第69話

 目標の定まった友里は、日々をがむしゃらに生きるようになった。


 授業は心理学の本と護身術の本を平行して読みながら受け、帰り道も走り帰り、知識を詰め込む。弓道場に通いつめ、肩を壊さないギリギリまで矢を放つ。


 そんな日々を数度繰り返し、名無しと会う、約束の日になった。



 待ち合わせ場所は、図書館だ。

 早めに到着した友里は、古書の香りを感じながら、適当な本を読み始める。


______この本、まだ読んだことが無かったな。


 本棚の下の方にあった本の埃を払いながら、ページを繰る。どうやら、古い童話らしい。

 ありきたりと言えばありきたりの話。最後のページはめでたしめでたしで終わっている。


「………。」


 友里は、本を膝の上に置いたまま考え込む。


______復讐劇に、めでたしめでたしな終わりは、きっと無い。でも、私は、それを望んだ。


 ちらりと童話の表紙を見る。


 埃まみれなその本の表紙には、『王子様と呪われたお姫様』という文字と、三頭身の王子様とお姫様のイラスト。


______でも、喜劇だって目線を変えれば悲劇だ。喜劇は、あくまでも何十の悲劇の上にしか存在できない。


 友里は、ため息をついて本棚に本を戻した。

 もう一冊の本を取ろうとしたその時、背後から友里の記憶にある声が聞こえてきた。


「すまない、待たせたか?」

「いえ、名無しさんが時間ぴったり。私はちょっと早くついただけ。」


 友里は後ろを振り返り、言う。

 そこには、白い使い捨てマスクを着けた男性。名無しが立っていた。


「とりあえず、二階に行くぞ。」

「わかった。」

 

 名無しに促されるまま、友里は図書館の二階へと移動していった。


 ◇◆◇


「さて、これが上里町の地図だ。」

「うん。」


 友里と名無しは、人の少ない二階の学習用の机に地図を広げ、話し合う。


「ここ、ボウリング場と小学校、中学校、後はこのショッピングモール。その辺りに位の高い吸血鬼が集まっているらしい。」

「位っていうのは……?」


 友里の質問に、名無しは答える。


「代のことだ。代を重ねるごとに吸血鬼は強くなっていく。」

「うん。」

「で、だ。吸血鬼が集まっているらしい四つの場所のうち何処かに6代目吸血鬼がいるらしい。」

「そう。」


 淡々と頷く友里に、名無しは眉を寄せて質問する。


「ちなみにだが、お前、こんなことを聞いて何をするつもりなんだ。」


 友里は、地図から顔を上げて答える。


「復讐。」

「……そうか。」


 名無しは頭を押さえながら言う。

 友里は意外そうな顔をした。


「止めるかと思った。」

「止めた方がいい、とは言っておく。」


 地図を閉じながら、名無しは言う。


「吸血鬼は厄介だ。鼻が効くからどこまでも追いかけてくる上に、無駄に知能以外のスペックが高い。」

「そう。」


 友里は閉じられた地図を脳内のノートに書き込みながら返事をする。


「一応、何か行動を起こす前に俺に連絡をしてくれ。」

「何で?」

「頭を冷やすためだ。ワンクッション置くと、大抵のことはどうでもよく思えてくる。」


 名無しはそう言うと席から立ち上がり、友里に言う。


「そうだ。お前が言っていたこと……えーと、ユキだったか?あったぞ、襲撃。」

「そう。ありがとう。」


 友里は、短く言うと、席をたった。

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