第33話 「摩天楼の海の中を行け」
「ありゃ、外れたかぁ……やっぱり射撃は苦手だなぁ……ナイフと違って手応えがないもん」
最初の大通りに位置し直した(これは射線の関係だ)モイスヒェンのコックピットの中で照準用スコープを覗きながら、堀末はボソッと呟いた。
その視線が見ているのは、真っ正面に位置している建物などではない。
その上に陽炎のように浮き上がるサーモグラフィー的グラデーションのある映像だ。
15cm魔砲のチャージが終わると同時に、それが一際濃い部分に――正確には、その直下の建物に砲撃。
先程までの炸裂術式と違う、装甲やら何やらを貫通するための徹甲術式は、何千年もの風雨に耐えうるはずだったローマ・コンクリートの建物群の柱や壁をいとも簡単に貫いて片っ端から倒壊を誘発させながら、例のグラデーションの元となるオスカーへと迫った。
口径に相応しい、しかし炸裂術式よりは弱々しい土煙が吹き上がって、それから少し遅れて建物が、中に避難していた近隣住人の肉体ごとただの瓦礫と化す。
そのカモフラージュにグラデーションは隠されてしまい見えづらくなるが、音の弱さ――金属が弾け飛ぶような音がなかったことから堀末は射弾が外れたことを確信した。
「また外れだ……このセンサー上下はここからじゃ見えないし……まあ、『もらいもん』だからあんま文句は言えないけどさ……設計思想が割と迷子だよ」
このセンサー、というのは、さっきから使っているグラデーションで表示されるセンサーのことだ。
魔導反応、という、魔力が使われたり作られた際に生じる反応をまるでサーモグラフィーのように表示するのだそうだ。
ちなみに潜水艦のソナーで言うところの音紋分析のような機能もあるようで、オスカーとの戦闘が始まる前の戦闘では堀末自身は全く見たこともない機装巨人であったのに――機装巨人の概念そのものを知らなかったのに、Type202、と表示してくれた。
唯一欠点があるとしたら、このように建物越しに索敵する場合にはどれぐらいの高さに地面があるかだけでなく細かな位置の左右も分かりづらいから、精密射撃には使えないということだった。
だが、その便利さは便利だとしても、これらの沢山のセンサーは明らかに試作機には過剰すぎるものだ。
装甲板にしたって、砲にしたって、その堀末の思う恐らくのコンセプトである拠点防御からしても過剰な部類だし、それにそのコンセプトなら想定稼働時間はもっと伸ばすべきだ――装甲を削って軽量化してでも。
「ま、そんなのどうでもいいですけどねー……」
まあいい。使う分には問題ないし、礼一少年を殺す分には輪をかけて充分すぎる。大は小を兼ねるのだ。
が。
「ん? あれ?」
その大が大き過ぎたのか、センサーは稼働しているのだが、そこに何にも反応が返ってこないのだ。
さっきまでのようなサーモグラフィー感はなく、自然発生している反応――生き物や石、土などからも魔導は微弱ながら発生しているらしい――と紛れてしまうような単色だけだった。
「うーん? 怖くなって機体を捨てて逃げたのかな? それとも倒壊の衝撃で生き埋めになって故障したのかな?」
撃破してしまった?
いやいや、いくら何でもそれはない。
故障していれば、機体の魔導液が漏れ出したりもするだろうし――それは、残骸らから推測すれば、かなりの魔導反応を放つようだ。
礼一少年は怯えているらしい。
それは堀末にも感じられることだった。覇気がない。
「元の世界のあの日」のナイフの手応えほどにもない。
端的に言えば、つまらない。
彼は変わってしまった。のか? 疑問系をつけたのは、堀末がまだそれを信じていないからだ。
あの世界最高の勇者たるはずの中島礼一少年が怯えるはずがない。
自らの死をも恐れなかった彼が、生きたいと思うなんて、そんなの許せない。
堀末はそうして内心憤っていたに違いないのだが、彼はそれを自覚していなかった。
礼一少年に向かって怒る、という感情が、先の賞賛的認識故に欠如していたらしかった。
彼のことだ、まだ何かあるに違いない、と信じたかったのだ。
だが、もし何もなければ……そうも考えなければならない。
そんな無様を見るぐらいなら、無惨を見るぐらいなら、不格好を見るぐらいなら、この15cmを徹甲術式だろうが炸裂術式だろうが、何発もぶち込んで、この辺を全て更地にした方がまだマシだ。
その激情に駆られ、一時は砲を構えたが……やめた。
それのみならずそのまま大通りにそれを捨てた。
これは、自分の始めた恋だから。
これは、自分の始めた好意だから。
これは、自分の始めた行為だから。
と、考える。自分の好きになった人のその最後まで面倒見るのことを、堀末は当然だと考えていた。
75mm魔砲で木っ端微塵にするにせよ、モイスヒェンの足で踏みつぶすにせよ、彼の死を直接見なければ心は永遠に満たされないような気がしたのだ。
より正確な表現をするならば、できる限り手応えのある死でなければ――つまり殺しでなければ、永遠にこの沸き上がる恋心の奴隷と化すのだという確信が彼にはあったのだ。
決着がついていたとしても、トドメは彼自身がつけたかったのだ。
建造物が崩壊し、一転して不整地になってしまった、一番の近道の直線ルートはモイスヒェンの足が埋まりかねないし、これは転倒すると状況によっては自力で立てない機体なので避け、キチンとした道を通ってその瓦礫の裏へと機体を歩かせた。
別に急ぐ必要はない。
ゆったりとした足取りで、余分な出力をしないよう先程まで活用していたセンサーも切って、悠々と進む。
その巨体も相まって、それはまるで戦艦のようであった。
その戦艦は、建物の海の中を進み、その堆く積み上がった瓦礫の山の麓へたどり着いた。
雑多なパイプやら、中にいたらしい人の死体やらが、禿げ山に残る木々のように連なっていてオスカーのパーツと紛らわしく見えた。
「メンドクサいなぁ……やっぱり纏めて吹き飛ばして……でもそれは……うーん……ん?」
そのとき、堀末はその人造的な木々の中の一本のパイプが目に入った。
……アレは、妙に太くはないか?
何だか、変に目に入るというか……!
そう思った瞬間、その瓦礫が大きく崩れた。
「ただし、上に」。
噴石のように吹き上がって、そこから――来る!
「うおおおおおッ!」
この叫びは堀末のものではない!
あの15cmの射撃のとき、運良く、土台付近を貫通された建物は崩壊するときにドミノのような倒れ方、つまりは衝撃力に遠心力の加わるそれではなく、だるま落としのような、つまりは機体を横から包み込むような倒れ方をしたのだ。
当然オスカーは少なくない量の瓦礫には包まれたが、潰れるほどではない。
それは、つまりは程よく、待ち伏せが可能な程度であった――!
そして、待ち伏せていたその瓦礫の中からそれをはねのけ飛び出し、使い切ったカートリッジをポロポロ吐き出しながら37mm40口径魔砲の魔力を連射する、オスカーの中の――礼一少年!
その徹甲術式は、全て、吸い込まれるように視覚センサーと75mm魔砲のある頭部に直撃して、モイスヒェンの視界を完全に奪った。
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