32話 テンプレテンプレート

 真っ暗な部屋改め、真っ白な部屋のポートをくぐった先。つまり次なる場所にやってきた私達。


 そろそろ、このスライムダンジョンも脱出したいところなんだけど……。

 少なくともまだ一部屋あるらしい。灰色のポートをくぐった先は外ではなく、左右に細い道がずっと続いているような部屋だった。


「あんちゃん、これどっち行くん? なんや片方がめっちゃ暗いで」


 ふさっとした尻尾で道を指し示す一号さんの言葉通り。左右に続く道は片方が普通に明るく、片方がやけに暗かった。

 しかも斜面になっていて、暗い方――私から見て左側が坂の上側。明るい方――私から見て右側が坂の下側だ。


 つまり坂を上るなら暗い中を、下るなら明るい中を進む事になる。


「そうだな……。普通に考えれば、明るい、坂を下る方向に行くべきか」

「つってもなー。こうゲームとかだとさ、あえて暗い方が宝とかあったりしねぇ?」


 ロウさんは坂を下る方を提案するが、レモナさんは上る方にも利益があるのではと返す。

 ただその情報源がゲームなのはどうでしょう。私的にはすごく良く分かりますが。


「ま、なーんかヤな感じもすっかんなー。また暗ぇのもキルが怖がるだろーし。下でいーんじゃね?」

「にゃぅ! も、もう怖くない、もんね~!」


 レモナさんとしては別に本気ではなかったらしい。すぐに、下る方が良いと意見を変える。

 キルティさんがレモナさんの言葉に反論してるけど、黒い尻尾が小刻みに震えてる。それを見たレモナさんがイタズラっぽく笑い、キルティさんもムキになって……と何故かにらみ合いが始まった。


 キルティさんに抱っこされている一号さんは、その中心にいる。

「おおぅ、なんや仲良しなんやなぁ」と、二人を交互に眺めて言っていた。


「した、いくのが……いい、かも」

「ラシュエルもそうか。よし。ならばまずは、下に行ってみるか。……何やっているんだ、二人とも。行くぞ?」

『『はーい』』


 ロウさんに呆れられ、パッとにらみ合いをやめるレモナさんとキルティさん。

 まあ私から見ても本気じゃなくて、レモナさんがからかってただけだからね。



 坂の下を向き、坂の上を背にして歩きだす。


 すると、ほんの数歩歩いたところでレモナさんが、何かに気づいたように立ち止まる。


「なーなー。んかさ、変な音聞こえねー?」

「変な音?どんな音だ」


 ロウさんが、聞き返した。

 私もしばらく耳を澄ませてみるけど……あ、何か聞こえるような気がするかも。レモナさん、エルフなだけあって耳が良いんだね。

 一号さんにも聞こえたみたいで、その音について言う。


「そうやなぁ。ゴロゴロゴロー……て聞こえるで」

「ゴロゴロゴロ? おい、まさか……」


 それを聞いたロウさんの表情が固まる。


 多分、段々と近づいてきているのだと思う。その、何かが転がるような音が段々と大きくなってきた。


 ロウさん達にも聞こえるくらいになったらしい。

 見たくないというように、横目でちら……とだけ坂の上を見るロウさん。

 私も嫌な予感しかしていないけど、ゆっくりと振り返ってみる。



――――ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……



 大きな、それはもう狭い通路を完璧に塞いでしまうくらいに大きな岩が、勢い良く坂を転がってきていた。

 しかもご丁寧に、この通路は天井が低い。勿論、岩の直径程のサイズだね。


 誰の予想も裏切らなかった。でも淡い期待は見事に裏切ってくれた。


 同じく固まっていたレモナさんが口だけ動かして、この状況を言い表そうとする。

 でもいつも通り思い出せないみたい。言葉を詰まらすので、私が答える。


「んあー。こーいう展開、なんつーんだっけ? ほら、あれだあれ……」

「テンプレですーっ!」



「……っ! 逃げるぞ!」


 ロウさんが叫ぶと、放心状態にいた人も、はっと全員戻ってくる。


 あれは無理だ。見た目からして、明らかに壊せる固さじゃない。つまり逃げるしかない……!


「レモナはアオイを」

「おっし、りょーかいっ」


 足の遅い私を、レモナさんがひょいっと肩に担ぐ。

 ロウさんはレモナさんに指示を出しつつ、すぐさまラシュエルくんを片腕で抱えていた。

 一号さんは既に、キルティさんの腕の中だからね。


 全力で走るロウさん、レモナさん、キルティさん。


 岩はどんどん勢いを増し、転がってきている。

 このままでは追い付かれてしまうかもしれない。そうなったらペラペラ~な状態に……ならないね。漫画じゃないんだから普通に死ぬ。


「ラシュエル! 簡易な結界で構わない。岩が追い付きそうになったら、結界で食い止められるか」

「ん、ロウ。わかった……できる」


 ロウさんに後ろ向きに抱えられたまま、シャランシャランと鳴る杖を掲げるラシュエルくん。

 杖の中心の、青いルービックキューブ状の石が一瞬だけ回転する。


 いつもの固そうな結界が現れる。ただ咄嗟に張った為か、岩に当たってもすぐに破られてしまう。

 それでもその一瞬が大きい。坂を転がり続けて増していた勢いを、かなり削ぐ事が出来たみたいだ。



 ラシュエルくんはその後もたまに結界を張り、岩が近づくのを防いでくれている。


「……あんさんらと一緒にいると色んなことが起こるさかい、退屈せぇへんなあ」

「もう。呑気な事言ってる場合じゃないですよ、一号さん! だだだだって岩ですよ、岩! こんなテンプレ展開いらないですよ、ぴえぇぇ」

「んお。アオ、落ち着けってーの。アタシの肩でぷるぷるされっと、振動マッサージみてーになってっから!」


 思わずレモナさんの肩の上で震えてしまった。ペシペシと軽く叩いて止めてもらったけど……。そこお尻です、レモナさん。


「にゃぅ~。そろそろ足が疲れてきたよ~」

「ああ。早く次のポートが見つかれば良いんだがな」


 この状態で、あまり長距離は走れないよね。せめて前方を私が確認できればいいんだけど。ラシュエルくんと同じく、今は後ろ向きに固定されているから、ずっと進行方向を見るのは難しい。しかもチラチラキラキラと、レモナさんの美しい黄金の髪がチラついている。

 せめて想像でお助けできないかな……。


「えと。こういう展開の時、最後はどうなるんでしたっけ?」

「そーだなー。最後が行き止まりになってんじゃね? 後は別のトラップがあったりなー」

「そうですね。あ、他には大きな穴が空いてたりとかでしょうか」


 レモナさんと思い付いた可能性を言い合ってみたけど、何だかこれはこれで……。


「おい待て。アオイ、レモナ。だからフラグを立てるのはやめろと――……はあ。しっかり回収ときたようだぞ」

「で、ですよねすみません。……回収?」


 肩から落ちない程度に身をよじって進行方向、つまり下り坂の方を見る。


 そこに見えた光景は、まさに私が想像した通り。

 坂の終わりは、真っ暗な穴。そこの空間には天井が無い代わり、向こう岸というものも存在せず、このまま突っ込んだら岩と共に落ちるしかない。


 穴まではまだ少し距離はあるけど、それも時間の問題。



「うにゃ~っ! また落ちたくないよ~。しかも、今度は真っ暗だよ~!?」

「じょ、嬢ちゃん落ち着きぃ。ワテ締まっとる、締まっとるんやて……カク」

「ぴぇ、一号さーんっ!」


 暗い穴を見て恐怖がよみがえってきたキルティさん。彼女に抱っこされている為、きゅっと締められた一号さんが白目をむいた。い、生きてますか……?


「最悪は飛び降りるが、何かないのか!?」

「何か、何か……。あ、ロウさん! 上です。上に、最初の部屋で見たシャボン玉があります!」


 何とか見えている視界の中。ふと穴の上を見た私はそれを発見した。この走っている通路には天井があるから、少ししか見えていないけど。


 あのシャボン玉は、確か重力があったはずだよね。大きいシャボン玉は人が乗り移るのにちょうど良い重力、小さいシャボン玉は離れるのが大変なくらいの強い重力。

 で、今穴の上空に浮かんでいるのは、かなり大きいシャボン玉に見えるから人が乗れるはず。あれに乗り移れさえすれば……。


「ナイス、アオ!……んあ? つってもさ、アレどーやって乗んのかね」


 そう、シャボン玉は穴の上。しかも穴の縁からそれなりに遠いから、ジャンプしてもその重力の及ぶ範囲まで届かないかもしれない。


「……俺が残って全員を上にあげる。その後に手を伸ばしてもらえれば、俺もそちらに渡れるだろう」

「えっ、ロウさん!? それ、かなり危険なんじゃ」


 確かに誰かがシャボン玉に移れれば、人の腕の長さの分、残ったロウさんも移りやすくなる。

 でもそれは上手くいけばの話。全員をシャボン玉にあげている間に、果たして岩はどこまで追い付いてきているのだろうか。それに最後に移る人は、結構跳躍力が必要とされそうだ。


「お、なるほどなー! でもさロウ。それをやんのはロウじゃなくねぇ? 最後移る時にさ、ジャンプ力が一番あるアタシがやんのが一番だってーの」


 いつもは何かしらで笑っているレモナさん。ロウさんへと向かって言った声は真面目なものだった。

 ロウさんは一瞬虚を突かれた表情をし、考えを巡らした後すぐにレモナさんに言う。


「そうだな……レモナ、頼めるか?」

「うっし。まっかせときなって!」


 見えなくとも、レモナさんがいつものニカッとした笑顔をしているのが分かった。


「ん。ぼくも、のこる……べき」

「分かった。ラシュエルも頼んだぞ」


 ラシュエルくんの結界があれば、かなりの時間が稼げる。だからレモナさんと一緒に、最後の方まで残るみたい。



「んじゃ、まずはキルからな。そだ。ロウ、アオは渡しとくかんなー」

「ああ」


 キルティさんをシャボン玉にあげる為、私はロウさんに移される。


 そしてついに穴の縁。


 途中でキルティさんの魔法やラシュエルくんの結界により、進行を遅らせられた岩はまだ少し後ろにある。


「来なー、キル」

「レモナいくよ~。せ~のっ。……んにゃ~!」

「なんや?……って。何でワテ、空飛んでるんーっ!?」


 両腕を下手に構え、打ち上げる態勢のレモナさんにぴょんっと飛び乗るキルティさん。

 シャボン玉に向かって一気にあげられたキルティさんの悲鳴が響く。

 そして、気絶していた一号さん。気がついたタイミングが空中なんて……。一号さんも、私の運の事言えないじゃないですか。


 そしてキルティさんは一号さんを抱えたまま、シャボン玉への着地に成功したみたい。一号さんの困惑声が聞こえる気がするけど、こちらはまだそれどころじゃない。


「うし。次はロウとアオだなー!」


 で、次は私とロウさんの番だ。

 ラシュエルくんにはギリギリまで岩を食い止めてもらう為、さっきまでは私と一緒に抱えられていた。二人抱えた状態だと重いので、今はラシュエルくんは降ろしている。


「悪い、乗るぞ」

「へーき、へーきー。……どりゃっ!」

「ぴぇぇ!」


 ぶんっとレモナさんの腕が上に振られ、私を抱えたロウさんが打ち上がる。飛ぶと分かってても、やっぱり怖い。


 キルティさんと一号さんのペアに比べ、ロウさんと私のペアの方が重い分、飛距離は短い。でもキルティさんが腕を伸ばしてくれていたのもあり、無事二人共シャボン玉に着く。


 範囲が広めの結界を何度も作り、岩を抑えてくれていたラシュエルくん。

 皆が移ったのを確認し、結界を切りレモナさんに飛び乗る。


「いく。おねがい」

「よっと。……らっ!」


 同じく飛んだラシュエルくんは軽い。しかもシャボン玉には、一番背の高いロウさんがいる。難なくこちらへと移ることに成功する。



「レモナさん!」

「来い、レモナ!」


 後はレモナさんだけ。ロウさんがレモナさんに向かって手を伸ばす。


 このシャボン玉は今まで見た中で一番大きい。だからか重力の及ぶ範囲が大きい代わりに、重力の効きが薄い。ロウさんの先にキルティさんとかが連なり距離を伸ばす、という事ができない。

 そうなるとレモナさんがこちらに移れるかは、ロウさんの伸ばした腕の長さ、後は純粋にレモナさんの跳躍力にかかっている。


 レモナさんの後ろでは、何の抑制力も無くなった岩がどんどん近づいてきている。

 ハラハラと見守ってしまう私達。


 今はかなり縁に立っているから、助走は数歩だけ。


 二歩助走をつけたレモナさんが、大きく膝を曲げ飛び上がる。



 想像以上に高く跳んだレモナさん。


 さらさらの金髪が後ろに真っ直ぐ流れている。左耳の逆三角のピアスが音をたてる。


 レモナさんも左手を伸ばし、伸ばしたロウさんの右手にたどり着く。


 それとと同時に、そのレモナさんの足の下を、ずっと追ってきていた大きな岩が通り過ぎていった。


 さっきまではゴロゴロとうるさかったのに、穴へと落ちた岩は何かにぶつかるような音はしなかった。一体どれだけ深いのか。それとも終わりがない?

 私達、落ちなくて良かった……。



 シャボン玉の重力の及ぶ範囲に入ったレモナさんが、ふわっと着地する。


「はーっ。今回はマジでヤバかったなー」

「ハラハラしたぞレモナ……。全員上げたんだ、怪我などはしていないか?」

「あんくらいヨユーだってロウ。ま、さすがに疲れたけどなー。アタシ以外も怪我してねーよなー」


 あの人数振り上げて、自身もその後に岩に追われながらジャンプしたんですから。それは疲れますよレモナさん。

 レモナさんはこういう時に嘘はつかないけど、無理はしていないと思いたい。


「……うえ、つづいてる」


 ラシュエルくんの言葉に上を見上げる。

 岩に追われた通路と違って、ここの空間の天井は高い。上には点々と、今乗っているシャボン玉と同じようなシャボン玉が浮いている。


「うにゃ。ここを上れってことかな~?」


 キルティさんの言う通り、まるで上ってくれと言わんばかりに真っ直ぐ上に続いている。


「お。あの見えてるポートさ、虹色じゃね?」

「え! それってもしかして、あのポート、出口なんですか?」


 レモナさんが気づいたのは、そのシャボン玉の道の上の方。微かに見えるそのポートは虹色だった。

 虹色のポートと言えば、このスライムダンジョンにきた時にくぐったのと同じ。てことは、あのポートの先が外でもおかしくない。


「ああ、アオイ。その可能性が高いだろうな」


 ロウさんの言葉に期待が高まっていく。

 やった、ついに出れるかもしれない……!



 そんな中。

 一号さんが、ズレた濃い赤色のバンダナを戻しながら、キョロキョロと辺りを見回し不思議そうに言う。


「なあ、ぺんはん。ワテら坂の部屋にいた気がするんねんけど。いつの間に最初の部屋に戻ってきたん?」

「一号さんはちょっと黙っててくださいね」


 途中で気絶した一号さんにとっては、坂を下っていたのに、いきなりシャボン玉の部屋に移動したように見えるんだと思う。実際はポートをくぐった訳ではないから、坂の部屋の一空間なだけだ。


 ただそれを説明するのは面倒だし、すぐに外に出れそうだからね。


 頭に『?』を浮かべた一号さんと共に、私達は出口を目指してシャボン玉の道を上へと進んでいく。

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