第30話 兄の部屋

 桐嶋は捕まり精神病院に収監された。プライドが高過ぎて周囲と上手くやっていけない桐島は、みんなから忌み嫌われ、学校の中で完全に孤立していた。

 そして、私に対するストーカー行為だけでなく、他にも様々な奇行やトラブルを生徒や他の先生方に繰り返し、高校をクビになっていた。


 私は兄の部屋の襖を開けた。兄の部屋は当時のまま、やはり何も変わらずそこにあった。本当に時間がそこだけ止まっているみたいに、兄がそのまま出て来ないのが不思議なくらい、何も変わってはいなかった。

 私は中に入り、兄の部屋に遊びに来ていた時いつもそうするように、兄のベッドに座った。そして、そのあと、いつもそうしていたように兄がいつも座っていた子供の頃から使っていた勉強机を見つめた。

「・・・」

 兄はそこにはいなかった。それは当たり前のことなのだけれど、それがなんだか間違っていることのように感じた。

 夕日の少し寂し気なオレンジ色の光が、窓から室内を夕暮れの寂しさに染めていた。

 兄が死んでからも、母が毎日掃除し、いつもきれいだった部屋も、今は忘れられたかのように、つもる埃が目立つようになっていた。

「・・・」

 全てが壊れたあの日・・。人が死ぬなんて、どこか遠い世界の別次元の他人事だった。そんなことが現実にあるだなんて、思いもしなかった。

 それがある日、突然目の前に、容赦ない巨大な兵隊のようにして厳然としてやって来た。それは人間の意志とか努力とか行いとか、そんなものではどうしようもない何かがあるということを強制的に私に突き付けた。そして、泣いても叫んでもどうしようもなく、ただ残酷に、そのまま私をその世界の中に閉じ込めてしまった。

 あの時・・、あの時、憎む以外に私に何が出来ただろう。

「・・・」

 夕日のなんとも言えない悲しい光が、兄の勉強机に降り注いでいた。その強机に兄は座っていないけれど、でも確かに兄はまだそこにいた。

「ごめんね。お兄ちゃん・・」

 私は一人泣いた。

「なんで、こうなっちゃったんだろう・・」

 憎むだけだったらどんなに楽だっただろうか・・。私は自分の人生の堪らないやるせなさと共に泣いた。

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