第28話 「エンゲージ・ザ・エネミー」

「拳銃?」


 ミヤシタは呆れたようにそう言った。


 このレイイチとかいう男は、俺のことを何でも屋と思ってないか、と思ったのだ。


 言うまでもないことだが、何でもは扱ってない。


 東方物産――故国の芸術品だったり作品の翻訳本だったり宗教的な像だったりがほとんどで、オスカーのような兵器は全くの例外なのだ。


 自分たちで使う分以上のものは扱っていないということだ。


「別に何でも屋と思ってるわけではありません。でも、あるんでしょう?」


 ……口に出ていたらしい。


 商人としてはあるまじき失態だが、この馬鹿に対してそれほど頭に来ているという証左だと気づけたことはよかった。


 それにこの馬鹿はどうしようもなく馬鹿なのでそれの有効活用もできないのだった。


 このように全く馬鹿だから、日頃から馬鹿馬鹿と馬鹿にしてやりたくもなるが、コイツはそこに単純馬鹿も加わるから馬鹿にすると下手したら殺されかねないので馬鹿にはしない。


 というより、リソースの無駄だ。


 そもそも、この馬鹿は馬鹿にされたことに気づくだろうか?


 何しろ二、三日前に例の通り魔に襲われてまだ右腕にまだ怪我をしているのに仕事場に来るほど馬鹿なのだから。

 オスカーが直っていても自分が怪我したのでは世話のない話だ。せっかく休みにしてやったのに。

 

「ないよ」


 しかし、事実、そんな「物騒なもの」はなかった。


 一応、私兵たちには配布しているのだが、今ここにあるのはそれとその予備だけ――つまり全く余裕がないのだ。


 こういうときのための予備なのだから使えと言われそうではある、しかし、要するに売り物ではないのだ。


「そう言わず、できる限り速くに手に入りませんか」

「……お前、さっき何でも屋とは思ってないって言ったよな?」

「せめて、どこに売ってるかぐらいは教えてもらえないんですか」

「いや、自分で調べりゃいいだろうが……どこまでも厚かましいなお前さんは」


 ミヤシタはいつものパンザス帝国産の紅茶を一口含んだ。


 ……礼一少年のせいで少し冷めて不味くなってしまったのだから、裁判を起こしても許される――勝訴できると思うのだった。


 しかし、ちょうどいいことに、話を逸らす理由として、自分に詰め寄る礼一少年の後ろに職員の一人が対応してほしそうに突っ立っているのにミヤシタは気がついた。


 手には小包を持っている。


 だがその小包は妙なもののようにミヤシタには見えた。

 どうにも包み方が素人仕事というか、少なくとも商業的な、要するに真面目な案件でどうこうされるものを包んでいるようには見えなかったのだ。


「おい、そこの! ……それは何だ? 俺が必要なんだろ、それ?」


 ミヤシタは職員に声をかけた。その職員は肯定して、それで近づいてきた。


 ミヤシタは礼一少年に、どけ、と目線で合図をしたが、それは読み取れなかったらしい。仕方なく、口に出してどけ、と言うとようやく従った。


「で、何だこれは。どっからの荷物だ?」


 その質問に、職員は答えられなかった。ややドギマギしたのをその若い職員が単純に自分を怖がっているのだと考えたミヤシタは、お前に怒ってるわけじゃないから早くしろ、本当に怒られたいのか、とやや脅すように言った。


 それから、礼一少年にリズムを乱されていることに気がついて、少し自己嫌悪に陥った。

 そして次の瞬間には忘れた。


「その……それが分からないんですよ。どっかから何か来るとかミヤシタさんは聞いてませんか?」


 なるほど、差出人不明、か。下手に開けて後で金を払う羽目になった、という、いつだったかの旅の道中で聞いた話が頭をよぎった。


 ソイツの場合は、その土地のヤクザ者がその組織の裏切り者に「ケジメ」をつけさせた「見せしめ」が間違って届いたそうで、その日の内に寝床を夜襲され命からがら逃げ延びたという。


 むざむざそんな目にあう必要はなかろう。


 瞬間的にそう判断して、ならば警察にその荷物を突き出せ、と指示をした。


 のだが、彼の部下は歯切れの悪そうに、何か言い忘れているかのように、立ったまま動かなかった。


「……何だ。まだ何かあるのか?」

「すみません、裏に宛名が書いてありました……」


 ……首にしてやろうかコイツ、とミヤシタは思ったが、どこぞの馬鹿よりはマシなので不問に処すことにした。


「『親愛なるナカジマ・レイイチ君へ』……とありますが、どうしましょう」

「どうするも何も……おい、レイイチ君、お前にプレゼントだそうだぞ、喜ばなきゃ死刑だ」


 冗談めかしてミヤシタはそう言うと、部下に指で渡してこい、と指示を出した。宛先があるのなら、誰宛かにもよるが、まあ、もう充分に怪しくはない。


 彼は取りあえず、すっかり上手い時期から冷め切った紅茶をきっちり飲み干すことにした。しかし、冷めてマズいとはいえ、何と落ち着く風味、味わいだろうか。


 しかし、彼は本当は、くつろぐにはまだ早かった。彼には大きな誤算があった。


 彼は彼の部下の無能さ加減をもう少し深く見積もるべきだったのだ。


 逆に言えば、彼の部下は、配達人が随分ラフな格好だったことを考えるべきだったし、その配達人が身長が高く、体は細く、年配であったことを報告すべきだったのだ。


 少なくともぼんやりと考えて、なかったことにしてはいけなかったのだ。


 だから、それを渡された礼一少年は逆に動揺の渦の中にいた。何故これが、という感情と、誰がこれを、という感情とが混ざり合っていたのだった。


 中にはリボルバー拳銃が一丁と、「オスカーに乗ってくること。じゃないと大変だと思うよ?」と端に書かれているルメンシス市街の地図が入っていた。


 その地図には、迂回路なのか、左右に色々とウネウネしたルートが目的地らしい大きなマークまで書かれているのだが、それを理解したとき彼は思わずその荷物を取り落としそうになった。


 その目的地を礼一少年は知っている。実によく知っている。それもそうだ、忘れるはずがない。


 死にかけた場所をそうそう忘れるはずもない。


 あの危険と歓声を忘れるはずがない。


 コロシアム。


 そこの正面にドクロのマークが大きく書かれていた――描かれていた。


 それを認識すると同時に、地面が少し揺れたような気がした。地震に慣れた彼ではあったが、地震にしては妙な音がしたように思えた。


 何かがあったのだ、と、ミヤシタ商会を飛び出して、辺りを見渡した。


 すると礼一少年は、黒煙が空高く上っていくのを見つけた。その黒煙が、まるで世界を包まんとする黒魔術のそれのようにも思えたのだが、しかし彼の思考回路は、それに呆けるよりも地図を見るように警告したのだった。


 まさか、と、何故、が折り重なっていく。


 それは、間違いなく、コロシアムの方角であった。


「……速報です! 現在ルメンシス市のコロシアム前広場で、機装巨人による武力攻撃が行われているという情報が入って参りました。現在情報を確認しております、どうか落ち着いて行動してください……」


 礼一少年はミヤシタ商会の中に戻って、その魔術によって投影されている報道映像を他の私兵やミヤシタの部下たちと一緒に見ていた。


 そのため、部下の一人が、空気を読まずに鳴り響いた「術話(電話のようなもの)」の応対に追われることになったのだが、彼は唐突に礼一少年を呼んだ。何でも、彼宛の術話なのだそうだ。


「……もしもし」

「もしもし? 礼一君かな?」

「そうですが……」


 術話の相手はしばらく無言だった。代わりに奇妙な音が会話の後ろで聞こえていた。それは笑い声のようでもあったが、どうにもそれ以外も含まれるようだった。


「――いやぁ、すまないすまない。取りあえず、気に入ってもらえたかな、あの贈り物は? ……いやー実はね? こっちとしては腕を切りつけちゃったお詫びのつもりなんだ。これで誰だか大体分かったよね? まあ僕の場合君に対してはもっと他にしなきゃいけないことはあるんだろうけど、それでも申し訳ないと思ってるってことは伝わってほしいかな」

「……!」


 礼一少年は術話の相手に対して生理的恐怖感を覚えた。これは当然のことであろうが、腕を切りつけられたことよりももっと強い恐怖感がそこにはあった。


 それが何故かは、それが何かは、全くもって思いつきもできなかった。


 その声は事実として初めて聞いたものだったというのに、全身の血が逆流するような感覚が全身に走っていた。


 どこかで覚えたような気もするそれが、だ。


「気に入ってもらえなかったなら非常に残念だけど……まあ仕方ないさ。取りあえず早く来てよ。せっかくのパーティーなのに一人じゃ寂しいじゃん」

「パーティー? 僕には、あなたが何を言っているのかよく分からないのですが……?」

「そう邪険にしないでよー。ちょっと冗談言っただけじゃん。そうやってネタにマジレスするなってママに教わらなかった? それに余裕がないってバレちゃうよ? 大体、モタモタしてるとマジで間に合わなくなるよ? 地図届いてんだよね?」

「……何が言いたいんですか」


 今度は笑い声だと認識できる程度に術話の相手は大きな声で笑った。呵々大笑して、それから答えた。


「脅迫だよ――礼一君。中島礼一君。君を脅してるんだ。ちゃんと聞こえたかな? ちょっと後ろが煩いのに関しては申し訳ないと思ってる。許してほしい。だけど、早く来ないとボロボロのズタズタになるのはルメンシスの街だけじゃないよ? ずうっと探してて我慢していた分、孤児院にいたもっと大切な人とかが、最も大変なことになるよ?」


 ルメンシスの街「だけじゃない」。


 「探してて我慢していた」。


 「孤児院にいたもっと大切な人」。


 その瞬間に、まさか、と、何故、が更に折り重なっていく。


 それらは全く別の単語群に属していたのだが、それが勝手に結託した。別々のピースが無造作に繋がり合っていく。


 そういえば、何故彼は自分の名前を知っていたのか?


 その勤め先まで何故知っていたのか?


 まさか、あの通り魔は、計画的に礼一少年たちを襲ったのではないか?


「…………何が、言いたいんですか……!」

「あーそれ二回目! しりとりだったら君負けだよ? ルール守ろうよー。それに怒っても彼女を解放したりなんて僕はしないからねー! あっかんべー!」


 彼女。


 まさか、と何故、が更に更に折り重なっていく。


 計画的犯行だとするならば、何故彼は礼一少年らを襲ったのか。何かしらの接点があるから――あったからではないだろうか?


 そして、かつ他の通り魔事件を起こすだけの倫理観の欠如、あるいは前科の存在、またあるいはコロシアムでの戦闘に対する復讐的感情の非存在――復讐心があるなら、直接最初から礼一少年への攻撃に移っているだろうし、何より通り魔の始まった時期に合わない――が要素として合わさる。


 しかし、その先にある「まさか」は――有り得ない。


 そんなはずがない。


 あってはならない。


 ご都合主義にもほどがある……!


 通りすがりの通り魔が、偶然にも通り魔なりの理由で彼を気に入って、それで悪質につきまとわれているという方が遥かにマシだし、よりしっくりくる。


 何より、こんな偶然はあってほしくない。


 礼一少年はそんな思いからか思わず感情を露わにした。


「……何が言いたいのかって言ってんだよ! 早く答えろよ!」

「はい三回目ー。もう僕飽きてきたんだけど。切っていい? というか察しがついてるよね君実際――うーん、本当は誘拐された本人に説明してもらいたかったんだけど、気絶してるからね、仕方ないね。僕が説明してあげようかな。君だけに、特別だよ? 特の、別だよ?」


 術話の相手はからかうような声色から、急に真面目で低いものに変えた。受話器から世界が凍り付くような錯覚すらそれは礼一少年に生み出した。


「ヨハナ・フェーゲラインは預かった。聞こえたな? 早く来い。来なくてどうなっても、僕は知らない」


 礼一少年は、ミヤシタ商会のガレージへ走った。受話器は床に落ち、その内部の部品をそこら中に撒き散らした。

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