第11話 お金は、大切です。
眼が覚めたら、なんか星が見えた。
いや、嘘じゃ無い。
どこまでも広がる夜空に無数のお星様が瞬いているのだ。
(まさかの・・・放置プレイ)
頬を湿らせた夜露を手で拭いながら、俺はゆっくりと右側へ顔を動かして自分が寝ている地面を見ようとした。
眼が合った。
(マジか・・)
俺の顔の右側に、名前も知らない坊主頭の彼が、眼と口を見開いた苦悶の形相で転がっていた。
俺は、そっと視線を夜空に向けた。
日本の男子高校生なのだ。同年代の死顔など近くで見たことが無い。それが、首から上だけとなれば尚更だ。
俺は寝転がったまま、自分の左側へ顔を向けた。
小さく息を呑んだ。
俺の胴体くらいある大きな顔があった。やたら大きい
(・・もうやだ)
なんか、泣きそうになってきた。
飛び跳ねた
痛めていた肩が治っていた。
それだけの時間が過ぎたのだろう。
こんなに無防備に寝ていて、よく襲われなかったものだ。
「はぁぁ・・・」
どうして、俺って、こうも馬鹿なんだろう。
こんな事をやっていたら、あっという間に人生を
ちゃんと考えないと駄目だ。
(・・・なんか、御免な)
怖々と手を伸ばして、震える指先で坊主頭の顔に触れ、
(ふぅぅぅぅ・・・)
それだけの事で、どっと疲れがきた。
(こいつの方は・・)
怪物ゴブリンの死体を見下ろして、俺はしばらく考え込んだ。
正直、触れたく無いのだが・・。
(鼻と犬歯と爪・・大きくなると、頭の中に石があるって言ってたな)
ゴブリンの体で売れる物については、流民局で説明を受けた。
今はとにかくお金が要る。途中でゲロ吐きそうだったが、まあ・・誰も見ていない。
「やるかっ!」
俺は気合いを入れるために声に出した。
「・・やるぞっ!」
もう1度、気合いを入れてみた。
「頑張れ、俺っ!」
動こうとしない自分の手足を励まし、震える手で短槍を持ち上げる。
(いや、これどうやるの? ブスッて刺す? えっ? 頭って、どうやんの?)
うろうろと意味も無く怪物ゴブリンの周りを歩きつつ、
(まず、爪かな)
大剣の柄を握りしめた汚れた
(あ・・そうか。この剣って持って帰れるな)
少し気分を明るくして、
「ぁ・・」
爪じゃなく、指ごと千切れて跳んだ。緊張して力を込めすぎたようだ。
(もうちょっと・・)
次は割と上手く指先ぎりぎりで突き切った。コツを掴んで、3本、4本と長く伸びた鉤爪を連続して地面へ落としていく。
(次は犬歯・・その前に)
とんでもなく大きくて厚みのある大剣に手で触れて、個人倉庫に収納しておく。
犬歯は思ったより簡単に採れた。短槍の切っ先を歯茎へ突き入れて、テコの原理で引っこ抜くのだ。
(はい、いよいよ上級コースですよ)
俺の
(お金のため・・お金のため・・お金のため・・)
呪文のように胸中に繰り返しながら、短槍の槍穂を唇の側から当て、
そうっと人差し指を伸ばして、指先で触れて倉庫へ収納する。
いよいよ残るは、頭の中にあるという石の採取だ。
(石・・ねぇ)
鼻が取れてとんでもない面相になった怪物ゴブリンを眺めつつ、俺は考え込んだ。
ゴム手袋でもあれば・・。
顔を下にして揺すったら、鼻の穴から出てきたりしないだろうか?
とりあえず、槍を突っ込んで
(むぅ・・)
色々と考えたが、もしかして、石というのが傷つきやすい物だったら、槍で引っかき回すのは良くないだろう。傷をつけたら値打ちが下がるとか言われそうじゃないか。
(この頭・・・割れないかな?)
無免許医が主人公のアニメで、頭には継ぎ目があるとか何とかやっていたような・・。
(う~ん・・)
何か面倒臭くなってきた。
俺は、じっと怪物ゴブリンの頭を見下ろすと、おもむろに短槍を頭上高く振り上げた。
そして、
(くそっ・・)
怪物ゴブリンの頭を足蹴にして、亀裂に槍穂をねじ入れて、少しずつ亀裂を拡げていく。
(どんだけ硬いんだ・・こいつ)
これが本当の石頭というやつだろう。突き入れた槍穂を支点に、右に左に揺らして隙間を拡げようと頑張っていると、
「ぅ・・わぁぁぁ・・・」
いきなり大きく亀裂が拡がって、中に詰まっていた液体っぽい何かとか、豆腐っぽい何かとか、大量にこぼれ出てきた。
飛び跳ねるように飛沫を回避して、決壊したダムのごとき有様を観察する。
(・・あるじゃん!)
テレビで見たことがあるダチョウの卵のような大きな楕円形の石が転がり出て来た。
細い血管みたいなものが糸を引くように
(もうね・・こんなんじゃ、びびりません)
手でむしり取り、引きちぎって楕円の石を取り上げた。
(はい、収納)
個人倉庫へと収納する。
これにて、ゴブリンの解体ならびに、爪、犬歯、鼻、石の採取は完了である。
(頑張ったよ、俺・・)
粘り着く両手を樹の幹に擦り付けながら、
「えっ?・・・あれっ?」
俺はとんでもない物を見付けてしまった。
「こ、これって・・」
どうして今まで気が付かなかったのか。
この怪物みたいなゴブリンが、首飾りとして身につけていたのは、中央に四角い穴のあいたコインに紐を通した物だった。
「おおおお・・・」
感動に声を震わせつつ、そうっと手を伸ばして首飾りを手に取る。
ずっしりと重たい。
銅貨が多かったが、銀貨も混じっている。
(確か、穴あきの銅貨は10セリカ、銀貨の方は500セリカだった)
いや、これは凄い収入ですよ?
今の俺にとっては、とてつもなく貴重で有り難い現金収入だった。
「個人口座・・」
怪物ゴブリンの首飾りを握りしめたまま声に出してみた。
一瞬の間があって、俺の手が触れていた銅貨と銀貨が消えていた。お金も手で触れていないと収納できないらしい。
「個人口座」
「個人口座」
「個人口座」
「個人口座」
・
・
・
端から端まで手で握りしめながら、お金を総て収納した。後には通していた粗末な紐だけが残された。
「よしっ! よぉーーしっ!」
思わず喜びの声が出る。これで、有料の魔法を使うことが出来る。何より、換金魔法が使えるのが嬉しい。これで、一気に展望が開けた。
「・・・あ」
小躍りして喜んだ後で、
「ゴメン・・後でちゃんと埋葬するよ」
ひっそりと転がっている坊主頭に気が付いて、そっと手を合わせた。
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