第42話〈高安幻想・1〉

高安女子高生物語・42

〈高安幻想・1〉       



 有馬温泉から帰ってからはボンヤリしてる。


 なんせ、明菜のお父さんの殺人容疑を晴らして、離婚旅行やったんを家族再結束旅行にしたんやさかい、うちとしては、十年分のナケナシの運と正義感を使い果たしたようなもん。十六の女子高生には手に余る。ボンヤリもしゃあないと思う。


 しかし、三月も末。


 そろそろ新学年の準備っちゅうか、心構えをせんとあかん。中学でも高校でも二年生言うのは不安定でダレる学年。お父さんの教え子の話聞いてもそうや。ちょっとは気合い入れなあかん。そう思て、教科書の整理にかかった。国・数・英の三教科と、将来受験科目になるかもしれへん社会、それに国語便覧なんか残して、あとはヒモで括ってほかす。

 で、空いた場所に新二年の教科書を入れる。二十四日に教科書買うて、そのまんまほっといた。包みを開けると、新しい本の匂い。たとえ教科書でも、うちには、ええ匂い。この匂いだけはネットの本にはあれへんしね。こういうことに感動するのは親の遺伝かもしれへん。


 せやけど、手にとって眺めるとゲンナリ。教科書見て楽しかったんは、せいぜい小学校の二年生まで。あとは、なんで、こんな面白いことをつまらんように書けるなあと思う。匂いで感動したんは、ほんの十秒や。


 日本史を見てタマゲタ。山川の詳説日本史や! 


 みんな知ってる? これて、日本史の教科書でいっちゃんムズイ。うちの先生らは何考えてんねやろ。わがOGHは偏差値6・0もあらへん。近所の天王寺やら高津とはワケが違う。ちなみに、うちが、こんなに日本史にうるさいかというと、お父さんが元日本史の先生いうこともあるけど、うち自身日本史は好きやから。


 で、ページをめくってみる。


 最初に索引を見て「楠木正成」を探す。


 正成は河内の英雄や! 


 で、読んでガックリきた。



――後醍醐天皇の皇子護良親王や楠木正成らは、悪党などの反幕勢力を結集して蜂起し……――



 114ページにそれだけ。


 ゴシック体ですらあれへん。


 とたんに、やる気無くした。


 ガサッと本立てにつっこむと、ようよう暖くなってきた気候に誘われて、気ぃのむくまま散歩に出かけた。

 桜の季節やったら近鉄線を西に超えて玉串川やねんけど、まだちょっと早い。で、気ぃつくと東の恩地川沿いに歩いてた。

 最近は、川も整備されてきれいになって、鯉やら鮒やらが泳いで、浅瀬には白鷺がいてたりする。五月になったら川を跨いでぎょうさん鯉のぼりが吊されて壮観。そんな恩地川を遡って南へ……。


 気ぃついたら、高安の隣りの恩地まで来てしもた。


「おんろりゃ、ろこのガキじゃあ!?」


 ビックリして川から目ぇ上げると一変した景色の中に、直垂(ひたたれ=相撲の行司さんの格好)姿のオッサンが目ぇ剥いてた。あたりに住宅も近鉄電車ものうなって、一面の田んぼに村々が点在してた。どない見ても江戸時代以前の河内の景色や。

「おんろりゃあ、耳聞こえへんのかあ!?」

 この二言目で分かった。これはえげつないほど昔の河内弁や。


 昔の河内弁は「ダ行」の発音がでけへん。


「淀川の水飲んで腹ダブダブ」は「よろ川のミルのんれ、はらラブラブ」になる。

「仏壇の修繕」は「ブツランのシュウレン」という具合。


 せやから、今のオッチャンの言葉は、こうなる。


「おんどりゃ、どこのガキじゃ!?」

「おんどりゃ、耳聞こえへんのか!?」


 現代語訳してる場合やない。オッサン、刀の柄に手ぇかけよった!


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