第44話〈高安幻想・3〉
高安女子高生物語・44
〈高安幻想・3〉
「左近、こいつはナニモンや?」
と、聞いてきたから、あたしの姿は見えるんやろ。
「御館には見えまっか?」
「ああ、おなごのようじゃが、妙なナリやのう」
そりゃそうやろ、ユニクロのジーンズにトレーナーやもん。
このオッサンも、けったいや。左近のオッチャンが「オヤカタ」言うてるわりにはみすぼらしい。
「こいつは……そういや、まだ名前聞いとらへんなあ。名ぁはなんちゅうねん?」
「あ、佐藤明日香です」
「佐藤? ぬしは、どこぞの姫ごぜの成れの果てか?」
「はあ……うち、ただの市民です」
「しみん?」
ああ、市民は明治になってできた言葉や。
「普通の一般大衆です」
女子高生では通じないだろうと言葉を選ぶ。
「たいしゅう……どんな字ぃ書くねん?」
「ああ、こうです」
うちは地面に「大衆」と書いた。
「これは大衆(だいしゅ)や、どこぞの寺の役僧か?」
一般に使われてる単語は明治になって、英語を訳すときに作られた言葉が多い……と、お父さんが言うてた。百姓やったら、この時代でも通じるけど。うっとこは農業やない。で、五分ほど言い合うたあと、学者の娘いうことで落ち着いた。
「さよかー、七百年も先の令和たらいう時代の学者の娘か」
感心したようにオッサンが言うた。
「ところで……(二人称につまる)あなたさまは、どなたさんで?」
「わいか。わいは……」
オッサンは、一瞬左近さんの顔を見た。左近さんは、こいつは大丈夫いうような顔をした。
「わいは、楠木正成や」
「え……河内の英雄、河内音頭の定番、山川の教科書で冷遇されてる悪党の楠木正成さん!?」
「お前の時代では、わいは英雄か?」
「ほら……名前ぐらいは(なんせ、山川でも一行出てくるだけやさかい)」
知識欲の固まりみたいなオッサンで、うちが知らんようなことばっかり聞いてくる。
うちは、この正成さんの末路は知ってる。湊川で足利の大軍勢相手に、たった八百人で戦うて全滅する。たしか新田のオッサンと馬があわへんねんや……せやけど、そんなことは言われへん。
「で、明日香はん。しばらく御館をかくもうてはくれへんやろか?」
えーーーーーーーーーーーーーーーーー!?
左近のオッサンの頼みで、歴史上の人物楠木正成をかくまうことになってしもた。せやけど、かくまういうても、うち自身が元の世界にもどれるかどうか……。
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