第8話 アルト
イツキとサラが旅に出て既に三日が経過していた。サラがいた湖を出て、縞模様のブラとパンツを買った街を通過してからしばらくは、二人は何もない草原地帯を北に向かって進んだ。
途中立ち寄るようなところもなく、ひたすらに歩き続け、同じような光景が続くことに二人は飽きてしまっていたが、ようやく次の街を視界に収めると、二人のテンションは一気に回復の兆しを見せた。
「イツキちゃん! 結構大きな街だよ!」
「ホントだね。そろそろ食料も尽きかけてたし、ここで補充していこう」
そこはサラのいた湖の近くの街よりもかなり規模の大きな街だった。家々の屋根は赤色の屋根で統一され街並みは非常に奇麗であり、教会や大聖堂等大きな施設もちらほら見受けられた。
「どうやらここはクレストって街らしい」
「あ、前にお母さんから聞いたことある。色んなものが集まって賑やかな街なんだって」
「なるほどね。それぐらいの街ならしっかりした宿もあるだろうね」
イツキ達はまず今日の寝床を確保すべく、宿探しへと向かった。イツキとサラは既に長いこと野宿が続いていたので、そろそろ柔らかいベッドの上で眠りたいと思っていた。
「さて、宿、宿っと……あー、ここの女性も結構際どい格好してるなあ」
イツキが付近を見渡すと、上半身は普通のブラやビキニだが、下半身はかなり大胆なTバックを履いている女性ばかりが目に入った。どうやらここの判定員は、胸よりもお尻に対するフェチが強いらしい。
「宿が見つかったら一緒に寝ようね!」
宿を探しながらサラはそんなことを言う。
「いやあ、私寝相悪いからできることなら一人がいいんだけど……」
サラはイツキをすっかり気に入ったのか、当初出会った時よりもかなりスキンシップという名のボディータッチが増えていた。イツキは今でこそ美少女だが、やはり元は男だったこともあり、あまり女の子にべたべたされると変な誤解をしてしまいそうになるので、極力サラと一定の距離を保とうとしていたのだ。
「わたしはそんなの気にしないよ。だから一緒に寝ようよー?」
「こ、公衆の面前でくっつくんじゃない……」
しかし、距離を取ろうにもサラのパーソナルスペースは十センチもないのか、イツキの努力も空しく、サラはしょっちゅうイツキに抱き着いてきたり、腕を組んできたりするので、そのたび彼女の大きすぎる胸が押し付けられ意識が飛びそうになってしまっていた。
と、そんな風にじゃれ合っている時であった。
「は、離して!」
唐突に、少し遠いところから女性の叫び声が聞こえてきたのだ。二人は突然のことに、思わず同時にお互いの顔を見合った。
「今の聞いた?」
「う、うん。何かあったのかな……?」
「トラブルかもしれない。とりあえず行ってみよう」
早速声のした方へと向かう二人。そこは表通りとは違い、若干寂れた様子の路地裏であった。そしてちょうどその並びの一つの店から少女が二人ほど、男達につまみ出されているところだった。
イツキは喧嘩でも起こっているのかと思い、争いを止めに入ろうとしたが、ある物が目に留まり彼女は一度足を止めた。
「あの服は……」
イツキはすぐにつまみ出されている少女の服装が、他の人間とは全く違っていることに気が付いた。なんと、少女達はなぜかメイド服のようなものを着用していたのだ。イツキは思わず目を疑ったが、やはりそれは実にメイド服にそっくりであった。
「な、なんだってメイド服がこの世界に……?」
メイド服どころか普通の服すら許されないこの国においてそれは明らかに異質であった。
イツキは店の看板を見る。そこには「喫茶店」と書かれていたが、メイドという単語はどこにも書かれていなかったのだ。
「イツキちゃん、あの服知ってるの?」
「う、うん。私がいた世界だと、お金持ちの家とかに仕えていた女性……メイドっていうんだけど、そのメイドが着る服だったんだ」
ちなみに転生前のイツキはメイド喫茶にも行ったことがあったが、それについてのコメントは控えることにした。
「ほぇー、メイドさんって人の服ってあんなに布が多いんだねぇ」
「あ、いや、メイドさんって名前の人ではないんだけどね……。ま、まあとにかく、この世界であんな格好してたらまずいよなぁ」
Tシャツ一枚で留置所行のこの世界であれだけ布の多い服を着ていたらいったいどうなってしまうのか、それは想像に難くない。
(それにしても、店員があんな格好しているってことは、やっぱりここはメイド喫茶ってことなのか? 政府にバレたらまずいことになるのは眼に見えてるのに、モグリでもメイド喫茶をやりたかったってことは、やっぱりこの世界だってああいう服に需要があるってことじゃないのか? ちょっと路線は違うけど、俺達と同じように、今の女性の服装に不満を持っている人もいるのかもしれないな)
イツキはあんな格好なら捕まっても仕方ないとは思いつつも、目の前で女の子が乱暴に連れて行かれるのを黙って見ているのも気が引けた。
イツキはたまらず一歩を踏み出し、店の方へと接近する。すると、イツキに気付いた男が彼女に向かってこう言った。
「おい、今王家にあだなす不届き者を連行中だ。邪魔だから近づくな」
「あだなすって……。いやぁ、気持ちはわかりますけど、女の子が国に反逆する訳もないと思いますし、もう少し平和的に解決しても……」
「またあなたね。一々目障りなこと……」
「え? あ! あんたは!?」
イツキの目の前に現れたのは、湖でサラを連行しようとしていた「アトレア同盟」のうちの一人、前貼りニプレスの変態的格好の少女だった。
「あんたじゃないわ。私にはアルトという立派な名前があるのだから、ちゃんと名前で呼びなさい。それで、あなたの名前は?」
「え? え、えっと、私はイツキです」
「イツキ? なんだかあまり聞き慣れない響きね。まあ、悪くない名前だとは思うけど」
「ど、どうも……」
不意に名前を褒められて困惑するイツキ。するとなぜか焦り出すアルト。
「べ、別に、悪くないと言ったまでよ! ほ、褒めているわけではないわ!」
「ええ……」
呆れ顔のイツキ。しかしアルトは気にせず口を開く。
「あなた、その子達を助けるつもり?」
「そうだった……。だって、その子達はまだまだ子供じゃないか。そんな子達をそんな風に乱暴に引きずり出すなんて……」
「何を馬鹿なことを言っているの? 年齢なんて関係ないわ。この子達は明確な意思を持って法律を破った。それは国家に対する立派な反逆だと思わない? それに、このよく分からない格好の店は近年各地で増加の一途を辿っているとの情報もある。そういうのに対して生ぬるい対応をしていてはダメなのよ」
よく分からない格好をしているのはあなたでは? と思いつつも、イツキはそれを表情には出さないように努めた。
(アルトが言っていることも分からないことはないけど、それでも、こんな強引なやり方はなぁ……)
そもそも、サラの話によれば、アトレア同盟は自警団的組織であり、警察組織のような逮捕の権限は有していないらしい。故に本来こういうことは警察に任せるべきことだ。そう考えれば、彼女らの行動は十分やり過ぎであると言えるだろう。
「あのさぁ、言いたいことは分かるけど、この街にも警察はいるんだろうから警察に任せたら? あんまりやり過ぎるのも良くないんじゃない?」
「なに? 我々に指図する気? 我々は王家にあだなす人間を排除しているだけよ。それを誰が責められるって言うの?」
イツキの指摘に対し、アルトは明らかに不機嫌そうに言う。しかし、いくら苛立たれようともイツキははっきり言うべきことは言うべきだと思った。
「それは、ちょっと横暴なんじゃない? 言っていることは分かるけど、やり過ぎはやっぱりまずいよ……。その子達ももし怪我でもしたらアルト達が罪に問われることだってあるんだし」
しかし、イツキの忠告に従う様子のないアルト。アルトはボブカットをなびかせて言う。
「我々が罪に問われることなどないわ。それとも、あなたは王家を冒涜するつもり?」
「別に王家を冒涜するつもりはないって。私は、王家の為だからって理由だけで『アトレア同盟』が何でもやっていいってことにはならないでしょって言ってるんだよ。警察でもない人間が、こういうことをやるのはやり過ぎだと私は……」
「黙りなさい」
瞬間、アルトの雰囲気が変わった。アルトは声こそ荒げていないが、明らかにイツキに対して敵対心を抱いたようだった。アルトは静かな声で告げた。
「これ以上私たちの邪魔をすることは許さない……」
「ちょ、ちょっと、少し冷静になって……」
「うるさい!」
イツキの言葉に耳を貸す様子のないアルト。彼女は取り巻きの男たちに向かって言った。
「全員、その女を捕まえなさい! その女は王家を侮辱するつもりよ!」
「アルト!?」
「気安く呼び捨てしないで! さあ早く! 早くそいつを捕まえて!」
アルトの指示通り、イツキを確保しようと動き出す男達。イツキはすぐにその場から逃げ出そうとしたが、いつのまにか複数の男に囲まれてしまっていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます