第50話 爵位の意味

       爵位の意味



 オークションが終わって、今は階段を上った、冒険者ギルドのホールだ。


 俺は、城に帰るかどうか迷ったが、城だと俺のプライバシーは無いに等しい。

 別に隠すような事は無いのだが、やはり寝る時は一人がいい。

 彼女達だって、同じだろう。

 そういう意味もあって、俺は家が欲しかったのである。


「という訳で、今日はホテルに泊まろう。勘違いするなよ。全員一人部屋だ。明日の行動は朝食時に決めよう。8時にレストランに集合だ」


 俺は、皆も当然その方がいいはずだと思っていたが、何やら雲行きが怪しい。

 リムを中心に、円陣を組んで何か相談してやがる。


 話がついたのか、リムが進み出て来た。


「アラタ、ホテルに泊まるつもりなら丁度良かったわ。でも、例のスイートにしない? ちょっと、城ではできない相談があるの。あなたのプライバシーについては極力配慮するわ。あそこは一人用のゲストルームがあるし。あなたの快気祝いということで、いいんじゃないかしら」

「ふむ。何か大事な話があるようだな。それなら仕方ない。それを優先しよう。うん、ありがとう」


 俺としては、皆で泊まると、どうせ良からぬことを考える奴が出るのが目に見えているので、そこを警戒している。

 まあ、これは事前に釘を刺しておけば大丈夫か。

 これからは、ダンジョンでも同様なので、いい機会だ。


 城でいたずらされ、改めてスコットが居た意味の大きさに気付かされた次第だ。


 俺達はさっき食事したホテルに戻り、リムがフロントで手続きをする。

 以前泊まったスイートは空いていたようだ。



 部屋に入り、全員でソファーに腰掛ける。


「それで、城ではできない相談とは?」

「アラタ、あなた、皇帝から爵位を貰ったでしょう!」

「ん? 気付いていたのか。流石はリムだな」


「机に爵位の授与証があったから分かったわ。あなた、あれがどういう意味か分かってないでしょ?」

「お前も気付いていたと思うけど、貴族と奴隷の職業は相性がいい。スコットと比較した結果、彼女達の能力の伸びは段違いだ」

「ええ、気付いていたわ。でも、それならあたしに言ってくれれば、爵位くらい何とかなったのよ」


「ん? どういう意味だ?」

「あなたはこの世界の爵位の意味が解っていないわ。爵位というのは、この国では、授与した者に忠誠を尽くすっていう意味でもあるのよ!」


 俺は、理解した。

 そう、この世界の子爵とか、男爵とかは、昔の日本の旗本とか、奉行とかそういう意味があると考えていいようだ。


「なら、皇帝から直接ってことは、皇帝に忠誠をってことか?」

「やっと分かったわね! そうよ! 陛下があなたに戦争しろと言えば、あなたは断れないわ」


 なるほど、だからあの後、カサードは上機嫌だったのか!


「まあ、カサードさんの事だ。無茶は言わないだろうけど、用心はしよう。せっかくいい関係なんだ。突き返すのは最後の手段だな」

「そうね。貰ってしまったものは仕方ないわ。でも、充分に注意してよ」

「分かった。ところで、リムなら何とかできたというのは、どんな方法だ?」


「この国には、爵位はあるけど、領地も仕事も与えられていない、あたしもだけど、なんちゃって貴族が沢山いるわ」

「ふむ。今の俺もそうだな」

「アラタは、勇者だから当て嵌まらないと思うけど。とにかく、そういった連中の中には、金で爵位を売り払う人も居るの」

「なるほど、安くはないだろうが、それは最も簡単そうだな。少し後ろめたいけど」


「ええ。確かに安くはないわね。でも、もっと楽で、しかもタダでできる手もあるわ」

「おお~、そんな裏技があったのか?」

「裏技って訳でもないのだけど、その、えっと……」


 リムがいきなりどもりだした。

 こういう時は大抵アレだ。

 恋愛が絡む奴だ。


「あ~、リムと結婚か?」

「な! その通りよ! 悪い!?」

「いや、誰も悪いとは言ってないぞ?」


 ここで、今まで黙って話を聞いていたミレアが口を挟む。


「リムさん、そういうことだったのですね! 貴族の称号を餌に、結婚を迫る用意があったと見ました」


 あ、これ、不味いかも。


「え? そんな魂胆が。それはお姉さんも黙っていられませんわ!」


 やはりこうなる訳で。


「使える物は何でも使う。冒険者の鑑っす!」


 まあ、これはどうでもいいか?


「そ、それは確かに考えたこともあったので、お姉様方には謝るわ。ごめんなさい」

「まあまあ、俺は子供と結婚する気は無いし、爵位は既にある。リムも未遂だし、こうやって謝っている。許してやってくれ」

「アラタさんは、リムさんには甘いですわ!」

「そうです! 私にはもっと厳しくしてください!」

「所詮、小娘の浅知恵っす。大人の魅力には敵わないっすからね」


 なんか意味不明のもあったが、皆、そこまで怒っている感じでもないし、大丈夫だろう。


「それで、アラタ、あたしもあなたの奴隷にして欲しいの」


「へ?」


 俺は少し固まった。

 ふむ、確かに俺が貴族になった以上、貴族はもう必要無い。

 彼女も俺を慕ってくれているので、奴隷になっても、ステの伸びはいいだろう。

 だが、こんな美少女を奴隷にって、それこそ変態じゃないか?


「でも、リムは既に貴族なので、ステータスの事を考えたとしても、今のままで問題無いのでは?」

「アラタはあたしじゃ不満? あなたに、アラタだけに尽くすわ」


 こいつ、本当にこういう時はど直球だな。

 思わずぐっと来てしまった。

 イカン! ここで折れたら、なんか負けのような気がする。

 ここは当初の理由を押し通すべきだ。


「き、気持ちは本当に嬉しい。しかし、俺が何故わざわざ全員の所有権を二人にしたと思っている? 俺に何かあっても、リムが所有者に残るからだ。俺はお前を信頼している。皆も、お前なら信用してくれるはずだ」

「そうですわ。リムさんは無茶な命令はしませんわ」

「私もリムさんなら信用できます。多分、その貴族と奴隷の相性とかも、問題無いはずです」

「アラタさんの奴隷の地位は譲らないっす! 主人としてのリムさんは認めるっす!」


 うん、これなら問題無い。

 ミツルの時で分かっていたが、リムは彼女達の信頼を充分得ている。ステの伸びが悪くなるとは思えない。


 ところで、カレンは俺を、『近衛さん』から『アラタさん』に呼び方を変えてくれているな。

 信頼してくれていると取っていいだろう。

 嬉しいことだ。


「そう、そこまで言うなら仕方ないわ。あたしも諦めるわ。では、お姉様方、引き続きこんなあたしだけど、宜しくお願いします」

「うん、リム、俺に何かあった時は彼女達を頼む。勿論俺も、クレア、ミレア、カレン、そしてリムの為に頑張るよ。さあ、明日は家探しだ。そろそろ寝よう」



 俺がゲストルームに引き籠ろうとすると、リムが俺の着替えを渡してくれた。

 スコットが着けていたものだが、今はこれしかない。

 何か悪い気もするが、明日、新しく買い揃えよう。


 俺が部屋に入ると、何やら話し声が聞こえる。


「いい? お姉様方。さっきの約束は絶対よ!」

「あらあら、私は大丈夫ですわ。それよりもリムさんが心配ですわ」

「そうです。リムさんは抜け駆けの常習犯です」

「こっちからはダメでも、アラタさんが認めてくれたら問題ないんすよね?」


 ん? 何の相談だ?


「そうよ、カレン姉様。あたし達からアラタのベッドに入るのは禁止。勿論シャワーとかの時もよ。でも、アラタから誘ってきたのなら、お好きにどうぞ。アラタも男だし、そ、そこは仕方ないわ」


 ふむ、淑女協定か。

 俺のプライバシーには極力配慮とはそういう事か。

 いい落としどころだな。

 絶対ダメとなると、これから俺も困りそうだし。

 取り敢えず、俺の安眠は保証されそうで何よりだ。


 いつの間にか、リムのカレンに対する呼び方も『カレン姉様』になっている。

 リムもカレンを認めたという事だろう。いい傾向だ。


 ならばと、俺は風呂に入ることにした。

 彼女達にちょっかいを出されそうで、朝、こっそりと思っていたのだが、これなら問題なさそうだ。

 ゲストルームには、専用のバスタブもあるしな。


 しかし、水の音を聞きつけたのか、案の定、誰か来やがった。


「宜しければ、お背中お流し致しますわ。その、私も一緒で構わないですわね?」

「ん? クレアか。悪いけど、一人でできるよ」


 声をかけるのはOKか。

 これは少し計算外だ。


「人体の研究の為に協力して欲しいです。私のも研究して貰えるともっと嬉しいです」

「次はミレアか。当然拒否する!」


 ふむ、断れば大人しく引き下がると。

 そういう取り決めか。


「あたいの尻尾の汚れがなかなか落ちないっす。手伝って欲しいっす」

「自分でやれ!」

「あたいのこの綺麗な尻尾に、虫がついたらどうするっす!」

「その時はクレアの魔法、【ドライ】をかけさせるから心配するな」


 虫干しだな。

 こいつは少し食い下がったが、これくらいは問題ないのかもしれん。


 予想通り、リムは来なかったな。

 彼女はまだ子供だし、そこまでの度胸は無いと見た。


 俺は着替えてベッドに横たわる。

 うん、久しぶりに一人だ。

 というか、今まではリムと同居だったので、ちゃんとした睡眠というのから、少し外れていた気がする。


 身体の痛みからもようやく解放され、俺は爆睡したようだ。

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