属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?

原ねずみ

夕凪高校文芸部

「全世界――いや、全宇宙に通用するヒロイン求む!」


 俺はA4用紙の上部に大きくその言葉を書いた。少し離れて、まじまじとそれを眺める。うん、悪くない。我ながらなかなかいいキャッチコピーではないかと思われる。


 それは初夏の頃だった。夕凪高校の文芸部、その小さな部室に、我らが文芸部員が集まっていた。テーブルの向かいに座るのは、白石奈緒子、高校2年生。俺と同い年だ。ショートカットに眼鏡をかけて、頬杖をついて文庫本を読んでいる。俺の隣には、梶本耕作、これも高校2年生。でかい身体をした男であるが、その広い背中を丸めて、ノートに何やらちまちまと文字を書いている。何やら、ではなく、小説を書いているのではあるが。部員はこの二人と俺を含めて三人だけ。少ないと言うなかれ。少数精鋭なのだ。


 制服は半袖に変わったものの、まだそんなに暑くもなく、ちょうどいい季節。いつものように、三人が集まって、いつものように、それぞれの時間を過ごしていた。本を読むものあり、執筆に励むものあり、そして、新たな企画を作るものあり。


 文芸部部長である俺、池谷亨はいささかスランプ気味であった。俺はライトノベル作家を目指している。そこで、新しい、まだこの世にないような、独創性と斬新さと驚きと深淵さに満ちた新作を生み出そうとしているのだが、どうも行き詰っている。まあどんな天才でも足踏みをする時間というのはあるのだ。


 行き詰っている――何に行き詰っているのかというと、ヒロインに行き詰っている。どうも魅力的なヒロインが思い浮かばない。どれもこれも手あかにまみれたよくあるヒロインに思えてくるのだ。そこで、俺はある企画を思いついた。ヒロイン募集だ。


 この文芸部では年に2回、正式な部誌を出すのとは別に、気が向いたときに、各人が好きに書いた作品を持ち寄って趣味的な部誌を作っている。これは文芸部員だけでなく、他の生徒たちからも作品を受けつけている。そこで俺はコンテストをすることに決めたのだ。


 とても魅力的な――独創性と斬新さと驚きと深淵に満ちたヒロインが出てくる作品を募集します。優秀作品にはわずかばかりの賞品も出ます。そういうコンテストをしようと決めたのだ。他の人びとがどんなヒロインを作ってくるのか見たい。そしてそれを拝借――ではない、それをヒントに、我が次回作のヒロインも決めようと思っているのだ。


 ヒロイン。まず大事なのは属性だと思うのだ。姉なのか妹なのか。年下なのか年上なのか。ツンデレなのかヤンデレなのか。お嬢様なのか庶民なのか。ツインテールなのかポニーテールなのか。でも大体の属性はもうやりつくされているのではないか? そう思うと……原稿は何も進まない。


「ほんとにやるんだ。その企画」


 白石が文庫本から目を上げて言った。俺は頷いた。


「もちろん。巷が求めるヒロインというのを俺は知りたい」

「巷って……。まあ私たちの友人とか知り合いとかだけどね」


 部誌に寄稿してくれるメンバーは決まっている。そんなに数は多くない。どちらかというと地味なグループに属している俺たちは友達が少な……いや、友達は量ではなく質ではないか?


「賞品なんなの?」


 文庫本を傍らにやって、白石が身を乗り出してくる。良いものなら参加しようかなという顔つきだ。俺はちょっと迷った。まだきちんと決めてない。


「何だろう……こちらのお小遣いで何とかなるもの」

「それはあんまり期待できそうにないね……」


 白石ががっかりした表情になる。参加する気分は失せたようだ。でもこいつは賞品が豪華でも参加しないだろうなと思う。白石が書くのは男ばかりだからだ。


 腐女子、というものがいる。男同士の恋愛ストーリーをこよなく愛する女性たちだ。白石もその一人で、しかも重度の腐女子である。今まで黙々と読んでいた本もボーイズラブ、つまり男同士の恋愛ものなのだ。彼女の世界にヒロインは不要である。


 俺はボーイズラブ作家になる気はないので、白石からのアドバイスは期待できない。ここはライトノベルを、男性向けライトノベルを愛する人々からの意見が聞きたいのだ。そういう意味では、隣の梶本は頼りになりそう……ではあるが、どうだろうか。静かにシャーペンを走らせていた梶本は、ペンを置いて、大きく伸びをした。


「ああ、ちょっと休憩……」

「だいぶ進んだの?」


 白石が尋ねる。


「うんまずまずね」


 俺はノートを見た。背が高くて筋肉質な男の文字とは思えない、小さくて丸っこくて可憐な文字がノートを埋めている。




――――




 ライトノベル作家になろう。そう思ったのは中学生の頃だった。作文でたびたび褒められることがある。そしてライトノベルを読むのが好きだ。これはライトノベル作家になるべきだ――。うん、将来は決まった。その時俺は思った。


 それにはまず何をすべきか。作品を書くことが第一だろう。そして、同好の士を集めて、お互いに切磋琢磨するのがよいかもしれない。俺はにわかに文芸部に入りたくなったが、残念なことにうちの中学校に文芸部はなかった。


 けれども高校では違った。クラブ紹介の中に、「文芸部」があるではないか! 俺は大変嬉しくなり、さっそく入部希望を伝えるために、顧問の教師の元に向かった。

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