第16話アトランティカグループ
タイヤが悲鳴を上げ急発進するとスーツ姿たちも撃ってきた。車体に弾が当たるカンカンといった音が聞こえたが、さほど被害は無く、アオイの乗った車は遠巻きに見ていた野次馬たちを追い抜き、細い側道に入った。
「リュウさん! 前から来ますっ!」
ユウイチと呼ばれていた運転席の男が叫んだ。「こりゃもう囲まれてますね」と笑いながら言ったタトゥー男の声には答えず、鼻血の男、リュウは無線を取り出し、『一班から二班、替え玉作戦でいく。ポイント3にて待機』と吹き込んだ。
すぐに『了解』と返事が返ってくる。
車は細い道を右へ左へ逃走し、追ってくる数台の車を引き離した。
やがて車はスーパーの駐車場に入った。
秋の日差しがまばらに駐車している数台の車に反射して、アオイの視界を白く瞬かせる。車は出口付近に滑り込むように駐車した。
すぐにドアが開けられ、隣の黒いミニバンに移動させられた。移ったのはアオイとリュウだけだった。
後は任せてください、とユウイチが親指を立て、無茶はするなよ、とリュウがそれに応える。辺りに人影は見えなかった。ユウイチたちが車を出した後、車内に少しの静寂が訪れた。
「さてと……うまくいくといいですが。リュウさん、大丈夫ですか?」
今度の車には運転手が一人いるだけだった。その男がティッシュ箱を寄越した。
「……あの、味方ってどういう意味ですか? あなたたちはなんなんですか?」
今アオイは誰にも拘束されていなかった。ドアレバーに手を掛けながら、血を拭いているリュウに質問した。
「我々は……アトランティカグループの者だ」
アオイは思わず息を止めた。アトランティカグループと言えば、世界でも十本の指に入るほどの巨大多国籍企業である。高校生でも知っていて当然だ。
「君の弟、ハルキ君が新型ナルコレプシーを発症したことも、病院から姿を消したことも、我々は知っている。君を保護するというのは本当だ。信用してついてきてほしい」
「ハルキ……あなたたちが?」
「それは違う。政府の方針だ。ちゃんとした病院にいる。だがハルキ君だけは近々別の場所に移されるだろう」
「どういうことですか? なんでハルキだけ……」
アオイはそこで初めて自分が泣いていることに気付いた。頬が濡れ、鼻の奥がつんとして、喉が熱い。先ほどの出来事やハルキの身に起きたことなど、様々な不安が心を締め付けて、アオイの精神は知らないうちに限界を超えていた。
「ハルキ……このまま起きなかったら……」
見かねたリュウの手が、アオイの震える肩にそっと置かれた。
「説明は俺たちの会社に着いてからする。とにかくもう大丈夫だ」
子供の様に大声で泣けたらいいのに。
俯いて静かに涙を流すアオイの頭に、ふとそんな考えが過った。
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