15 新しいドレスは

 クローゼットにずらりと並ぶドレス。ふわりと広がるそれらを見るたび、エイミは前の人生で七五三の写真撮影の時に着たドレスを思い出す。

 七歳のお祝い時にはしっかり好みがあり、エイミが自分で選んだドレスは爽やかなミントグリーン。ところどころにラインストーンをあしらいスカート部分にはたっぷりオーガンジーを使ったドレスはとても綺麗で、お姫様気分になったのだった。

 母イサベルは着道楽ではないが、そこそこ流行りにも敏感。貴族としての使命感からお針子達を重用していることもあって、エイミのクローゼットも充実している。

「いっぱい食べて王子妃回避作戦」を発動してからというもの、基本的にエイミのドレスは白や薄いパステルカラー……つまりは膨張色がセレクトされている。もちろん、その七五三ドレスと同じようなミントグリーンのドレスもお気に入りの一着だ。

 少しでも太って見えるようにとの涙ぐましい努力の一部でもあるそこに、最近になって少し違うタイプのものが加わった。

 まず、紺色の乗馬服。これは、王城の馬場を訪れる際に用意したもの。儀式などの時はともかく、汚れることが前提の乗馬に使うのだから、さすがに白はない。だからこれは濃い色でいい。その隣に並んだ、今日エイミが着た服。これが問題だった。

 色は品のあるワインレッド。深みはあるが重たさを感じさせない染色は、さすが老舗メゾンの手のもの、と手放しで賞賛できる。形はごくシンプルな乗馬用のドレスだが、縁にエイミの瞳と同じ金色の刺繍が控えめに入っていていいアクセントになっている。余計なフリルなどはなく体に沿って余裕のある裁断と、けちらずに使った布のおかげで非常に着心地が良い。

 だが、エイミの表情は冴えない――というのも。

「よく似合ってる、エイミ」

「そ、そう?」

 実は、自分でも似合うと思ってしまっていた。普段だったら褒められて素直にいい気分になっただろうがエイミの心境は少し複雑だ。

 そんなエイミの隣で、イサベルはやっぱり今日もおっとりと微笑んでいる。

「殿下は服のセンスもよろしいのですわね。サイズもぴったりでしたわ」

 ――はい、このぽっちゃり体型にびっくりするほどジャストフィットでした! 色の効果とパターンの秀逸さでちょっと細く見えちゃうし、王宮のお針子さん達すごいね! などと内心で力強く頷くエイミだが……そう。この、大変上質なドレスはエドワードからの贈り物だった。

 そして、今いるのは王城だ。今日は招かれての登城のため、久し振りにエドワードともこうして対面している。

「気にしなくてよかったのに……」

「だって、あんな道を歩かせちゃったから」

 それはルードルを助けに行った際のこと。エイミ本人には怪我はなかったが、やはり下草や枝に引っ掛かって、着ていた服は多少破れたりほつれたりの被害を受けた。その上、治癒魔術を施す際にエイミがぺたりと地面に腰を下ろしたものだから、しっかりと汚れたのだ。

 そのお詫びとルードルに行った治癒魔術のお礼をかねて、という理由でこのドレスが贈られたのだった。本当なら乗馬用の他にも二、三着贈るつもりだったらしいが、それは必死に辞退したというこぼれ話付き。

「だって、ちょっとほつれただけだったから。すっかり直ったし、汚れだって清浄魔術ですぐに綺麗になったもの」

「だからといってそのままってわけにはいかないよ。ルードルを助けてくれたお礼も兼ねてると思って。それとも、気に入らなかった? やっぱり他のドレスもあったほうがよかったんじゃないかな」

 そんなふうに申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落として言われると、エイミのほうが悪い気がしてしまう。

 お礼状は出したものの、まだ直接はお礼を言っていなかったことに気付いてエイミは慌てた。

「そ、そんなことはないの! あの……ありがとう。すごく素敵なドレスで嬉しい」

「そう? よかった」

 そう言って笑うエドワードの腕には厚い皮手袋が嵌められており、ルードルがとまっている。治癒魔術を掛けた時に抱いて知ったが、ルードルは大型な白フクロウだけあってかなり重たい。二キロくらいはありそうなこの身体で大空を舞うには大きな翼が必要で、両翼を広げた長さは一メートル半ほどと、エイミの身長を軽く超える。

 こんなに大きいのにちっとも羽音がしないのはさすが猛禽類というべきか、かなり近くに来るまでエイミは気付けないこともあった。

 エドワードはそんなルードルを平気な顔をして片手で支え、さらに揺らさないように胸下の高さでずっと固定していた。ルードルも居心地がよいようで、機嫌良く小さくピィ、と鳴いては、首をにゅっと伸ばしたり、大きな目をきょろきょろしたりしている。さすがに拾い主で育ての親。信頼関係がしっかり構築されているのだろう、ルードルもくつろいでいるのがよく分かる。

 ちょいちょい、と撫でさせてもらいながらの会話は続く。手袋を外した指先に感じるふわっふわの毛が、大変滑らかで気持ちいい。

「それに、ほかにもたくさん貰ったから」

「うん。それくらいはね」

 辞退したその他のドレスの代わりに贈られたのは、靴や帽子や手袋といった小物一式と、王城の馬場に用意されたエイミ専用乗馬具と鳥用の腕カバー……馬と鳥に会いにいつでもいらっしゃい、と言わんばかりの品揃えだ。

 実際、ルードルの様子を見るため、エイミはあれから足しげく王城を尋ねていた。怪我そのものはエイミの治癒魔術でしっかり治っており、痛めた翼も飛行に問題ないと獣医師のお墨付きをもらって、ようやく胸をなでおろしたのだった。

 マーヴィンや、伝令鳥の飼育担当のデリクともすっかり馴染みになっている。アポなしでいつでも、と言われた通り、行けば仰々しくない程度の歓待を受けるし、請われてティガーも一緒に連れてくることもある。

 初めて連れてきたときも二度目の時も、人見知りのティガーはエイミのそばを離れることはなかった。しかし馬や鳥達には興味があるようで、キョロキョロとしていたのが可愛らしかった。

 鳥たちは笛で呼べば来るように訓練されていて、基本的に飼育小屋や、小屋に隣接する林の手前側で放し飼いにされている。

 姿も見ずにエイミが来たのを察知することはないようだが、声が聞こえる距離にいたりすると、ルードルは呼ばずとも飛んでくる。そして、何といっても賢い。犬や猫ほどではないだろうが、こちらの言うことを理解しているようで、軽く意思の疎通が図れている。それもあって、王宮に「伝令鳥」という役目があるのだろう。

 伝令鳥に、実際に手紙などを届けたりする場所を覚えさせるには、最初に飛行経路をしっかり指示する必要があるらしい。

 飼育担当のデリクが楽し気に実施で教えてくれたその方法は、魔力を込めた石を経路上に転々と――といっても間隔は数キロ毎と、かなり離れていても大丈夫なそう――置いて辿らせるそうで、それを二往復もすれば覚えるのだという。その話を聞いて、ヘンゼルとグレーテルを思い出したエイミだった。

 エイミの知る前世では、フクロウが伝書鳩のようなことをするのはファンタジーの中でだけ。現実には聞いたことがない。狩はするし、その後飼い主のもとに戻ってくるように訓練はできる。しかし「どこかに届け物をして、また戻る」というのはフクロウや鷹はできなかった気がする。

 前世と似たような今世だが、やはり細かいところで様々な違いはあり、動物の知能や習性も少し異なっているようだ。考えてみれば魔獣なども普通にいるこの世界だ。そういうこともあって当然だろう。


 前世を思い出してまだそんなに経っていないエイミは、双方の世界に多少の違和感を感じてしまう。

 だんだんと自然に馴染むから、無理に思い出そうとしたり、逆に忘れようとプレッシャーを掛けたりしないほうがいい、と「前世を思い出しました!」の先輩である家族からはアドバイスされている。

 ……本当に、家族と一緒の転生でよかった。

 過去に読んだ小説などでは、前世持ちは大抵自分一人だけ。いてもライバルだったり縁がなかったりで、相談なんて誰にもできないのがほとんどだった。

 前世とかに関係なく、普段の生活でさえなんだかんだと迷ったり悩んだりするのに、自分の根っこに関わる大きなことを一人きりで抱えるしかないなんて。そんなの、どんなに心細いだろう。高校生までの記憶しかなく、たいした人生経験もない自分だったらきっと鬱展開まっしぐらだ、とエイミはつくづく思ったのだった。

 ノースランド家の面々は皆、十歳前後で思い出したそうだ。母は婚約予定の相手との対面の場、というこれまたテンプレな状態で。

 エイミのように倒れはしなかったが、さすがに挙動不審になり婚約の締結は延期。そうこうしているうちに今世の父と出会ったそうで、あれはあれでナイスタイミングだった、と笑っていた。

「お父さんなんて傑作よ。魔道具を分解して遊んでいてね、『……基板じゃなくて、歯車なんだ』とか急に思ったんですって」

 それを聞いて、らしすぎると兄のハロルドと一緒に大笑いしたものだ。

 ちなみに、母からの再三の要求を受けた父は現在カメラの製作に取り掛かっていて、これはエイミも楽しみに待っている最中だ。

 その後、生まれてきた子ども達を見て、顔は違うが雰囲気がよく似ている、と父母は転生を直感したらしい。が、転生してようがしていまいが、生まれた子どもを可愛がるだけ、とそれ以上は気にしなかった。

 大らかというか、雑というか――でもそれで助かっている面もたくさんあるのも事実。やっぱりこの家族のもとに生まれてよかったとエイミは改めて思いながら、ルードルのお腹あたりの毛にほぼ無意識に指を埋めていた。






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