2 私の希望、母の提案

 前世の記憶によると、ここは乙女ゲームの世界だと思う、そして自分は悪役令嬢ポジじゃなかろうか、という疑惑をエイミはそのまま伝えた。一緒になってウェブ小説を読んでいた「お母さん」ならば、それだけで話は通じるはず。

 うんうん、と話を聞いていた母は、人差し指を唇に当ててこくりと小首を傾げた。

「うーん? 乙女ゲーム転生ねぇ……ね、エイミ。あなたはどうしたい?」

「え、どうって」

 婚約も破棄も嫌。一家離散はもっと嫌。何を当たり前のことを、とエイミはいぶかしく思う。

「たしかにそういう小説はたくさんあったわね。で、第三王子やハルが、エイミの知っているゲームに出てきたキャラと似ている、と。でもねえ、大丈夫。もしそういう設定が存在する世界があったとしても、ここは現実よ」

「だって、強制力みたいなのが……」

 そう。どんなに頑張ってざまぁを回避しようとしても、逃れられない「ゲームの強制力」というものが働いて結局は……というパターンもかなりあった。

「そんなの、ないわよ」

「ないの?」

「お母さんがないって言ったら、な・い・の」

 不敵な笑みを口元に浮かべる母に、エイミの記憶が一気にクリアになる。前世も今世もこの顔が出ると前言撤回はありえない、反発は時間のムダだ。

 思い出したばかりのエイミでは分からないが、きっと言い切るだけの何かがあるのだろう。そう分かるほどの断言だった。

「ああ、うん……そっすね」

「うふふ、エイミちゃん。言葉遣い」

「っ、そ、そうですわね、お母様」

 ちょっと引きつった頬をつん、と人差し指で押され、笑い合う頃にはすっかり心も落ち着いていた。

 ベッドに腰掛け、自分の腕とエイミの肩がくっつく距離で母は話を続ける。

 自分たち夫婦の手で子育てをすることにこだわった伯爵夫妻は、たしかに貴族的でない一面もある。子ども心に薄く感じていたそんなことも、今となれば納得しかない。

 もう一度、娘の頬に手を当てて同じ金色の瞳を覗き込み、すっかり落ち着いたのを確認すると、それで、と母親である伯爵夫人は言葉を続けた。

「ゲームとかそういうことはひとまず置いておいて。もう一度聞くわね、エイミはこれからどうしたい? お兄ちゃんはリアルにハンターを満喫しているし、お父さんやお母さんだってそうよ。せっかくの二回目だもの、エイミも何かしたいことはないの?」

 そう言われて、一つのことが心に浮かぶ。いいのかな、これを言ってもいいかな。

 返事を待っている母親のわくわくした表情に背中を押されて、エイミは口を開いた。前なら即却下だったけど、今ならもしかして――

「……猫が飼いたい」

「そう言うと思ったわ!」

 クイズが当たったように喜んで、両手をパチンと叩く母。

 動物好きでずっと猫や犬を飼う生活に憧れていたが、エイミ本人と父親がアレルギー体質だったこともあり、叶わぬ夢になっていた。

 ネットやテレビで犬猫の動画を見てはうっとりとため息をつくだけの日々は、どうにも物足りなかったのだ。

「ここにはスギもヒノキもイネもないから、花粉症もないでしょう。お父さんも今はアレルギーないよね?」

 ノースランド伯爵家は、使用人の数は同規模の屋敷に比べるとやや少ないが、掃除にだけは十分すぎるほどに人員を配置していて、常に埃一つ落ちていない。ハウスダストにも過敏に反応していた「お父さん」の差配とみて間違いないだろう。

「猫と鳥と犬が飼いたい。フェレットでもウサギでもいい」

「いつか絶対に言い出すと思って、何も飼わないで待ってたのよ」

 選ばせるつもりだった、と言う母の言葉にエイミは顔をほころばせる。今世でも小さな頃からずっと飼いたいと思ってきたけれど、どうしてか言い出せなかったのだ……もしかすると、覚えていない過去の記憶に引っ張られていたのかもしれない。

 早速探そう、買うのではなく保護猫や捨て犬を引き取りたいんでしょう、そう言われてエイミは大きく頷いた。そんなことまで覚えているなんて、やっぱりお母さんだ。ぎゅう、と抱き着いて涙目でありがとう、を伝える。

「あ、でも、あっちはどうしよう。婚約とか、嫌なんだけど……」

 ここがゲームの世界でなかったとしても、あの画面のイラストが自分の記憶にある以上、なんとなく怖い。出来ることなら近づきたくないと思ってしまう。

「簡単よ。候補者はほかにもいるのだから、選ばれなければいいの」

「お母さん、なんてお気楽な」

 客観的に見ても、エイミの顔はなかなか美人だ。魔法素養もあり、さらに母の実家は海運に強い影響力を持つ辺境の領主。

 いつも後継争いで揉めている某侯爵家や、わがまま姫と評判の高い某伯爵令嬢(八歳)ら、ほかの候補者と比べると、消去法でも最終候補までは確実に残ってしまうだろうことは簡単に予想が付く。

 でも、母は自信たっぷりに問題ないと言い切る。

「……は! もしや第三王子は、」

 びーえる? という最後の単語はさすがに飲み込んだが、不敬な思考はダダ漏れたようで、おでこをぐりぐりと戒められた。

「ほほほ、エイミ? その歳で貴腐人は困るわぁ」

「い、痛いです、お母さま……っ。ごめんなさいぃ」

 つ、と指を外すと自信満々の表情でベッドから降りてエイミの真正面に立つと、腰に手を当てて胸を張る伯爵夫人。

 どんな解決策がもたらされるのかと期待の目で見つめるエイミの耳に、思いがけない言葉が届く。

「あのね、食べなさい」

「……は?」

「太ればいいのよ」

 どキッパリと胸を張られ、エイミはくらりとめまいがした。何を言いだすのだ、この人は。

「ぷくぷくになっても、エイミは可愛いウチの娘よ! だから心配しないでいっぱい食べてたっぷり太りなさい! そう、ドレスがはちきれんばかりに!」

「ちょ、えぇー?」

 誰が好き好んで太ろうなどと思うだろう。というのも、今世も美の基準は前世とほぼ一緒。好みや顔立ちもあれど、やはり一般的にスタイルはすっきり細身のほうが美しいとされている。

 エイミだって、女子のはしくれだ。しかも今現在、まごうことなき美少女である。さらに前世を思い出したことにより、精神年齢はおしゃれに敏感なお年頃の女子高生。どうしてわざわざ太るような真似なんか――そこで、一つのことに気が付く。

 美しさがもてはやされるのは、国内でも国外でも同じ。

 国としての外面もあって「容姿端麗」は王族の必須条件でもある。

 もちろん、それは配偶者選びにも大きく影響していて、記憶の限り肥満体の王族の方など一人もいない。

 ……もしかして、なかなかいい案?

 ようやく腑に落ちた表情のエイミに、母親はにっこりと笑った。

 なんでもお見通し、といった感じに目を細め口角を上げられて、安心感とともに懐かしい記憶がとうっとエイミの心に流れ込んでくる。

「それに、エイミは男の人が苦手でしょう? ぽっちゃりした貴女を好きになる、外見なんて気にしない優しい旦那様を探す役にも立つわ」

 そう、前世のエイミは同年代の男の子が苦手で、進学先に女子校を選ぶほど。

 健康的に太って、外見ではなく性格を見てくれる人と結婚して、動物をたくさん飼って――

「……っ、最高じゃない。お母さん、ナイスアイデア!」

 母娘でハイタッチを決めたその日のディナーから早速、ノースランド伯爵令嬢の皿数は増やされたのだった。











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