そんなことより、猫が飼いたい~乙女ゲームの世界に転生しました~

小鳩子鈴

プロローグ・思い出しました

 なんとなくいい日、とか逆に、なんとなくぱっとしない日、というものはある。

 その日、ノースランド伯爵家令嬢エイミ・ノースランドは「なんとなくついていない日」のほうだった。


 まず、起きた時から頭がぼんやりする。

 明け方に見た夢が原因のような気はするけれど、思い出そうとしても霧がかかったようで、そのモヤモヤは胸に落ちるだけ。

 朝食の時には熱い紅茶でうっかり舌を火傷するし、宿題にとされていた刺繍のハンカチが見当たらない。これは、週末実家に戻ってきていた兄が学園の寮に帰る際に、自分の物と勘違いをして持って行ってしまったものと後日判明したが、家庭教師にはやんわり苦言を呈されてしまった。

 昼食には苦手なレバーペーストが出たし……極めつけは、今のこの状況だ。

 エイミの父であるノースランド伯爵は魔術院で技術局長を務めている。魔道具の開発に携わり、会議だ研究だ試作機の試験だと連日帰りが遅いのだが、そんな伯爵が珍しく陽のあるうちに帰宅した。

 家族仲が良いノースランド家にとって、そのこと自体は歓迎すべきことである。

 しかし居間ではなく書斎に呼ばれてみれば、目の前には渋い顔をした父と困惑顔の母。普段にはない、ものものしい雰囲気にソワソワと居心地は悪く、嫌な予感しかしない。

 むっすりと言いたくなさそうに言葉を出し渋っていた伯爵だが、妻に何度も目で促されてようやく口を開いた――曰く、エイミと第三王子の婚約を打診された、と。

「上のお二人は既に近隣諸国からのお輿入れでの婚約が整っている。国内情勢のバランスを取るために、第三王子は国内で婚姻を結ぶ必要があるのだよ」

「あなた。エイミはまだ十歳ですわ」

「私もそう言ったさ。だが年齢的に対象者に入ってしまった上、あくまでと押し切られてね」

 不本意そうに言いながら、伯爵は持ってきた絵姿を広げる。

 第三王子は十三歳。婚約者候補として、下は八歳から上は十八歳までの息女を該当させたそうで、他にも侯爵家令嬢など、幾人もの候補者がいるということだ。

 茶会や園遊会などを通じ、時間をかけて様子を見ていく意向だそうだ、と動く伯爵の口元を見ながらもエイミの意識はその絵姿のほうへばかり向かい、説明の声は次第に遠くなっていった。

 絵姿の王子はダークブロンドの髪に、銀色めいた明るいグレーの瞳。

 今はまだ十三歳という年齢相応の幼さは残るが、気品ある整った容姿はどう見てもえらい美形になる将来しか見えない。

 ……この顔には、見覚えがある。でも、どこで? いつ?

 まだ社交界にデビューもしていないエイミには、家族ぐるみで付き合いのあるごくわずかな友人達しかいない。

 兄の学友達は時々遊びに来るが、魔獣討伐にハマりまくっている兄の類友は皆、気さくで庶民的。相対したら気後れしそうな、こんなノーブルな人にはついぞお会いしたためしがない。

 それに第三王子もお披露目前だから、社交誌に載ったこともないはずだ。ここには肖像権なんて無いが、パパラッチもいないのだから写真などが出回るわけは――え、なに。『パパラッチ』?

「あら、エイミっ!?」

 まるで雷に撃たれたかのように目の裏が激しくハレーションを起こし、エイミはその場で昏倒した。


 そうして翌朝目が覚めた時には、思い出していた。

 自分のを。

 ごく普通の女子高生だった日々を。


 ――まさか自分が、こんなライトノベルのヒロインのような目に遭うとは思ってもみなかった。








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