い。住民達もいつものことと慣れたものだった。

 警戒を必要とするような空気もなく、二人はあれこれと話しながら歩いていた。

 そんな途中で足を止めたのは、一軒の雑貨店。

 名産の羊の毛を使った品々が所せましと並ぶ店頭の様子に、エドワードは興味を引かれた。

「へえ、色々あるね」

 紡毛の織物生地やニット製品、絨毯や色とりどりの毛糸玉まで多種多様な品揃えだ。

 昨日、領主の館で出入りの商人から見せられたものより質は落ちるようだが、色合いが明るく素朴な雰囲気が畏まらなくていい。

「……なあ、エド。この店、猫が多くないか?」

「そう思っていたところ」

 アレクサンダーが小声で言う通り、店内にはぬいぐるみや陶器の置物、カードや絵画など、ちょいちょい猫グッズ(非売品)がディスプレイされている。

 どうやらこの店の主人は猫好きらしい。

 王都にいる公爵夫人や猫好きな婚約者候補を思い出しながらエドワードが眺めていると、大小の丸いボールが目に入った。

「それは中に鈴が入っていまして、小さいお子様のオモチャとしても人気ですよ」

 手に取ると、主人がわざとらしくないタイミングで声をかけてくる。

 フェルト生地ではあるが一度織って耐久性を上げているのだと誇らしそうに言う店員は、悪戯っぽく声を潜めた。

「ここだけの話、我が家の猫もお気に入りです」

「じゃあ、その大きいピンクのと、小さいほうは黄色を」

「買うのか、エド」

 やはり店主は猫好きだったことが判明した。

 即決するエドワードに苦笑いしながら、アレクサンダーも母の猫達に土産だといくつか手にした。

 包んでもらっている間、改めて店内を見回すと奥の壁に大事そうに掛けられた絵画に目が止まる。

「あれ、あの絵……?」

 一見するとなんてことはない、猫を描いた一枚。

 だが二人は、その描かれたモデルにばっちりしっかり見覚えがあった。


 黒と金色の縞柄で毛がふわふわと長い猫に、ぴったりとくっつく黒猫。

 赤いリボンと金色の瞳が艶やかで――人の姿ではないけれど、あの「猫の日」のティガーとエイミにしか見えない。


 しかし、あの場で絵は諦めたはず。

 二人が見つめる視線の先にあるものに、店の主人が気がついた。

「おやっ、お目が高い! どうです、なんとも素晴らしい絵でしょう。仲良さげで、見ているとこう、こちらまで心が温かくなるような」

「……そうですね。黒猫が」

「そうなのです、すこしぽっちゃりしているところがまた愛らしいのです。ああ、大変申し訳ないのですが、あの絵だけは売れません。複製画なのですが非常に人気がございまして、私もようよう手に入れたばかりでして、ええ、はい」

「そ、そうか」

「さらに収益金は保護猫や病気の動物のために使われるということですから、非常に有意義ですな」

 店主が立つカウンターの上には「猫の会」の情報誌が置いてあった。

「……母上……っ!」


 * * *


 数日後。

 カヴァデール公爵家では、帰宅するなり母親に詰め寄る息子の姿があった。

「母上。あの絵は描かない約束では?」

「まあ、絵? なんのことかしら、お母様は何も後ろ暗いところなどなくってよ」

 人聞きの悪い、と窘めながら、息子の行動範囲の広がりを把握しきれなかった夫人が、扇の向こうで小さく呟く。

「……王都内ではなるべく人目に触れないところに飾るように注意させたけれど、地方は盲点だったわね」

「母上、何と?」

「なんでも。ああ! そういえば、エイミちゃんがクッキーを持って来てくれたのよ。手作りですって。とっても美味しかったわ、まだ少しあるけれど食べる?」

「……いただきます」

「ほほほ、そうよねえ。爺、お茶の支度を。では、セリア夫人のお茶会に呼ばれていますので」

「あ、ちょっ」

 遅れちゃうわ~、と貫禄たっぷりで有無を言わさず去る後姿に、アレクサンダーは伸ばした手の行き場を無くす。

「……坊ちゃま。先方のご両親はご存じですので問題ないかと」

「おい、本人は知っているのか」

「まあまあ。こちら、おいしゅうございますよ」

 ことりと置かれたクッキーと湯気の立つカップをしばし眺めて大きく息を吐くと、どさりとソファーに腰を下ろすアレクサンダーなのであった。




 同じころ。

 王宮の第三王子の私室には、呼ばれて参上した公爵家お抱え絵師の姿があった。

 その後しばらくして「黒猫と金茶色の猫」を描いた絵が、王子に献上されたという話である。




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