第5話 お金の話
私の家は新興宗教の溜まり場になっていた。昼間、山田さんが白装束に身を包んだたくさんの信者さんたちを連れて、毎日のように家にやって来た。そして、あのバカでかい仏壇の前で、変な形の薄っぺらい太鼓を叩きながら、奇妙なお題目をみんなで狂ったみたいに唱えた。母も何かに憑りつかれたように一心不乱にお題目を唱えている。
その目はなんだか怖くなるくらいみんな真剣だった。
「愛美ちゃんも、功徳を積まなければ地獄へ落ちてしまうわよ」
いつの間にか私の背後に立っていた山田さんが、私を上から見下ろすように言った。山田さんは一人厚化粧に、金銀ギラギラの指輪をはめ、高そうなブランド物のド派手な服に、そのぶよぶよの身を包んでいた。
「・・・」
母はこの人をとても信頼しているけど、私はどうしても好きになれなかった。
「あっ、そうそう、お手洗い、お手洗い」
そう言って、慌てながらもなぜかどこか陽気に歩み去って行く、ぶよぶよとよく肥えた山田さんの背中を私は黙って見つめた。
「あっ、それから、お昼は精進料理でね」
山田さんは、不意に振り返るとそう言って、巨大にランランと光る目で私を見た。
「その辺、気を付けてもらわないと、ね」
そしてまた、直ぐに背を向けて我が家のトイレへと足早に去って行った。
「・・・」
信者さんたちの食事の世話も、いつしか、なぜか私がすることになっていた。もちろん、お金など、材料費すらも出なかった。それを山田さんは、味付けがどうだとかなんだとかぶちぶち言いながら、一人バクバクと鯨みたいに大口を開け、貪るように食っていた。
私はいつしか店の人気ナンバーワンホステスになっていた。収入も格段に上がっていた。とりあえずのお金の問題も解決した。
しかし、なぜか、お金は稼いでも稼いでも、いつも何かしらに消えていき、いつも足りなかった。
カティの家族からも、お金が足りない足りないの督促状がひっきりなしにやってきた。月二十万円あれば、向こうなら相当な生活が出来るはずだ。私はそう疑問に思いつつも、仕送りの額を更に増やした。
支払いが追い付かず、事務所に給料の前払いをお願いに行った時だった。
「おねえさま、お金に困ってらっしゃるんですか」
「えっ?」
見るとよりちゃんだった。
「あれっ、何やってんの。こんなとこで」
「ふふふっ」
私の質問には答えず、よりちゃんは、不敵な笑みと共に私を見つめた。
「お金なんて簡単に手に入りますよ」
「えっ?」
そう言えば、どうやって十六歳の子が二千万も稼いだのか不思議だった。
「お姉さま。今、女子高生のパンツは売れるんですよ」
「はい?」
「ちょっとしたお小遣い稼ぎですよ。フフフっ」
私は訳が分からなかった。
「おねえさまは童顔だから大丈夫です」
何が大丈夫なのか分からなかった。
「はい、これです」
よりちゃんが手にしていたのは、三枚千円の地味な綿100%の純白のパンツだった。
「そんなものが?」
「こういうのの方が良いのよ。男の人は、ふっふっふっ」
よりちゃんは怪しげなおばはんのように下卑た笑いを浮かべた。
「これをちょっとはいてですね―――」
よりちゃんは女子高生のパンツが売れるシステムを詳しく丁寧に、自らの経験譚を交え解説しだした。
「・・・、今の世の中そんなことになっていたのか・・」
「そんなことになっていたんです。ふふふっ」
よりちゃんは、悪びれた様子もなく、あっけらかんとしていた。
「・・・」
世の中なんか狂ってる。私は思った。
「他にもいろいろあるんですよ」
「もういい」
「おじさんと一緒に手を繋いで歩くだけとか」
「もういい」
「おじさんと一緒にカラオケ歌うとか」
「もういい」
「おじさんに足の匂いかがせるだけとか。それで、何万円もお金がもらえるんですよ」
「もういい」
私は、何かものすごく嫌な世界を見てしまった気がした。
「もし、ご興味がおありでしたら、私が全て手配致します。もちろんそれなりの手数料は頂きますが。ぐっふっふっ」
そこでよりちゃんは、また下卑たおばはんのような笑いをした。
「・・・」
「おねえさま、安心してください。借金はちゃんと返してますから。おねえ様にはご迷惑はおかけしません」
よりちゃんは笑顔で私を見た。
「もういい、私帰る」
私がそう言って帰りかけた時だった。
「そんなちまちま稼がなくても、女なんか体売れば、一発だぞ」
前によりちゃんの隣りに座っていたやくざ風の男だった。
「札束がガバガバだ」
そう言って男はいやらしい笑いを私に向けた。
「・・・」
「金の心配なんかなくなるぞ。がははははっ」
そう高らかに笑って、男は試すようにニヤニヤと私を見た。
「・・・」
私はその男に背中を向け、足早に事務所を後にした。
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