第20話 凱旋
凱旋
俺がこの世界に来て、最初に見た部屋だ。
あの時にはあった死体も無くなっていて、閑散としている。
正面に大きな水晶のような物がある。あれが多分召喚の際に使われたのだろう。
俺は周りを見渡す。ちゃんと全員連れてこられたことを確認して、ほっとする。
「こ、ここは…、いや、あり得ない?」
「え? ヤットンさん、何かおかしいことでも?」
「あ、いえ、この部屋は結界で守られている為、テレポートは不可能な筈なのですが…。それよりも、私の事は、呼び捨てでと申し上げたでしょう。この国で勇者様と対等に話せるのは、陛下のみでございます!」
なるほど。通常はここにはテレポートできないと。
確かに城の中にほいほい来られたら、警備も何もあったものじゃない。
しかし、俺は来れてしまったと。
原因は俺の魔力なりが、結界を破るくらい強すぎたということだろうか?
そして、言葉遣いに関しては、やはりか。
ヤットンは明らかに俺よりも年上、30歳くらいに見える。なので、かなり抵抗はあるが、こればかりは従うしかなさそうだ。
「わ、分かった。うん、細かいことを気にしても仕様がないか。ヤットンさん、じゃなかった、ヤットン、早速で悪いのだけど、カサードさん(皇帝)に取り次いで欲しい。説明とやらもしないといけないし」
「は! 少々お待ち下さい!」
ヤットンは転がるように部屋を出て行った。
代わりに、部屋の入り口に屈強そうな兵士が配置された。
周りの音が騒がしい。
「勇者近衛様、只今陛下にお取次ぎしておりますので、暫くここでお待ち下さい!」
「うん、いきなりの凱旋だ。準備出来ていなくて当然だ。待たせて貰うよ」
俺は迷っていた。
アホの拘束を取るべきかどうか?
下手に暴れられると不味いが、皇帝に対して脅しにはなる。
俺は意を決した。
「スコット、ミツルの拘束を解いてやれ。全部だ」
俺は、アイテムボックスからミツルの着ていた服を取り出し、ミツルに投げる。
拘束を取られたミツルは、慌ててその服を着込み、その上からコートを羽織った。
「こ、ここは?」
「ああ、ミツル、言った通り、フラッド帝国の城内だ」
「そうか、それで僕は何をすればいい?」
これは意外な言葉だ。俺はてっきりまた『僕をどうする気だ!』とか、『拘束を解くとは愚かだな!』などの言葉を予想していたのだが。
当然、全員身構えていた。
「随分と変化したな。だが、助かる。取り敢えずは、俺の指示に従ってくれ」
「僕だって馬鹿じゃない。ここで暴れたらどうなるかくらいは想像できるよ。それに……」
「それに?」
「ア、アラタちゃんに嫌われたくない!」
ぶはっ!!
剛速球が俺に放たれた!
全員が目を丸くする!
「運ばれている間に色々考えたんだ。確かに僕は少し思い上がっていたようだ。それでも、あんなことをした僕をアラタちゃんは助けてくれた。僕は、これからアラタちゃんを守る為に生きるよ」
クレアとミレアが黙って俺を睨みつける。
いや、俺は悪くないだろ!
スコット、その可哀想な奴を見る目を俺に向けるな!
「ま、まあ気持ちは嬉しいけど、今はそれどこじゃない」
「ああ、そのようだね。その皇帝には僕も合わせてくれるのかな?」
「そのつもりなんだけど、これからの流れ次第だな」
「分かったよ」
そこに一人の兵士が駆け込んで来た。
「申し訳ありません。陛下は只今、手が離せません。お疲れでしょうし、皆様にはこちらで休んで頂きたいとのことです」
その兵士は俺達を案内する。以前、俺が使った部屋だ。
扉の前にも兵士が二人居る。
全員で入ろうとすると、遮られた。
「この部屋は近衛様専用です。お連れの方はこちらへどうぞ」
予期していたことだ。しかし、ここで分断される訳には行かない。
「こいつらは全員俺の仲間だ。魔物の群れの中で命を預け合う、仲間の意味を理解して対応か?」
「いえ…、命令ですので」
「じゃあ、その命令を出した奴に会わせてくれ。説明すれば、理解して貰えるだろう」
もはや完全な恫喝だな。
全員が身構える。ミツルが何をしでかすかとても心配だ。
「そ…、それは……」
「無理なら帰るだけだ。皆、行こうか」
そこへヤットンが駆け付けた。
「こら、お前達! 勇者様に失礼なことしてはダメだ! 申し訳ありません。こいつらはまだ新人でして。ささ、皆様、少し狭いですが、どうぞお入り下さい」
いい判断だ。ヤットンにしたら、ここまで連れてきて逃げられたら、面目丸潰れだろう。
もっとも、ここで帰るつもりは、こっちも毛頭無かったが。
俺達がぞろぞろと入ると、ヤットンもついて来た。
なるほど、監視ね。
「椅子が足りませんな。あ、そこの君! すぐにソファーをお持ちしなさい! 後、お飲み物も忘れずにな!」
俺達はソファーも持っているのだが、ここは大人しくしていよう。
俺が一人掛けのソファーに腰掛け、クレア、ミレア、スコットを正面の3人掛けに座らせる。ミツルは扉の入り口に張り付いたので、任せておく。
ヤットンは部屋の隅にある、侍女が待機する為に使う椅子に陣取った。
「カサードさんにはどれくらいで会える?」
「会議をしておられましたので、正直なところ、私では分かりかねます」
「まあ、いきなりだしな~。城に居てくれただけでも良しとしないとな」
「そ、そうでございますね」
流れる沈黙。
そこへ兵士がソファーと飲み物を持って入って来た。
テーブルに紅茶だろうか? 飲み物を並べて、コの字にソファーを配置する。
立っていられるのも気になるので、ミツルをそのソファーに座らせた。
紅茶?には、真っ先にスコットが口を付けた。毒見のつもりだろう。もっとも、毒は俺には効かないが。
スコットが頷いたので、全員が手を伸ばす。
お、いい香りだ。完全な紅茶だな。
「ところで皆様、陛下にお会いになられる前に、もしアイテムボックスや武器をお持ちならば、預からせて頂きたいのですが」
「言っている意味は理解でるのだけど、それは無理だな。武器は預けてもいいのだが、実際意味無いと思うぞ? 俺は、この拳で階層主を葬っているから」
俺はそう言って、ガントレットを外しながら、右腕を翳す。
この15歳の少女の姿は、周りからはどう見えていることやら。
「む、無理にとは申しません。飽くまでも警備上の都合でして」
うん、これは効いたようだ。生身で魔物を殺せるなら、何をしても無駄だろう。
部屋の扉がノックされた。
「お待たせ致しました。陛下がお会いになられるようです」
俺達は、前回の会議室のような部屋に案内された。
面子も前回とほぼ同じのようだ。俺達の正面にカサードが座る。祭祀長のイーライがその後ろに控えていた。
「おお、アラタ! 良くぞ戻って来た! 儂らの用意した侍女がとんだことをしてくれようじゃが、無事で何よりじゃ。しかも、共和国の勇者を従えるとは!」
「カサードさん、久しぶり。心配をかけたようで申し訳ない。ただ、この侍女達は屈服させて、現在は俺の奴隷だ。反省もしているようだし、勘弁してやって欲しいのだけど」
「しかし、それでは示しがつかん」
ふむ、カサードは、何としても俺の戦力を削る気だな。
「ん~、俺も無事に帰って来れたし、彼女達の協力が居なければ、俺は死んでいただろう。これじゃダメかな?」
そう、俺の今回の第一目的は、クレアとミレアの手配書の撤回だ。
「しかし、勇者誘拐は重罪じゃぞ。アラタの恩情に甘えさせる訳にもいかん」
「でも、彼女達は、既に俺の奴隷だ。俺に歯向かうことはありえないし、俺の財産と言える。それを失うのは辛い。共和国の勇者を連れて来ることに協力したということも合わせてどうかな?」
「むぅ、アラタがそこまで言うのなら、今回は侍女の件は不問にしよう。まあ、儂も最初から極刑に、等とは考えておらなかったしの。それで、その連れてきた勇者殿を紹介して欲くれんか」
よし! これで俺の今回の目的はほぼ達成されたと思っていい。苦労してミツルを連れて来た甲斐があったというものだ。
クレアとミレアもほっとしたようだ。
しかし、俺は少し引っかかっている。重罪と言ったくせに、最初からそれほど重い罪にするつもりはなかった? どういう意味だ? まあ、そのうち分かるだろう。
「アラタちゃんの手を煩わせるまでもない。初めまして、皇帝陛下。僕はシュール共和国に去年召喚された勇者、
「おお、儂はフラッド帝国、25代皇帝、カサード・フラッド・ドルトムンクじゃ。ミツル殿、我が国へようこそ。歓迎するぞ」
「ありがとうございます」
「ところで、貴殿は我が国の勇者近衛新に敵対し、敗北したと聞いておるが、如何したものか」
やはりそう来るよな~。
ここは、俺が頑張らないといけないようだ。
「カサードさん、口を挟んで申し訳ないけど、ミツルは飽くまでも、共和国の意向に沿っただけらしい。それに、ダンジョン攻略の為とはいえ、無断で共和国領内に入った、俺の行動にも問題があったかもしれない」
「ふむ、敵対したのは、共和国の意向ならば仕方無い。アラタの言う事ももっともじゃ。じゃが、かと言って、全面的に信用する訳にもいかん」
「彼は俺のパーティーに入って、ダンジョン攻略に力を貸したいと申し出てくれている。祭祀長にも、勇者を召喚した目的はダンジョン攻略と聞いているので、問題は無いのでは?」
これは痛いはずだ。まさか、勇者=戦力とは言えないはずだ。
「そ、そうじゃな。そこは考慮せねばならんな」
うん、落としどころが見えたかな。
「ならば、カサードさん、暫く彼を預かってくれないか? カサードさんが信用できると判断してくれるまでは、俺はミツル抜きのパーティーでダンジョンに潜る。ミツルもそれでいいよな?」
「ああ、アラタちゃんがそれでいいなら僕に異存はないよ。陛下に信用して貰って、一日も早くアラタちゃんを守れるように頑張るよ」
これは、カサードに取っても、利の無い話ではない。
彼の懸念事項は、只でさえ強力な勇者同士が,結束して反旗を翻すことだ。できるなら、離しておきたいはずだ。
また、勇者という抑止力が居ない間に、他国から攻められるという事態も無くなる。
「うむ、アラタの提案に乗るべきじゃな。ミツル殿、暫くは不自由をさせるかもしれんが、アラタの厚意に報いる為にも我慢せられよ。何、悪いようにはせん。この城を、我が家と心得てくれれば良い」
うん、成功だ。
さらっと俺がダンジョンに入る許可も織り込めたしな。
俺からすれば、ミツルの待遇なんかよりもこっちが重要だった。
今回の成功の原因は、なんと言っても、ミツルが素直になってくれたからだろう。
アホ勇者のままだったら、もう少し苦戦していたはずだ。
俺への感情は正直困るのだが、まあ良しとしよう。暫く会わないで済みそうだし。
よくよく考えて見れば、カサードだって冷や冷やものだったはずだ。
人間兵器二人を前にして、あの毅然とした態度は流石と言えよう。
その日はその後、勇者帰還と歓迎を兼ねての、晩餐会が執り行われた。
そこでカサードの皇女、フロン(結構美人)が紹介されたが、ミツルにご執心のようで都合がいい。
何故なら、ミツルがしつこく俺に構おうとするので、いい防波堤になってくれるのだ。
そして、カサードは、その二人をにこにこしながら見守っている。
ふむ、これは想定外のラッキーだな。おそらくカサードは、子供に関しては俺を諦め、ミツルとフロンに期待していると見た。
このままくっついてくれればいいのにな~。
ミツル、お前が毒を盛られない為にも、彼女を応援するぞ!
宴会終了後は、無理を言って、あの部屋にベッドをもう2個運んで貰った。
どうせクレアとミレアは一緒に寝るだろうし、俺に至ってはそろそろチェンジだ。
ミツルは別室だ。当然そこまで甘くは無い。
「アラタさん、今回の処遇、なんとお礼を申していいやら。私、一生ついて行きますわ!」
「はい、私もお姉様も処刑される覚悟をしていたのですが、それどころか再び同行させて頂けるなんて。これからも毎晩一緒ですね!」
「おめでとうございますにゃ! これで何の気兼ねなく、勇者様とお姉様達とダンジョンに潜れますにゃ!」
「うん、今回は手土産が功を奏したと思う。ミツルが居なければ、こううまくは行かなかった筈だ。色々あったけど、そこだけは感謝だな」
とにかく、これで間違いなく一歩前進のはずだ。
「クレアさんとミレアさんをここに連れてくるなんて、正気を疑ったわよ。でも、上手くやったわね」
ん、チェンジの時間か。
「まあな。結果オーライな感は否めないが、苦労してミツルを連れてきて正解だろ」
「そうね。でも、もし皇帝に押し切られたら、どうするつもりだったの? 二人を生贄にして、あたし達だけが助かるなんて、絶対認めないわよ!」
「その為のミツルでもあったんだよ。どうしようも無くなったら、巧くあいつを焚き付けて、強行突破するつもりだった。カサードさんもそれを分かっていたから、余程無茶な要求をされない限り呑んだだろう。無茶な要求=カサードさんの顔が立たない、かな? だから、俺一人なら、ここには来なかったよ。ただ、まだ少し謎があるけど」
そう、カサードは、最初から彼女達を重罪にする気は無かったようだ。いくらナガノさんが絡んでいると分かっていても、勇者を拉致したのは事実だ。
「思った通りね。納得できたのでいいわ。アラタの疑問には、あたしも気付いているつもりよ。でも、上手く行ったんだからいいじゃない。ところで、あのお馬鹿勇者、どうするつもり?」
「どうするもこうするも、これでいいだろ? あいつは軟禁。俺はダンジョンに潜って転生のヒントを探す。これ以上の結果は無いと思うけど?」
「いや、その…受けるの? あたしは嫌だからね!」
「あ~、そっちか。あいつはこの、『リムの容姿』に惚れたんだから、俺の問題じゃないだろ。リムが嫌なら、それで終わりだろ?」
「ふ~ん、そうだといいわね。私もしたいことがあるから、そろそろ交代してよね」
「うん、今日は疲れた。後は頼む。おやすみ、リム」
「おやすみなさい、アラタ」
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