27 おいしいは正義です……たぶん
エイミの記憶のゲームのなかで、メインの攻略対象者と思しき人物は五名。
少し陰のある「王子」がエドワードで、
自信ありげな「貴族」はアレクサンダー。
「魔術師」と「騎士」
そして最後の「隣国の王子」枠が、今現れたジャハル王子で間違いないだろう。
エイミとロザリンドに向かってにこやかに挨拶をする王子に礼を返し、レティシアを介して自己紹介をする。空いていた椅子を自ら引き寄せて婚約者のすぐ傍に腰掛けたジャハルの前にもカップが運ばれると、その場はようやく落ち着いた。
ジャハルからの溶けるような眼差しに耳の先を赤らめながらも、なんとか持ち直したレティシアが王子に向き直る。
「それで、ジャハル王子はどうして
「今年の競技会に参加しようと思って。ついでに留学もね」
三年に一度、国王陛下のご臨席を賜って開催される競技会。国内外の騎士や魔術師が出場し技や武を競う、大きな催しだ。
出場の条件に身分も年齢も制限はなく、勝ち進めば賞金が手に入り、騎士団や魔術師団への士官や昇進も叶う。その為、腕に覚えのある者は貴族平民問わずこぞって参加するのだった。
エイミの兄、ハロルドも前回のそれに出場し、そこそこいい成績を出した。その結果を引っさげて進んだ道が冒険者という、なんとも変わり種ではあるのだが。
「なっ、聞いておりませんわ! それに学園の入学は十四歳からですわよ」
「問題ない、次の誕生日でそうなる」
「来年じゃありませんか……」
他国の王族の留学に関しては政治情勢などの影響を受けるため、特例が適用されることも多い。額に手を当てるレティシアに、聴講生として申請が通ったのだといい笑顔を見せた。
「レティからの手紙に書いてある学園生活があんまり楽しそうで、居ても立ってもいられなくて。だから原因の一端はレティにもあるんだよ?」
「そ、それは」
「エイミとロザリンド。この一か月何回も目にした名前だから、初対面という気がしないな」
レティシアからようやく同席者に目を向けたジャハルの言葉に、ぽかんとするエイミ達。仲良くなれたとは思っていたが、手紙に頻出するほどとは思っていなかったのだ。
「レティ、私達のことをお手紙に? 嬉しい……」
「たまたまです! ほ、ほかに書くことがなかったのですわっ」
「そう? 毎回かなり好意的に「ジャハル!」
ぼぼぼ、と音が出そうになるくらい赤くなったレティシアに口を押さえられて満面の笑みのジャハル王子。傍から見たら、ただの痴話げんかの体をしたイチャである。
自然、エイミとロザリンドも温い目になり、御前ではあるが失礼してお茶を飲ませていただいた……砂糖をいれなくてよかったと二人で頷きあう。
レティシアが頬の色を戻した頃合いで、ロザリンドが恐る恐る話しかけた。
「あの、失礼ですがお一人なのですか?」
学園内とはいえ、さすがに王族には護衛が付く。他生徒や授業進行などに配慮し、そうと分からないように守られているのは周知の事実だから、ロザリンドが訊ねたのはそのことではない。
「ああ、エドワードとアレクサンダーが案内してくれる事になっていたのだけど、レティシアの姿が見えたからこっちに来た」
「まあ、それでは、今頃お探しになっているのでは?」
「問題ない。どうせ護衛から連絡がいく」
それは確かにそうだろうが、なんとも王族らしい鷹揚さというか豪胆さというか。エイミの一番身近な王族――エドワードにこういったところはなく、同じような立場でも随分と違うのだな、とつくづく思う。
頭痛が止まなそうにこめかみを押さえたレティシアに、お疲れ様です、とエイミは心の中で呟いておいた。
「も、もういいですわ……移動するとかえって探されるでしょうから、見つけてくださるまでここにいましょう」
「そのつもりだよ。それじゃあ、はい、レティ」
「っ、自分で食べられますわ!」
さくりとフォークで取り分けたタルトをジャハルに口元に持ってこられて、大いにうろたえるレティシア。王子はものすっごく嬉しそうで楽しそうだが、レティシアは既にいっぱいいっぱいでこれ以上は溺れてしまいそう。砂糖の海に。
今度こそ涙目のレティシアを見るとちょっと考えて、エイミは自分もフォークを手にした。
「はい、ロザリンド。あーん」
「ぷっ、エイミったら。はい、いただきますわ」
あーん、と綺麗に開いたロザリンドの口にひょい、とエイミの手からタルトが滑り込む。頬を押さえて元から細い目をさらに細くして食べたロザリンドは、お返しにと今度はエイミにタルトの乗ったフォークを差し出す。ぱくり、と当然のようにそれを口にするエイミ。
甘いキャラメルに包まれたコットの実がカリコリといい歯応えで、魔力補充の効果が無かったとしてもエイミはこの菓子が好きだった。ほろりと崩れる外側の生地もバターの風味が立っていて、香りも食感も大満足。学園のパティシエは腕がいい。
「んー、甘くておいしい~」
「ですわね」
今もちらちらと視線を寄越している隣席の三人娘と目が合って、甘さに蕩けた顔のままエイミはにっこりと微笑んだ。三人は一瞬目を見張ると頬を赤らめて――ぎこちなくカップや扇を置き、なぜか隣のテーブルでも「あーん」をした。そうすると他の席の女生徒達も、次々と食べさせ合いっこを始める。
こうなるともう、していないのが不自然という何ともおかしな状況。それにくすりと笑って、ジャハルは再度レティシアに差し出した。
「ほら、レティも」
「……一口だけですからね」
目にもとまらぬ速さで、それでも優雅にパクリと口に入れたレティシアはやや下を向いて飲み込むと、何事も無かったかのように紅茶を手にした。
「僕には?」
「ありません!」
「はい、レティ。あーん」
「エイミっ、もう!」
「……なにやってるんだか」
「あ、アレク様」
花びらが飛んでいるような雰囲気のテーブルに新たに加わった声はアレクサンダー。はあ、とため息のおまけつきで中庭からテラスに上がって近寄った彼に、ご苦労様です、とエイミは小さく肩をすくめる。なんだかんだ言いながら面倒見の良い人だということは、四年間の付き合いでよく分かっていた。
十八歳になったアレクサンダーはますます貴公子っぷりに拍車がかかり、パリッとした金髪がきらきらしくて目に痛いほど。少し色味を増したブルーグレーの瞳が、前世で読んだ絵本にでてくる「王子様」を思い出させる、分かりやすい美形に成長していた。
「探しましたよ、ジャハル」
「エド、それにアレク、手間をかけた詫びは言うよ。でも僕の最優先はレティだから仕方ないね」
眉間にシワを寄せたアレクサンダーの後ろからは、苦笑いのエドワードも顔を出す。目が合うと自然に微笑まれて、むせそうになった紅茶を気合で流し込むとエイミは小さく会釈をした。
もとから背の高かったエドワードだが、更に身長が伸びてエイミとはかなり差がある。だが剣の訓練も欠かさないため線が細い感じはない。
穏やかで静かな印象はそのままだが、その銀に近い灰色の瞳の奥にはいつからか温度が宿るようになっていた。相変わらずのノーブルさは健在で、アレクサンダーとは動と静といった感じで学内の人気を二分しているのだった。
どうやら素質があったらしく、
公務や勉強など、スケジュールが細かく決められているエドワードとは依然としてフクロウ便の文通がメインの交流。顔パスで入れる王城の馬場をエイミはちょくちょく訪れているが、エドワードと時間が合うのは月に一、二度といったところ。
交友関係が広まれば他の令嬢とも出会って、エドワードにもちゃんとした婚約者ができるのでは、と思っていたエイミだが、今日までそういう気配はない。
ほぼ日課のような手紙のやり取りが減ることもなく、エイミが入学してからも続いている。こうして学園内で偶然会ったり、授業などで一緒になることもあり、その度に必ずエドワードのほうから声をかけてくれるのだった。
エイミを「婚約者」の席へ強引に据えることも、反対に降ろすようなこともなく、「婚約者候補」という曖昧な立場のまま。
そのことについて一度しっかりと聞いてみたい気もするが、聞くのが怖いような気持ちもあり――まずは友達に、と言われたあの日の言葉を何度も繰り返し心に刻むにとどめていた。
足りなかった椅子も用意され、王族貴族揃い踏みのテラス席は、それこそステージのようになってしまった。学内で目にすることはあるが彼らがこうして揃うのは珍しく、抑えきれない歓声があちらこちらから上がっている。
中庭の端には男子生徒の姿も見えて、エイミもできれば観客席側にまわりたかったとしみじみ思う。周囲の華やかオーラの眩しさに当てられて、自分はかすんでいることを願うばかり。
「ジャハル、君さぁ、初日くらい大人しくしてくれない?」
「今だって静かにお茶をしているだけだろう」
「……アレク様も食べる?」
「エイミ、君ね」
お疲れのようだから糖分を、と思ったエイミがアレクサンダーに差し出したタルトは拒否された。それならば、と自分の口に運ぼうとした手首をくい、と掴まれる。
ぷにっとしたエイミの手首に巻き付くのは細くて固い、長い指。
「え?」
エイミが持つフォークの先にあるタルトをパクリと食べたのはエドワードで――今度こそ、はっきりと歓声があがり、サーブしに来た給仕係までちょっとよろめく始末。
「エ、エド様」
「ん?」
満足そうに咀嚼する口角が上がっているのを見たら、途端に胸が騒いだ。
「っ、レティ! これって結構、恥ずかしいのね!」
「エイミ、今更!?」
自国と他国の王族二人、そして高位貴族の有名人が複数いるテーブルなのに、漂ってくるのはどこまでも和やかな空気。第三王子も公爵家令息も、学園内とはいえそういった親しみやすい雰囲気をここまで分かりやすく表に出したことは無かった。
それが一変したのは、先月、一人の女生徒が入学してから。
ぽっちゃりした彼女の外見は、お世辞にも褒められはしないけれど――半時も経たずして、隣席の三人娘のエイミに対する印象も改められていくのだった。
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