【書籍版試し読み】第6話 少年はキレ易い
◆少年はキレ易い?
無事に登録作業は終了した。
それだけだ。
方法についての描写は割愛する。
俺は今、狩猟者向けの掲示板を見上げている。
狩猟者ギルドには登録できないので、外に設置された『無資格者』向けの掲示板だ。
ギルド内の掲示板を見に行けないので、あっちと比べて対価が高いのか安いのか判断がつかないけど、まあ確実に安いのだろう。
裸に褌一丁、短槍を持った姿だ。微妙な視線がちらちらと向けられていたが、こういうのは恥ずかしがったら負けだ。堂々としていれば、そういうものかと周囲が受け入れるようになるものだ。
(とにかく、少しでも稼がないと、換金魔法すら使えないからな)
そう思って掲示板を眺めていたのだが、ここにきて大きな難問にぶつかっていた。
採取するべき草の名前は書いてある。ちゃんと文字は読める。ただ、その草がどんな形なのかが、まったく見当がつかないのだった。
(いやぁ……どうしよっかぁ)
草っぽい物の採取依頼の他は、何かの石だったり動物だったりする。形も色も大きさも不明だ。
流民局の説明で、町に資料館があるのは知っているが、何しろ閲覧するにも金がかかるらしい。今の俺にはどうしようもない。
(量の指定は無いのか)
採取依頼の紙には、本数やら重さなどは書かれていない。
(報告先は?)
きょろきょろと見回すと、狩猟者ギルド脇に長机を置いて居眠りをしている老人が居た。
あの年寄りか、ギルド内か。
(ギルドに持ち込めないはずだから、あのお爺さんかな?)
どう見ても、まともに鑑定はしてくれなさそうだが、他に方法が無いなら仕方が無い。そこら辺の草を片っ端から引っこ抜いて持ち込んでみよう。
(よし……)
そうと決まれば長居しても仕方が無い。俺はそそくさと早足に立ち去って、城門へと向かった。
どこかで、二条松高校の生徒に会うかなと思っていたが、それらしい人を見かける事は無かった。彼らが何処へ向かったのか、流民局で訊いておけば良かった。
城門の番兵に冷やかされつつ外に出ると、暮れ始めた空を気にしながら森へと急いだ。樹の上だ。まずは夜を過ごすのに相応しい樹を見つけなければいけない。そして登るのだ。
魔物も怖いが、人も怖い。流民局で話を聴いてよく分かった。この町では流人は嫌われ者だ。外来種として嫌っている者が多く、出入りを断る店などもあるらしい。何かを買おうとすれば高めに、売ろうとすれば安く買いたたかれる。それが嫌なら出て行け……という風潮らしい。
だから、短気にならず、我慢するところは我慢して、少しずつ町の人達と仲良くなって欲しいと、流民局のおばさんは言っていた。
(他の町はどうなのかな?)
あまり露骨に嫌がらせをされるようなら、この町を出て別の町へ行った方が良いだろう。
(今から、そのつもりで居た方が良いかな?)
少し森に入ったところで、手頃な樹を見付けて、するすると登っていった。我ながら惚れ惚れするくらいに木登りの技術が上達した。木登りマスターと称しても良いだろう。
(追って来たのは居ないな……)
町から誰かつけてくるかも……と警戒していたのだが、気の回しすぎだったかも知れない。
町中では、〝流人〟を面白がる好奇の視線ではなく、物を品定めをするような嫌な眼を向けられた気がする。有り体に言うなら、身の危険を感じていたのだ。
俺は、しばらく様子を覗ってから、さらに高い枝へと静かに移動して、短槍を抱いて枝上に腰を下ろした。
(少し早過ぎた?)
陽が完全に沈むまで、もうしばらくかかりそうだ。少し風が出て来たのか、先ほどから枝が風で揺れている。こういう風が吹くと雨になるのだが……。
(まあ、風邪ひいても、じっとしてたら治るもんな)
便利な体になったものだ。おかげで俺のような貧弱な高校生でも、こうして樹の上で眠れる。
(おっと……?)
俯き加減で風の音を聴いていた耳が、下草が踏まれる音を拾った。風で揺れる葉音とは違う。
(草の茎が折れた……?)
やはり気のせいじゃない。何かが草を踏んで移動している。物音を聴こうとして集中すればするほど、異様なくらいにはっきりと鼓膜に響いてきた。俺は、枝上から眼を凝らして地面を透かし見てみた。
(人……?)
足の運びが頼りないが、どうやら人間が歩いている。今潜んでいる樹から森の方に30メートルほど入った所を、樹にすがるようにして歩いている人影がいくつかあった。
(8人だけ? 他には?)
注意深く周囲を見回すが、他には動くものは見付けられなかった。8人で森に入ったのだろうか?
特にこちらに気付いた様子は無いが、町を目指しているのだろう。
俺が登っている樹の方へと近付いて来ていた。
男ばかりのようだ。やけに長い剣を杖のようにして歩いている。
(二条松高校の男子か……)
だいぶ汚れているが着ている制服に見覚えがあった。
疲労困憊といった様子だが、歩けているので放っておいても問題なさそうだ。
(こいつら、森の奥の方から来たよな?)
俺の居る樹の下を通って行く制服姿の男子達を見ながら、ちらと森の奥へ視線を向けた。
高校生8人だけで大丈夫な程度の場所なのだろうか?
(他の生徒はどうしたのかな?)
休まずに町へ向かう様子からして、何かを報せようとしているのかも知れない。あるいは、単に夜になるのを怖れているのか?
(……何かに追われているってことは……無いよね?)
そんな事を思いながら、耳を澄ませてみると、どうやら悪い想像が的中してしまったらしい。
忙しく地面を蹴って駆けてくる音がする。
歩幅は狭い。ドタバタと賑やかに聴こえる割に足は遅いようだ。
追って来ている集団から、8人は逃げているのだ。
(これ……2本足だな。相手は人間……?)
二条松高校の男子達が森から出る方が早いだろう。森を抜けてからは町まで身を隠すものが無い平地だ。そこまで追って行くのだろうか?
(どうしよう)
樹の上に居れば、俺は見つからないと思うけど……。
何かするべきだろうか? いや、援護したいとは思うけど、裸に槍一本で何ができるだろう?
(森からは出ないんじゃないか?)
何が追って来ているのか知らないが、石壁には篝火が焚かれて番兵もいるのだ。町の人間が追われていると分かれば、助けるために駆けつけるだろう。
(いや、無い……かも?)
流人のために危険を冒す事はしないかも知れない。見殺しにする可能性だってある。
悪く考え過ぎだろうか?
(……どうする? 何ができる?)
焦りながら追って来る足音の方を見ていると、
(猿?)
いや、子供か? 夜闇に包まれてよく判らないが、濃い色の肌をした小柄な人影が腰巻き一枚という姿で槍や斧を手に走っている。どこか親近感を覚える恰好だが……。
(頭デカイな?)
小柄な体の割に、頭は大きめだった。迫り出すような大きな鉤鼻の横で、眼がキラリキラリと緑色に光っている。やけに歯並びの悪い大きな口から、甲高い奇声が放たれると、だいぶ後方からは吠え声のような太い声が返る。
(ゴブリン?)
話で聴いた通りの、怪異な面相と矮躯だった。
思っていたより数が多い。10や20ではなさそうだ。
(無理だ、これ……)
俺にどうこうできる状況じゃない。ゴブリンは集団で居る時には手を出すなと、流民局のおばさんに念を押されたのだ。このまま息を殺してやり過ごすしかない。樹から下りたら、多勢に無勢、袋叩きにされて殺されてしまうだろう。
(樹に登っておいて良かった)
二条松高校の8人には悪いけど……。
なんとか逃げ延びる事を祈ろう。そう思って身を縮めた時、先に駆けていた小柄な連中とは別物の大きな影が木々の間から姿を現した。
姿形は周囲の小さいのと似たり寄ったりだったが、背丈は2メートル近くありそうだ。全体に、脚が短く腕が長い。その長い腕に、大きな剣を担いでいた。
(……ぁ)
俺は声をあげそうになって、ぎりぎりで堪えた。
(あいつ……)
怪物ゴブリンが担いでいる剣先に、人間の……坊主頭が突き刺さっていた。
二条松高校の男子生徒だ。最初に言葉を交わした、大柄な男子生徒だった。そいつが頭だけになって晒されている。
(……あいつ)
ぎゅっと胸奥が縮まったような、何とも言えない感情に締め付けられた。友人でも何でもない。ちょっと言葉を交わしただけの他校の生徒だ。
だけど、次の瞬間、
(ちくしょう……)
俺は短槍を両手に握って枝上から飛び下りていた。
駄目なんだ。こういう時に、俺は我慢がきかないんだ。黙って隠れていれば無事に済むのに……。
見て見ぬふりができたら……。
(……ちくしょうっ!)
真上から真下へ。ちょうど樹の真下へ差し掛かった大きなゴブリンの直上から、短槍を両手で握り、両足で槍の中ほどを挟んで落下した。
風切り音にでも気が付いたのか、大剣を担いでいた化け物ゴブリンがふと上を見上げた。
直後、
……ドッ!……
という鈍い衝突音が鳴り、上を見上げていた顔の向きそのままに、ゴブリンの口から喉へ、さらに胸を抜けて腹部にまで、短槍が串刺しにしていた。衝撃で短槍を握っていられず、俺は地面に叩きつけられていた。
(……ってぇぇ……)
受け身に失敗して、左肩を脱臼か、骨折かやってしまったらしい。
だが、すぐに跳ね起きる。敵は沢山群れているのだから。悠長に転がってはいられない。
痙攣しているデカイ奴の顔を踏ん付け、短槍の柄を掴んで遮二無二揺すりながら引き抜いた。
そのまま、半ば狂気じみた形相になって、短槍を滅茶苦茶に振り回す。何か叫んでいたようだが、呂律が回っておらず何を言っていたのか自分でも分からなかった。駄々っ子が暴れているようなものだ。ただ槍をぐるぐる振り回して叫んでいる。ゴブリンには掠りもしない。
押し包んで来るか、離れたところから槍でも投げつけられたら簡単に殺されていただろう。
それなのに、ゴブリン達は恐れ慄いて逃走し始めた。襲って来るどころか、我先に逃げ散って森の闇へと遁走して行く。
それを見ながら、
ウラアアァァァァァァァァァ―
俺は狂ったように吼え、叫び続けていた。ただただ、血が滾り、感情が沸騰していた。
(逃すかっ!)
真っ赤に血走った俺の眼が、ゴブリンの背中を捉える。
瞬間、足下で地面が爆ぜ散り、俺は爆発的な勢いで一気にゴブリンに追い付いていた。
(ちょっ……なにこれ?)
怖ろしい勢いで槍ごとゴブリンに衝突し、俺は気を失ってしまった。
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