第8話 歌姫と風の試練
「倉庫にもままならねぇ」
だがくれたものはくれたものなので、ウチは倉庫未満のオンボロな家に住むことに決めた。
「♪踊れ 踊れよ華やかに 刃と花火を叩き込め 明日は泣いていいかな……」
歌いながらウチはナイフの刃で空を切る。見当違いな方向へと向けて振りかぶっちゃった。相手は抵抗も避けもせず、別方向から飛びかかる。と、ウチは動くのをやめた。首元で光る銀のナイフ。それが首からゆっくりと離れ、手合わせの相手はため息をつく。
「ダメだ。その歌、お前じゃなくて相手の戦闘能力を強化してる。」ランス(さん付けはやめろと言われたのでこれからは名前で呼ぶようにしました)がウチからナイフを取り戻す。こいつ、いつもはナイフ二刀流なんだけど、練習として片方借りてました。相手はナイフを腰の鞘にしまい込み、あぐらをかく。ウチはビビったので地面に座り込んでるけど、ランスの発言は魔道書に書き込む。
「やっぱりウチ、接近戦向いてないのかな。」まぁ遠距離の方が気は楽かもだけど。
ここはマーブルヴェールのすぐ外、森の空き地。知ってる人は知っている、ウチとアーサーの決闘の地。放射能の心配は無用みたいだ。
昨日ボロい家を国からもらったはいいけど、流石にすぐには住み込める状態じゃなかった。ので昨日の夜はいつもの宿で泊まって、今日は家の掃除するか!と意気込んだら。
「あなたは歌の効果を研究する方が重要なんじゃないかな。」とサビナに。
「マリ様、ここはお任せを。」とアーサーに拒否られた。むぅ。
ということでランスと研究してた。詳しくは、『敵が近いときに、どんな歌を歌ったらいいのか』という研究。白兵戦用と予想した歌がことごとく外れる。もう固定砲台でいいと思う。
ため息をつくと、向こうから緑の髪が走って来る。
ウチとランスは特訓兼研究、サビナとアーサーは家掃除。残る二人、ラクトとカシスはギルドで仕事探しをする予定だった。その片方が来たと言うことは。
「いい依頼でもあったか?」ランスが訊く。
カシスの答えはウチたちの予想を遥かに凌駕した。
「兵士長が来たよ。アルテリア王本人からの依頼だって。」
ウチら三人はギルドに向けて全力疾走した。
「『魔王直属の魔法使いの捕獲に関する協力に感謝する。』」掃除しきれてないボロい家でウチ含む六人が手紙を覗き込む。読み上げはアーサー。
この街を統治する王都、そのトップの王様本人の手によって書かれた手紙を、兵士長と名乗る甲冑の男に手渡された。宛先は『歌姫』。いやまさか、と思って全員集合させて開けてみたらこの結果よ。人生何があるか知ったもんじゃない。
「『その技量を見込み、依頼したいことがある。この仕事は他者には言ってはいけない。』」
「仕事仲間の俺たちは他者に含まれないよな?」ランスがおどけてみせるけど、目は真剣だ。含まないことを祈ろう。アーサーが続ける。
「『我が王国、アルテリアに害をなそうと目論む、四体の強力な魔物を確認した。天空の大鳥、海原の大蛇、大地の獣王、そして火炎の魔獣だ。これらを全て倒した暁には、望むもの全てを叶えよう。倒せたか否かは、我が専属大魔導士が監視する。幸運を祈る。』……最後に王の名が書かれている。本物と見て間違い無いだろう。」アーサーが深刻な顔で手紙を封筒に戻す。
「地図が同封されてたけど、このバツ印にその魔物がいるのかな。」サビナが茶色い紙を広げる。確かに地図みたいだが、どこが現在地かもわからない。地理と歴史は苦手です、はい。都道府県も言えませぬ。
「この真ん中の二重丸、その周りに空白がちょっとあるよね。これがアルテリア王国とマーブルヴェール。」カシスがウチの困惑した表情から読み取ったのか、地図を指差す。ごめんよバカで。ちなみにアルテリア王都の周りをぐるっとマーブルヴェールが囲ってて、それをまた森がぐるっと囲ってる。その先は地図が適当になり始めている。最後まで本気出せ、地図職人。
「一番近いのは森の奥にいる『天空の大鳥』だな。」ラクトが二重丸から一番近いバツ印を指差す。マーブルヴェールを囲う森と隣接する、木の種類が違う森。むしろジャングル? その真ん中にバツが一つ。
と、疑問を口にする。
「場所わかってるならなんでウチたちを送り込む? ちゃんと訓練された兵士たちとかの方が絶対強いのに。」
「……王にもお考えがあるのだろう。」ラクトがそっぽを向く。おい、小さく「多分」って言ったの聞き逃してないからな。
二日ほど準備をして、三日目に街を出た。オンボロな家はちょっとは綺麗になったが、やっぱり根本的に柱とか土台とか強化しなおさないとあれはダメだ。王様の依頼、討伐計画が終わったら、もっとちゃんとした家をもらおう。
いつぞやのドラゴン討伐のために三日歩いたことがあったけど、今回はそれより長い。たくさん歩く。足腰強くなってく気がする。そういえば、最初から履いていたスニーカーの靴底に穴が空いたので、しょうがなく革靴買いました。案外履きやすいのね。あ、スニーカーは煉獄で燃やした。この世界じゃオーバーテクノロジーに近いもんだし。
歩き続けて五日目。
鬱蒼と茂る森。マーブルヴェール周辺とは違う植物、虫、原生動物。
「森の中なのに相手が『天空』ってどうなるんだろうな。」ランスがつぶやく。同じ緑色の景色で精神的に参ってきたのだろう、いつものランスっぽさがない。
「いきなり空の上へと飛ばされたりしたら嫌だな。」ラクトも疲れているみたい。なんだかゆるくなってる。
「……そういやカシス、木々はなんか言ってる?」ウチは確認を取る。この前教えてくれたんだけど、カシスって植物と話すことができるらしい。正確かどうかは知らないけど。訊いてみたら、カシスは木の根元にしゃがみ込み、目を閉じる。髪の毛が緑色だから、今ここを離れたら見失いそう。と、カシスが立ち上がる。
「ここより先は行ってはいけない、だって。」
「あら。忠告ありがとうね。」サビナは木々に笑顔を向ける。植物ってそういうのわかるのかな。
「……このあたり、とは書いてあるのだが。」アーサーが地図を凝視する。そんなに見つめたら焦げて穴あかない? 大丈夫?
突然、森が消えた。
目の前には苔むした寺院がそびえ立つ。この形はアステカだったっけ、マヤだったっけ。そんな感じ。その天辺に、ターゲットはいた。
緑に近い浅葱色の羽、二階建ての家ほどある翼。真っ赤な赤い目は白い部分がない。金色の嘴と足。あのサイズだと人間四人くらいは運べるかな? それくらいでかい、緑色の、猛禽類っぽい鳥が寺院の上に留まってた。
ドラゴンもガルーダも見たんだ、もう驚かないぞ。
そう思ってた時期もありました。
『人間よ、何用だ。』
「喋ったぁ。」驚きすぎてそれ以外言えない。他のみんなも息を飲むくらいしかできてない。てか喋ってるのに口動いてないね。テレパシーだね。
『……再び問う。人間よ、何用だ。』大鳥が訊く。
はっと我に返ったラクトが剣を抜いた。いきなりすぎるけど許せ。
「我ら、アルテリアの王の名の下集いし冒険者一同なり。王の命により、お前を討伐する。覚悟。」ラクトがすごい騎士っぽい。王宮兵士志望だったとか言ってたっけ。お前がリーダーだ。
『アル、テリア……だと……?』ぴくり、と大鳥が身動ぐ。怯えているのか?と思ったが、次の瞬間大鳥の翼が勢いよく開き、暴風が巻き起こる。あ、これげきおこモードですわ。
あかん。
『あの邪悪なる王め、神獣なる我を殺すとな?! よかろう。人間風情、地の果てまで吹き飛ばしてくれるわ!!』
大きな翼が全力で一振り。大鳥の巨体が空へと浮かび、ちっぽけなウチたちは風圧により地に這いつくばる。
「空に逃げるたぁ臆病だなおい! さばいてやろうか?!」ランスがガチの目で煽る。だけどナイフ使いなので攻撃しようにも届かない。歯がゆいのはわかる。
「ここは任せて!」とサビナが魔力で岩を浮かばせ、投げつける。この世界の魔法は詠唱必須だけど、慣れたり特化したりしてる初級魔法や属性のものは詠唱が必要なくなるみたいだ。サビナは全ての属性の初級魔法を無詠唱で操れる人材なんだけど、いかんせん初級。飛ばされた岩は大鳥の起こす風の前に敗北、風に切り刻まれ、砂未満となって消えていった。
「えいやっ!」カシスも弓矢で風の壁を貫こうとするけど、矢って横からの風に弱いのな。半分も届かないうちに変な方向へと飛ばされる。
「ならば……!」今度はアーサーが豪炎を杖から飛ばす。だけどウチの思った通りの結果だ。強すぎる風は炎を吹き飛ばす。ロウソクの火を吹き消すのと同じくらいの感覚じゃないかな、あの鳥にとっては。
『なんだ。あの邪悪の王が連れてこれる人間はこれっぽっちか?』と、赤い目が余裕を見せる。
今のはちょっとカチンと来ましたよ。
ウチに対しては何言っても構わない。
でも、ウチよりはるかに苦労しているこの人たちの悪口は、許さない。
言い方は悪いが、この鳥ヤローは「アーサータイプ」だ。一属性一点特化型。
つまり対処方法も似たものでいいと見た。
あいつの属性はどう見ても風。
じゃあもっと強い、飲み込まれない風を送ればいい。
ウチは伴奏石をひねり、立体音響を
自分に向けた。
これは二日前の夜の話。
「マリ、そういえばあなたの杖の魔石の調子はどう?」
「ふへ?」サビナの突然の問いにウチは腑抜けた声しか出せなかった。魔法も何もできないウチに対してその質問は酷ちゃいますか。わからないので立体音響をサビナに渡した。
「……あー、やっぱり。魔石はね、たまに魔力を流し込んでおかないと効果を発揮しないんだよね。」サビナが立体音響をいろんな角度から見ながら言う。魔石とは立体音響にはめ込まれてある、赤・緑・青の三つの綺麗な石のことだろう。
曰く、魔石は魔力を通すと『その魔力に変化を与える』。そして魔力を変化させるための力として、あらかじめ魔力を溜め込んでおかないと使い物にならなくなるらしい。まぁ電池ですな。
そう言ってサビナは魔石に魔力を流し込んでくれた。あざます。
あと、ウチの立体音響に使われている魔石の効果は、口元から「一つの」・「音声増幅」・「広範囲」の効果を持つものということも教えてくれた。
だから声をこいつに発すると、「一つの」声が「音声増幅」されて、「広範囲」に広がるって仕組みだと。ほー。
じゃあ、逆にしたら?
「♪Me pregunto porque las nubes que fluyen… tocan melodias de tristeza y dolor……」
いつもは口元にある赤い魔石の周りに、緑に輝く渦が集う。
別言語で歌えば高火力が出ることは証明した。
だから、高校で行なったちょっとした課題で覚えたこいつで勝負。
アイヌ語を利用した日本語の歌を、ほとんどスペイン語にした代物だ。ちゃんとメロディに合わせて歌えるように練習したもん。
……何語なんだよというツッコミはなしでお願いしまふ。
ウチの歌に気づいた他の五人は、地面に伏せる。ウチが何を起こすか知らないのはあの大鳥だけだろう。風の壁がいつまでも保つと思ったら大間違いだ。
「広範囲」に響くウチの声を「音声増幅」させて、「一つの」点に集中させる。
さぁ、神の歩む道を風とともに!
「♪アンカムイルペカレライケサンパ empiezo a recorrer…Un camino sin fin encomendandome a la dirreccion del viento……!」
緑の渦が一点に集中し、風と歌声で作られた『ビーム』が杖の先から打ち出される。
大鳥はそれに抵抗しようと急いで追加の風を生み出そうとするが、反応が遅い。ビームはいともたやすく風の壁を貫き、大鳥の胴体にぶち当たる。息もできない衝撃に、大鳥は一声も鳴かずに地に落ちる。どさぁ、と重い音が森に響く。
「気絶させただけだ! とどめ!」急いで歌を切り上げ、ウチは命令を下す。いつからウチがリーダーだったっけ。
「待ってたぜ!」「応!」と、片手剣とナイフが陽の光を浴びてきらめく。
赤が空を舞う。
喉を裂かれた大鳥はもう、動かない。
達成感があるはずなのに、空気がやけに重いと感じたのはウチだけだろうか。先ほどまで激しい風に煽られていたから、静かな空気の動きに慣れ直さないといけないだけ、と言い聞かせる。
でも、何かが違う。
「……討伐完了。」ラクトが片手剣の血を払い、鞘に収める。
やっぱりみんなの顔が変だ。この重い空気、気のせいじゃない。
でも依頼は依頼。
「一度帰って報告する?」と訊いてみる。
「いや、このまま他の三体も討伐しに向かう。物資調達は村や町を転々とすればなんとかなり、そちらの方が時間と労力短縮になる。討伐したか否かの判断は王の直属魔導師に任せればいいと手紙にもあった。……次に近いのは海原の大蛇か。」ラクトの判断に他のみんなは賛成しているみたいだが。
「俺たちの冒険はこれから、なのかぁ」
そう言いながらウチはみんなの後を追った。
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