第28話 背徳の
私は毎日雅男の病室へ見舞いに行った。雅男のところには誰も見舞いに来る者はいなかった―――。
病室に入ると、雅男はいつも一人でベッドに横になっていた。そして、病室に入る私を見つけるといつも、小さく微笑んだ。
「私、インドを旅してたんだ」
私はベッドの傍らでインドを旅してヒマラヤまで行った時の話を雅男にした。雅男は、ベッドから少し身を起こし、私の話を興味深げに聞いていた。
気づけば、雅男とこうやって何の気なしに話をすることが、当たり前のことになっていた。
そういえば、元々、インドに行くきっかけは、雅男の事務所に行ったことだった。そこで私たちは初めて顔を合わせた。
私たちは、毎日お互いにいろんな話をした。ほんとに些細な日常のことから、くだらないどうでもいい話まで、私たちは有り余る病院での時間の中でひたすらにお互いのことを語り合った。
それは、なんだか今まで別々に生きてきた二人の空白を埋めるみたいだった。
「僕は犯罪加害者やその家族の支援をしたいんです」
雅男が言った。
「加害者や、その家族は絶対的な正義の名のもとに、様々な社会的制裁を受けます。それはとても過酷なものです。罪を償っても、賠償をしても、どんなに謝っても、彼ら彼女らは一生断罪され続ける。そして、自分たちの苦しみを訴えることも、助けを求めることも出来ない。社会は加害者家族を絶対的な悪として規定してしまう。彼ら彼女らは直接何も悪くないにも関わらずです。僕はそういう人たちを助けたいんです」
そう語る雅男の目はいつになく輝いていた。
「あっ、ごめんなさい。あなたにこんなことを言うなんて・・」
「・・・」
「すみません・・、ほんとに・・」
「・・・」
「・・・」
私たちは、同じことを思い、同じ言葉を内に秘め、沈黙した。それはお互いの侵してはならない絶対的な領域だった。
「今日は帰る・・」
私は、そう言って立ち上がった。そして、何かから逃げるように病室を後にした。
私が病室から去って行く時、なんとも言えない表情で雅男がうつむいているのが分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。