22 都心戦線④ 新宿ブラックウィークエンド

 

 俺たちはすぐに起きて外の様子を伺った。


『・・・避難・・ガガ・・第三・・せよ』


 警視庁から貰った無線機で軍と警察の状況と誘導経路を探ろうとする。


 だが通信が不安定で聞き取る事が困難なものだった。

 電磁波でも発生して通信障害が起きているのだろうか。


 虚層塔が夜空を眩しく照す。

 これはついに大転移が始まったのだろうか。

 確信するための比較事例を持ち合わせてないがこんな天変地異みたいな光が、怪しんでいた場所から発生したのなら確実だろう。



 警視庁の解析は外れたのだ。

 だが例え彼らが当てていたとしても、この短期間に避難準備を整備しきるのは難しかったのかもしれない。


 都心人口の大移動はたとえ人数が減少したとはいえ困難を極める。


 深夜ということもあり電車は動いておらず、道路は・・・・

 なぜかガラガラだ。


 この新宿近辺において車が一台も走っていない。

 この夜間の光に誰も気づかないワケはなく、違和感を覚えた。


「俺は様子を見てきます、ふたりは急いで逃げる準備をしててください」

「わかった、無理しないでね。花凛、荷物をまとめて」

「うん、遥架君気をつけて!」


 武器を入れたリュックを背負って、家の前に置いていた自転車に乗り、眩しく光る虚層塔に向かって走り出す。

 

 午前3時15分

 甲州街道に入るが相変わらず道路はガランとしていた。

 みんなこの状況を家で様子見をしているのか?


 空が煌々と眩しいのに地上の都市は静寂に包まれている。

 違和感に違和感が重なる後継だ。

 自転車でさらに新宿方面へ向かっているが

 車がいないので道路の車線の中央を突っ切っている。


 すると奥からリュックや荷物をしょって走る五人が見えてきた。

 おそらく現地近くに住んでいた人たちだ。声をかけて状況を聞く。


「すみません、大丈夫でしたか?」


「はあ、はあ・・・・ああ。

 地鳴りしたあと空が光って・・・

 嫌な予感がしたから逃げてきたんだ。

 一体なんなんだろうなあれは・・・」


 まだ異性物転移は始まってないようだ。

 この人達はまだ実害を受けていない様子だが覚悟を決めて逃げ出してきたようだ。


 何も起きていないのなら一度戻るか?

 すると中年の男性と女性が言葉を続けてきた。


「俺たちは車に乗り込もうとしたんだが、エンジンがかからなかったんだ」


 え?


「私の車はキーの解錠も受付けなかったわよ」


 思いがけない言葉が大人たちから発せられた。

 この人達は自分の足で逃げていたので自家用車を持たない人だと思っていた。


 ・・・・・やばい、

 これは、思ったよりもヤバい。

 もしかしたら最悪の想定以上に悪い状況かもしれない。


 俺は急いで警察の無線機を取り出して受信を確認する。

「・・・・ガガ・・・。」


 さっきまで多少の声が聞こえたのに今はノイズが聞こえるどころか電源もほぼ入らなかった。

俺は質問を重ねる。


「皆さん、スマホは使えてますか?」


「いや、ダメだ。起きてからずっと電源が入らないんだ」

「私もよ」

「俺もだ。充電はしてあったんだけどな」


 俺のスマホも同じように黒いディスプレイのまま。

 電源ボタンを長押ししても沈黙を続けた。

 頭の中でいくつかの仮説がたつ、そして各国で起きた惨状の結果と結びつけてみる。


 ・・・・確証のためにもっと情報が必要だ。


「皆さん、これから状況はさらに悪化すると思います。

 このまま西へ向かっていってください。

 非難誘導する警察か自衛隊が待機しているはずです」


「そうだな、わかった。」

「おい、キミも逃げた方がいいんじゃないのか?」


「俺は大丈夫です、この自転車を渡します。

 しばらく車は使えないと思うので不自由な人がいたら乗せてあげてください」


「え・・・・あ、おい」


 俺は身体強化を発動して中心地近くへと走った。


 虚層塔に近づくほど目を開けられなくなるくらいに光に包まれる。

 眩しくて既に塔を直視する事ができない。


 また逃げている人が、光を背にする形で見えてきた。

 今度は荷物すら背負っていない人たちだ。

 しきりに後方を確認している。


「わああああああ!」


 ・・・・どうやら始まっていたようだな。

 その人たちは俺にわき目も触れずに息をきらし顔を恐怖に染めながら走り去っていった。


 視線を眩しい方向へ戻す。

 目を細めてなんとか視認しようとすると、いくつかの影が横に並んでシルエットを描いていた。


 異生物の、群れだ。

 今まで複数体を同時に見たことがなかったので初めての団体様だ。


 虚層塔という、月明かりよりも眩しくて低い位置にある建物の光源が異生物の影を長く長く延ばす。

 それが巨体感を一層と彷彿とさせて、獣たちの実態の大きさが掴めず恐怖心を仰ぐ光景だ。


 俺はズボンのポケットに入れていた拳銃を取り出した。


 政府の銃規制緩和によって猟銃店にある商品は免許無しでも買えるようになり

 一般人の多くがライフルを所持できるようになっている。


 だが俺が持っているのはリボルバー。

 警察との協力によって支給されたハンドガンだ。


 試し撃ちも練習もしていない素人ではあるが

 今から行う射撃には別の目的がある。


 俺は銃を前方に構え、そして



 ガチン。

 ・・・・・ 撃った。


 引き金が引かれ弾奏は回った。

 だがそこに期待していた銃声と衝撃はなかった。


 ガチン、ガチン


「多少なりとも発砲はすると期待してたが・・・」


 状況は最悪か。

 まさか反応が0だとは。

 俺は引き金がひいた弾、三発を抜き出してから銃の安全装置を戻してポケットにしまった。


 このまま引き返すか?


 いや、まだ状況把握が足りない。

 もう少し踏み込もう。


 リュックから黒い棒を取り出す。

 ズッシリと重たい木製の警棒。

 これも警察から貰ったものだ。


 最近の二段折りたたみ式ではなく規格変更前のタイプ。

 カーボン製に比べ硬度は下がるがこの旧式の方が耐久度が高く殺傷度が高い。


 警察から得られる武器は一通り貰ったが

 もし手帳と手錠を追加でらったら完全に刑事だな。


 俺は警棒を右手に構えて群集に向かった。

 近づく事で逆光でも状況がわかる。


 ここにいたのは四足獣が7体。

 全員実態は小柄で同種の鬣犬ハイエナだ。


 牙が剥き出して生え揃い、口元は真っ赤に汚れていた。


 足元には一人の中年女性が餌食となって血で地面を染めている。



 さらに近づいていくとこちらに反応して、ゆっくりと散開をはじめる。

 これは群れの行動、囲もうとしているのか・・・・?


 俺は反射的に行動を開始した。

 咄嗟に右端にいる一体に迫り連続討伐の起点とした。


 一体目、高速移動に乗せて振りかぶった一撃を側頭部にヒット。

 頭骸骨を割りおそらく即死。


 加速空間の中で吹き飛んでいる鬣犬ハイエナのダメージ量は確認せずすぐさま次に狙いを変える。


 円形に展開した群れを反時計周りで右端から順に二体目に迫る。


 さすがに反応していたようだがコイツらの体勢はまだ構えきれていない。


 そのまま腕力に任せて警棒を振った。

 俺の進行方向から真横に大きく吹き飛んでいく。


 三体目を確認するとこちらに噛み付こうと飛び込んできていた。

 さすがに態勢が整ったのだろう。


 だが時間の加速感覚はその全速力の飛び込みすらもスローモーションに見せてくれる。



 サイドステップし三体目の鬣犬ハイエナを俺の側面に横切らせてその頭部に上から打ち下ろした。


 警棒からの打撃とコンクリート地面への打ちつけの二段衝撃で命を消していく手ごたえであった。


 ここまで実時間およそ10秒。

 残り4体がついに俺を囲うように陣形が整ったようだ。


 だが攻撃に移って来ない。


 なかなか知能が高いようだ。

 1体づつが不利とわかればすぐさま組織的な戦略に切り替えた。

 タイミングを合わせて一斉に攻撃してくる様子だ。


 この異性物はT-SERAティーセラの基準で3級程度だろう。

 俺なら同時攻撃してこようがわずかな時間差を見極めて殲滅できる。


 全員迎撃してやる。



 鬣犬ハイエナが俺との力の差を把握したのか、1体が構えの重心を後ろへ下げた。

 それを察して他の3体も構えを崩す。


 そして1体を先頭に吼える事なくバッと後方へ走り出していった。

 四体とも足並みを揃えて去っていく。


 逃げたか・・・・。

 あの中に群れのリーダーがいるな。


 思いのほかレベルが低い種類だったがリーダーは状況を冷静に捉えていた。

 異性物にも自己の生存を優先する本能が備わっているのだろう。



 振り返ると討伐した3体は命を消し、気体化が始まった。

 器官増幅因子、『マドプラズム』 だ。


 俺はその体組織を得ようと近づこうとした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る