第9話 リ・クラースヌイ

『さてさてぇ、突然のことでみんなびっくりかもしれないけどお、こんにちはー。今回の試合の実況、クレアちゃんでーす! そしてぇ、今日の解説はこの人、瑠羽ちゃんでお送りしまーす!』

『よろー』

『そんなわけでぇ、急遽決まった上帝戦。その対戦カードは、あの我等が警邏隊長紫紺寺裁駕クンVS謎の美少女ウルティオちゃん! 今日の見所はぁ、間違いなくウルティオちゃんの使う私達の知らない不可思議な魔導ね!』

『呪符の破却、逆位置の使用。憑依あるいは融合魔法。うーん、わけわかめ。たぶんにぃがまける。というか、にぃのまけるところがみたい』

『今日はいつにもまして辛辣ね……。とまあ天才少女瑠羽ちゃんの頭すら悩ませる、謎の美少女ウルティオちゃんからもう目が離せないわね! というわけでぇ、みんな賭け金&応援よろしくぅー!』

 

 そんな聞きなれた実況解説の声を聞きながら、俺とウルティオは開演直前の虚ろの堂で向かい合っていた。あと数分の後に、俺達は虚構競魔宴武の選手として戦う運命にあるってわけだ。それもあの上帝戦で。本当に全てが御上の言った通りになっちまった。

 まったく、どうしてこうなった。

「ハ、またこのふざけた催しのダシにされるのは気に食わんが、いいだろう。乗ってやろうではないか。貴様を公衆の面前でいとも容易く塵芥のように叩き潰し、あの不名誉を霧散させてやる」

 気にくわないなら棄権してくれ……。切にそう思う。

「あー、そう? お手柔らかにね?」

「ふ、どうした? あの腑抜けた口調は止めたのか?」

「まー、まだカメラ回ってないからいいかなってな。俺とお前顔見知りだし。あと実を言うと俺が変なこと言っても生でクレアが編集してくれるから、大体なんとかなるのよね」

「貴様は楽でいいな。責任を伴わぬ生はさぞかしぬるいだろうよ」

「そんなこと言うなよ。ウルティオちゃん。演者同士仲良く行こうぜ」

 そう言って俺が彼女と肩を組むと、すぐにばさっと振り払われた。

「わ、私は演技などしていない! 訂正しろ!」

 なぜか彼女はあたふたとしながらこちらに詰め寄った。いつもの傲岸不遜な態度が少しだけ消え、素が見え隠れしている。

「そんな風に言われてもコントにしか聞こえねえって」

「死にたいようだな……! その願い、叶えてやろうか……!」

「おー怖い怖い、まあでもいい感じにヒートアップしてきたな。そろそろ開幕だぜ?」

「そうか。では覚悟しろ。今回は先のような失態は起こりえない。なぜならば私は貴様等のぬるま湯に浸かりきったこの世界について知り尽くしたからだ。故に敗北は無い!」

 彼女がそう言うのには理由があった。彼女の扱う魔法は故人の力を借りるものである都合上、彼女が元居た世界と俺たちの今いる世界の間で歴史に差異があった場合、その魔法は彼女の思った通りに機能しなくなってしまうらしいのだ。

 例えば、彼女の世界ではただの愚将と評された偉人もこの世界で名将だと認識されていれば、この世界でその力を借りた際、全く違った力を発揮する。また、その逆も然り。

 まあ、何が言いたいかというと、先日の戦闘で彼女が呼び出したストラージャは本来であればもっと強力な絶理を有していたそうなのだが、この世界でのその偉大なる先人は彼女の元いた世界で成し遂げた偉業の成功に失敗していたため、その絶理を発揮することができなかったということだ。つまり、過去の力に縋るウルティオの魔法は過去が変化すれば当然その効力も変容するというわけ。

 ちなみに、俺達幻想魔導師においても、おそらく似たようなことが言えると考えられる。

「あー、図書館行きたいってごねてたあれか。今までそんなこと考えもしなかったが、当然といえば当然の話だったな」

 結局、図書館に行くことは叶わなかったが、彼女の要求する資料を貸与することで、及第点とさせてもらった。結構、めんどくさい作業だったので二度とやりたくない。一週間弱生意気なガキの小間使いになる経験ってのは、中々精神的にくるものがあった。

 そんな俺の気苦労も知らずウルティオは喚く。

「ごねてたとはなんだ! 貴様、またも私を愚弄するか!」

 いや、事実だろ……。お前の相手を数日間とはいえさせられた俺の身にもなってくれよ、ほんとに。大変だったんだぞ!

「じゃあなんだ? 憤ってたとでも表現して欲しかったのか?」

「当然だ。ごねると言われてしまってはまるで私が子供のようではないか。それでは皆に示しがつかぬ」

 なぜか俺の言葉に満足気に頷き、偉そうに肯定するウルティオ。

「そうか……」

 うーん、このなんとも言えない気持ち。

 彼女はどこぞの倫理機構張りに言葉選びへ気を配る。それもここ数日彼女のご機嫌取りをさせられる内に知ったことだ。心底知りたくない情報だったがな。

 まあ恐らくそれは武闘派過激思想団体のトップを務めていたらしいコイツが仲間を束ねるために必死で努力してきたが故の習性なんだろうが……。

 まったく、なんて難儀な人生なんだろうな。 


 そして、そんなくだらんことを考えるうちに試合開始を告げるゴングが鳴り響き、闘いの幕が切って落とされた。

 ここからはエンターテイナーモードで行かなくては。俺は気合を嫌々入れ直す。

『はい、てなわけで試合開始ぃー! わくわくがとまらないわね』

『どうせにぃがまける。結果のみえてる試合なんてつまんない。はやくかえりたい』

 えぇ……。

 俺が瑠羽の相変わらず(いや、今日のはちょっと調子が変なような? 気のせいか?)な解説に困惑する間に、ウルティオは声高々に宣言する。

「初めから全力で行くぞ! 前回は唯の殺戮のつもり故、詠唱は秘匿させてもらったが、此度は御前試合だという。ならば、正々堂々行かせてもらおう! 覚悟しろ、完全詠唱の纏いは霊体の力を遥かに凌駕する!」

 まじかよ。

「それは……楽しみですねえ」

 正直、勘弁願いたいんだが。

 そんな願いが届く訳もなく、少女は懐から一枚の大アルカナを取り出し、親指を噛みちぎった。彼女の髪のように赤く美しい血が親指から溢れ、地面を濡らす。

 彼女が取り出しし大アルカナは極星、よって呼び出すは無頼のストラージャ!

「虐げられし者、此処に在り。恵まれぬ者、此処に在り。嗚呼、伝説は今此処に望まれた。故に義を重んじし英雄よ、融けろ。義を尊びし英雄よ、混じれ。此処に満つるは汝を呼ぶ声。然らば汝、其の心果つるまで悪を以て悪を降せ――!」

 詠唱の最中、彼女は宙に放った呪符を手刀で一閃し、その神秘を破却する。

「死霊纏縛! 宿り堕ちろSaqueador ! 其の悪辣、奔放、私が貰い受ける! 来い! Vertical Numerus Dieciseis ネッド・ケリー!」

 最後の詠唱を終えると、少女は破却された呪符を己が胸に向かって開いた右手で叩きつけた。親指から漏れ出た鮮血が宙で弧を描き、彼女の小さな胸部を赤く彩る。

 魔の法は今ここに顕現した。世の法則は捻れ曲がり、無理は道理へ形を変える。

 次の瞬間、彼女はもう別人だった。

 顔を覆う赤髪とポニーテールは無造作でウェーブのかかった髪型に変わり、衣服は西武劇に出てくるガンマンのようなものに。また、顔付きや纏う雰囲気が、カリスマ的指導者のそれから、悪人染みたものに変化。正に彼女は豪国の国民的義賊、ネッド・ケリーの如き力をその身に宿したということなのだろう。

『どうやらウルティオちゃんは豪国一のブッシュレンジャー、ネッドケリーの魂を自分に憑依させたみたいねぇ。身の竦む様な凄まじい圧力を離れてても感じるわ! でも、ああ……、ウルティオちゃんのこの魔法、なんだかコスプレみたいでお姉さん興奮しちゃう』

『この魔法、纏縛魔法っていうらしいね。てことは……、いうなら広義だと彼女も#死魂魔導師__ネクロマンサー__#……』

 そう、同僚にやや引き気味の妹が言った通り、これこそがウルティオの扱う魔法。その名も纏縛魔法だ。この魔法は、かつて俺達の世界で融合や憑依と言われていたものに近しい。だが、彼女の扱う纏縛は、強力な魂を無理矢理死の淵より引きずり出し、その生への執着を利用することで己が身に纏い、定着させ、その上で縛り付け、制御するというもの。

 死者の力だけを借り受け、その心は殺し切る。それが纏縛という魔法だった。

 つまり、纏縛という魔法は、二つの意識を一つの体に収める融合や憑依とは根本的にその性質を異としている。それに、そもそも彼女の世界では人々の思念によって人格を得た理想の偉人像ではなく、その故人そのものを指してストラージャと呼んでいるようだ。俺たちの住むこの世界とはやはり世界の仕組みが違うらしい。つまり、彼女が行っているのは幻想の再現ではなく、純粋な死者蘇生だということになる。

 しかしこれまた危険な魔法を使うんだなこいつは。

 先日の戦闘で彼女が行使したものも、魔力の精密なコントロールに失敗すれば即自壊してしまうような過激なもんだったが、この纏縛とかいう魔法はその危険度を平然と上回る。これは自身の魔力制御は出来て当然のものとして、更にその上で他者の強烈な死した魂を同時に制御しなきゃならないとかいう滅茶苦茶な魔法だ。およそ常人には扱えない。俺もこんなのできないし。多分使ったら死ぬか、体を死者の魂に乗っ取られる。まあ運が良くて魔力暴走の結果自我を失うってところだろう。

 まったくたまげるよ、こいつには。ほんと、いろんな意味でな。

 俺は、こんな危険な魔法を使いこなす彼女の並外れた力量を改めて実感すると同時に、心配もしてしまう。こんな魔法や魔術を使い続けて、彼女は壊れやしないだろうかと。

 そんな感傷に浸っていたら、当の本人から挑発が飛んできた。

「何を呆けている、官憲。ご自慢のストラージャは召喚しないのか? 安心しろ、途中で詠唱中に攻撃などせんさ。これは殺し合いではなく試合。そうなのだろう?」

 しかし、彼女の煽りはむしろ有難いものだった。なぜなら、こういうマイクパフォーマンスがあったほうが観客は盛り上がるからだ。

 てなわけで、俺はニコッと笑うと、彼女の質問へ返答する。

「おお、それはそれは有り難い。ですが、お嬢さん。その必要はありません」

「ほう、生身でストラージャを纏った私に勝てるとでも言うのか? 面白い」

 言葉通り、不思議と彼女は楽しそうに笑った。

 それは、観客に向けた完璧なパフォーマンスと言えた。やはり、彼女は自然と人の心を掴む様に行動してしまう習性があるのかもしれない。けれど、それは彼女が生存の為に止むなく身に付けた技術であることを、俺は知っている。複雑な気分だった。もしそれが彼女の過ごした過酷な境遇の為で無く、今日のような日の為に磨かれていたものだったら、そう願わずにはいられない。だって、もしそうだったたなら彼女はきっと……。

「いえいえ、そうではありませんよ。不肖私如きが、一人で豪国の英雄と渡り合えるとは思っていません。勿論、私とストラージャの二人でこの試合に臨むつもりです」

「ならば、とっとと召喚したらどうなのだ! 私とて、いつまでも貴様を待っていられるほど気は長くない! この銃だって、何時引き金が引かれるとも私は責任を取れないぞ!」

 そう言うと、彼女はガンマンのような衣服の前を開け、懐に隠したリボルバー式と思われる旧式拳銃の存在をアピールした。

 だが……、俺だってただ無策でお前とくっちゃべっているわけじゃあ、ないんだぜ?

「先程から、何か勘違いされているようですが……召喚であればとうに終えています。それに、引き金なら……既に貴方へ向けてもう引かれるところですよ?」

 俺の言葉に、ウルティオは目を見開いた。

「何だと!?」

「それでは皆さん、彼女の頭上にご注目」

 カチャカチャカチャカチャ、と金物特有の音が響く。

 なんとウルティオの頭上では、突如出現したなっちゃんこと愚者の役のストラージャ織田信長が、自身の象徴とも言える魔術によって操作された火縄銃十丁による一斉射撃を行わんと、構えを取っている所であった。

「とーーーーう! 桶狭間染みた奇襲でせーだいになっちゃん登、場! 構え、斉射!」

 パアンと破裂音。灰色の煙が立ち上り、辺りを覆い尽くす。

それは、現代においてはストラージャだけが行い得る、呪符を解すこと無き独自の魔術によりもたらされし神秘。その遠隔操作された複数の火縄銃による集中砲火であった。

「せいやーーー!」

 ウルティオの頭上に出現したなっちゃんは、銃撃だけではなく、自由落下の勢いを利用した手に持った刀での攻撃も行うべく、その名刀を振り下ろさんと声を上げた。

「姑息なっ、くっ!」

 虚を突かれたウルティオは、回避行動を取るべく、後ろに下がり、その赤き姿は激しく立ち上る硝煙に紛れてしまった。

 そして、さすがにこの状況はフォローをいれとかないと俺が反則をしたと観客にバッシングされかねんので、急ぎ解説を開始する。

「さてさて、皆さんを驚かせるためにちょっと卑怯な登場をさせてしまいましたが、本日のストラージャの紹介を致しましょう。ただいま天より降り立ちし黒髪ロングの麗人こそは、愚者の役を持つ倭国随一の型破りストラージャ、織田信長です」

『きたわ! みんな大好き信長ちゃん! これで裁駕君たちの勝ちは硬いわね! 奇襲もちょっとずるいかなって思ったけどかっこよかったし、オールオッケーよ!』

『るう的には毎回なっちゃんにたよりきりってはずかしくないのっておもう』

『辛辣ね……、でもその言い分、百里あるわ! まあ裁駕くんは身持ちが堅いってことかしらね。フフ』

『……それはそれできもい。しねばいい』

 そんな相変わらず辛口な我が親愛なる妹からのコメントがあったところで、硝煙の中から二人の美少女が姿を表す。

「てなわけで紹介にあずかった信長ちゃんだぞ! 今日もしくよろっ!」

 一人はややウェーブのかかった黒髪ロングにギャルメイク、改造黒セーラーを着込み、差料四本を腰に引っさげて、火縄銃十丁を魔術で宙に従えた愚者、織田信長。

「はっ、前回は私へ奇襲について説いた貴様が、此度は私の虚を付くか。因果だな。なかなか楽しませるじゃないか。今のも貴様の不過業か?」

 もう一人は無造作に遊ばせた真紅の髪と瞳を持ち、ガンマンのような衣服の上にコートを羽織った、極星を内に封じし異世界の死魂魔導師、ウルティオ。

 通常ならばそれだけで勝負が決まってしまうような奇襲から難なく無傷で生還した彼女に少し驚きながらも、その感情を表には出さず、俺は彼女の問いに答える。

「はい、そうです。先に見せた彼女の次元跳躍は、当時は拠点を定期的に移すということの重要性が理解されていなかったにも関わらず、その時代において革新的な考えを持っていた信長が行った複数回に渡る戦略的居城の変更、それに対する人々の畏敬の念が生んだ奇跡。その名も『人、城を頼らば、城、人を捨てん』。この不過業をもってすれば、その都度彼女にとって最も有利なポイントへ瞬間的に移動することが可能です」

 そう、この不過業によって、なっちゃんは虚ろの堂の外にいながらこの度の奇襲を成功せしめたのである。たぶん、あの奇襲の直前まで家の鏡とかで髪型のチェックでもしてたんじゃなかろうか。

「転移の不過業持ちが他にもいるとはな。しかも奴の上位互換ときたか、なんとまあ」

 俺が今しがた行った説明に驚くウルティオ。まあ無理もない、今の説明ではこの能力の欠点を伝えていない。それではチート染みていると驚きもするだろう。

「つってもこれには使用回数に制限あるし? こないだのあんたみたいに乱発はできないからー、むしろあんたの転移の方が辛めじゃね?」

 勝手に不過業を過剰評価してくれたウルティオに対し、しめしめと思っていた俺だったが、そうは問屋が卸してくれないようだ。なっちゃんがネタをばらしてしまった。こうなってしまった以上、解説せざるを得ないだろう。まったく、困った相棒だぜ。

「彼女の言う通りかと。勝幡、那古野、清洲、小牧山、岐阜、二条、安土。以上七つが彼女の居城でした。故に居城の変更を六回彼女は行ったと言うことができます。そして人々は、事実はどうあれそのように認識した。あとは言わずもがなでしょう」

 俺がややドヤ顔で解説を終えると、ウルティオは心底つまらなそうな顔でこう言った。

「なるほど、転移は六回きりと。欠伸が出そうな解説、有難う。では、もういいか?」

 元はといえばお前が聞いてきたんですけど? 俺だって好きで解説したわけじゃねんだぞ! その反応はあんまりじゃないですかね?

「あれれ、私が解説したのですから、あなたが銃撃を受けたはずなのに無傷である理由もお教えいただけると思っていたのですが……?」

 ていうか教えろ。俺が困る。

「ふっ、何を腑抜けたことを。貴様が勝手にぺらぺらとまくし立てただけではないか。知りたければ、自分で確かめてみろ!」

 いや、だからお前「今のも貴様の不過業か?」とか言ってきたじゃねえか。ふざけるのもいい加減にしろよ? 

 まあそんなことを言えるはずもなく、臨戦態勢に入ったウルティオに対し俺が言えるのは承諾のセリフのみだった。

「では、そうさてもらいましょう!」

「ふー、うちも沸いてきたー!」

「ディスペラール!」

 そう言うと同時に、彼女はコートの下から素早くリボルガー式の拳銃(恐らくはColt51 navy)を取り出すと、ハンマーを倒し、なっちゃんに向けて構え、引き金を引く――

 その刹那、別の場所から銃声。それはウルティオの持つ拳銃に対し向けられたもの。そして、その鉛玉は、それを避けようと体をひねった彼女の銃口を逸らした。結果、ほぼ同時に二つの銃弾が飛び交うこととなったが、お互いに標的を射抜くことはなく。

 二人の少女は不敵に笑った。

「ハハ、火縄銃で早打ちとは恐れ入る」

「いやあー、照れるってー、このー。……でも、次はないかもよ??」

「ぬかせ」

 ウルティオはそう言うと、かのマシューペリーも所有していたとされる南北戦争時代の遺物、パーカッション式シングルアクションリボルバー、Colt51 navyのトリガーを、再び引いた。なっちゃんに向けて。

 激しい音と閃光。そこから飛来する鉛の玉。いくらストラージャといえど、直撃すれば被害は甚大。そんな銃撃を防ぐ手立ては……魔術しかねえ。

「展開!」

 その言葉を鍵として解放された魔力が呪符を伝い、懐に収まる実に五十六枚の小アルカナが展開された。一枚一枚に神秘の力を宿した無数のカード群はホロスコープ型に展開式を保ちながら俺の周囲に浮かび続ける。

 そして、俺はそのうちの一枚、護符の一を掴み取り――

「裁駕!」

 というなっちゃんの叫びに応じ、俺は術式を急ぎ行使する。

「わかってる! 涅式一、壘」

 この術式がもたらすは柔く脆い土の壁。粗雑で粗野な急造品。それが証拠にその壁は、今にもなっちゃんに着弾しようしていた銃弾へ生じた途端にかち当たり一瞬で砕け散った。

 しかし、その一瞬はストラージャの身であるなっちゃんにとって悠久が如く。彼女がその隙に凶弾を回避することは容易かった。

 そうして、またもウルティオの放った弾丸は人体の味を知らぬまま、虚しく空を駆ける。

「ふっ、かわしたか。だがそれも予想の範囲内だ! アビエルト!」

 躱された自身の攻撃を見て、なぜか楽しそうに笑ったウルティオは呪符を展開。彼女の周囲に五十六枚の小アルカナが浮遊を始める。展開式はやはり攻撃的ケルティッククロス。

「さっきのが何で効かなかったかはイミフだけど、これならどーよ! 斉射斉射斉射―!」

 それに対しなっちゃんは自身の操る十丁の火縄銃により三連射を敢行、計三十発の弾丸がウルティオに迫る。なっちゃんの周りを囲むように並んで浮かぶ十丁の火縄銃から絶えず大量の硝煙が上がり、けたたましい破裂音が辺りに響く。

 この猛攻は、彼女の最も有名と言うべき逸話である長篠の闘いの簡易再現。魔術により操られし十丁の火縄銃の絶え間無き銃撃が、対象が殲滅されるまで続く。

「雲海より出てし愛の御手。孤峰に朽ち果てし欲の魔手。相剋する神の産物よ、混濁の内に割れろ。内なる聖水は氾濫し、奔流する! 創溺式一四、蒼砕破」

 そして俺は離れた場所からなっちゃんに狙撃され、その対処に追われるであろうウルティオに対し、激しい濁流を生じさせる術式をぶつける。聖杯の一と四、その二つが織り成すは、己が両手から超高速で対象へと吐き出される二つの水柱。それぞれ性質を異にする二つの水の激流は、直撃すれば人間などまず間違いなく鎧袖一触に蹴散らすだろう。

 しかし――

「無駄だ」

 ウルティオはそう呟くと、回避の素振りなど一切見せずに口元をほんのり笑みで歪め、俺が放った会心の攻撃に対し自らぶつかっていくような形で、一直線にこちらへ向かって走り出し、その最中に詠唱を開始した。

「――束ねられし弐階に至る十の杖。滾る熱意はサルセードをも奔らせた。」

 その自爆特攻が如き行動は完全に狂気の沙汰としか思えなかったが、彼女の顔には絶対に勝てるというような確信が浮かんでおり、俺の心を浮き足立たせた。

 そしてそれ以上に、その圧倒的暴力に対し果敢に飛び込んでいくその姿は、どこか英雄染みていて――そう、例えば亡国の聖女、ジャンヌ・ダルクのように――俺の魂を高ぶらせ、思わずその姿に見蕩れさせた。

 直後、激突。

 三十の鉄砲玉にニつの水柱、少女を襲う痛撃はそのどれもが尽く彼女の胴もしくは頭部に命中。彼女は見事全ての攻撃に被弾。

 ……しかし、彼女は無傷であった。

 避けたのではない。確実に命中していた。けれどもそれは彼女に傷をつけるどころか、彼女に衝撃を与えることすらなかったのだ。彼女は何事もなかったかのようにこちらへ迫り来る。不敵な笑みさえ浮かべて。

『きゃ、きゃああああああ!! 二人の渾身の攻撃全部が当たったのになんとびっくりウルティオちゃん、ぴんぴんしてるわ! え、なんなのあの子、不死身なの!?』

『さあ? 鎧でもきてるんじゃない』

 どういうことだ? 全ての攻撃を無効化ってそんなチートみてえな不過業、いや、絶理かもしれんが、だとしてもこのレベルとなると唯の義賊にすひないネッド・ケリーが持つにしては分不相応に強力過ぎるぞ!?

 全く突破口が掴めない。だが、妹の言った言葉が気にかかる。……鎧?

「斉射!」

 そんなふうに悩む間にも、ウルティオは休みなく放たれるなっちゃんの火縄銃による銃撃をその身で全て受け止めながら詠唱を続け、こちらへ迫ってきていた。

 その距離、二十メートル!

「――玄天の紅鏡、炎天の赤烏。蒼天の日輪、晃天の烈日。此の地に浮かびて、其の姿を晒せ!」

「くそっ! ――刻まれし聖者の彫刻、反発せし二対の貧者。整合、混交、」

「斉射っとー。あたってはいるんだけどなー。ってやべ、裁駕、避けろ!」

「遅い! ――爆ぜろ、創炎式十ノ騎士、」

 そう言うと彼女はNavyのハンマーを倒し、俺に向けてその引き金を引いた。ノズルより排出された弾丸が、彼女の目前に浮遊する錫杖の十と騎士の呪符を突き破りながら前進し、俺の手元目掛けて飛び荒ぶ!

 そして、彼女の術式への防御術式を組み立てていた俺はその弾丸を避ける術がなく、

「――浪浪! 創塵式さっ……ぐっ!」

 術式の発動すら行えず、右手に被弾した。

 これはまずい! そう直感したが、既にウルティオはコートカード併用術式の詠唱をほぼ完了した状態で俺の目前まで到達し、且つこちらには対抗手段が一切無く、敵の無敵かの如き防御手段の謎すら判明していなかった。

 これでは、詰だ。このままでは、負ける!

「ちっ! 手のかかるっ!」

「――嵐火!」

 瞬間、衝突音、腹部への強打、浮遊感、視界の急変、落下。直後に、世界は色を変えた。

 ウルティオの行使した術式、嵐火により、虚ろの堂に巨大な荒れ狂う炎の柱が現出。その莫大な熱量が会場全体を乾燥させ、その気温を有り得ないレベルにまで押し上げている。しかし、その猛火にその身を焦がされるはずだった俺は遥か遠くに吹っ飛ばされ、事無きを得ていた。

 くそっ、何が起きた!?

 目前では、どういうわけかになっちゃんが俺の代わりにウルティオのもたらした爆炎によってその身を灼かれ、瀕死のピンチに追いやられている。どういうことだ?

『え、ええええー!? 裁駕君を救う為に間一髪突如現れた信長ちゃんが身代わりになっちゃった!? どういうことー!? これ、信長ちゃんどうなっちゃうわけえ??』

 情けないようだが、俺は当事者でありながら、実況によってようやく自身の置かれた状況を理解した。なるほど、俺はなっちゃんに助けられたらしい。なんだよ、やってくれるじゃねえか、おい。

 おそらくなっちゃんは俺がウルティオからの攻撃を受ける瞬間、『人、城を頼らば、城、人を捨てん』によって俺の真横に転移し、そのまま俺を突き飛ばしたのだろう。そのせいでなっちゃんは身代わりに嵐火に灼かれ、俺は彼女に吹き飛ばされたことでその効果範囲からおめおめ逃げ出せたと。

 そういうわけなんだな、なっちゃん? くそ、やっぱお前はかっこいいよ。

 まったく、これじゃあ俺もやられてばかりじゃいられねーじゃあねえか。

『にぃがどうにかするんじゃない? ……とゆーか、しろ』

『瑠羽ちゃんが投げやりになるってことは相当ね……。にしてもあのウルティオちゃん、なかなかやるわねえ。攻撃も効いてないみたいだけど、いったいどういうことなのかしら』

『ネッド・ケリー伝説そのまんまだよ。あほでもわかる』

 妹よ。あっきからささやかなヒントを有難う。大丈夫。ああ、もう大体わかったぜ。

 ウルティオの不死身っぷりは確かにネッド・ケリーの逸話そのものだ。俺の考えが正しければ、確かに奴は無敵だが明確な弱点がある。

『ええ! またまた瑠羽ちゃん敵の不過業わかっちゃったの? やっぱり天才ねぇ』

『まああれは不過業じゃないとおもうけど……』

「ほう、もう気付いたものがいるのか。しかし貴様のストラージャは制圧済み。ならば問題はない。いよいよ満を持して貴様の首を貰い受けようじゃないか」

 自身の術式によって力尽きたなっちゃんを見て満足気に頷くと、ウルティオはこちらへ銃口を向ける。

「そういうスプラッタなのはちょと……。まあとはいえ、このままおとなしくやられる気なんてないんですけどね。ゲームの真髄は、ピンチの中にこそあると思いませんか?」

「言うじゃないか官吏よ。だが、これで終わりだ」

 その言葉と共に引き金が引かれ、こちらに向いた銃口から弾丸が――。

 いや、これはフェイントだ! 

「――恥知らぬニッコロの権謀術数。残忍な三人の決闘者。涙を流せ、その心は悲哀で満ちている」

 そう確信した俺は眼前の敵ではなく、彼方の仲間に目を遣りながら、急ぎ言の葉を紡ぐ。

「どこを見ている? ――消えろ、劔式一、」

 そんな俺を鼻で笑い、恐らくは最後の一撃の為一時的に魔導によって全身の魔力を脚力に集めたウルティオが、弾丸より速く俺の元に到来し、決めの一手を放たんと凶剣の一の呪符を引き裂いていた。

「それは……、こっちのセリフだってね」

 だが、その言葉と共に彼女の真後ろで、瀕死の振りをしたなっちゃんによる銃声が響く。

 それが狙うのは、彼女の右手首! なぜなら、そこが彼女の弱点!

 生前、ネッド・ケリーは常にとある鎧を着て戦いに望んだという。その鎧はどんなに銃撃をくらっても全てを弾き主人を守る一見無敵の鎧であったが、一つだけ弱点があった。それは、なんともおかしな話なのだが、そもそも手甲と具足がこの鎧には無く、その部位が必然的に丸裸となってしまうというところだった……。

 おそらくウルティオは、この逸話に基づいた防御用の絶理を常時発動していたのだろう。だから殆ど全ての攻撃を正面から受け止め無効化したが、なっちゃんの二度目の攻撃で手を狙われた時だけは避けに走った。

 ウルティオが鎧を着用していなかった為気付けなかったが、きっとそれで正解のはずだ。よくよく考えてみれば、それ以外の理由で彼女があそこまで攻撃を防げる手立ては無い。

 そして、今まさにその鉄壁の守りを見せた彼女の弱点である手の部分へと、なっちゃんの放った銃弾が迫る。

 間に合えっ!

「――朧太刀!」

 しかしそれよりも先に、魔術による剣戟が俺を貫く――かに思われた。

漏れたのは少女の悲鳴。

「くっ!」

 なぜなら、無色透明の剣を生み出す彼女にもはや先程までの驚異的スピードは無かったからだ。よって攻撃対象である俺の急所への刺突の直前、その手には銃弾が直撃、鮮血が飛び散った。そうして軌道の逸れた幻の剣は俺の心臓ではなく肩口に突き刺さり、俺は辛うじて致命傷を免れる。

 そして、なっちゃんとの連携で首の皮一枚繋がった俺は、唱えた。

「ぐっ……、捕まえ、たぞ! ――創鞘式五三、涙ノ群」

「無駄だ!」

 彼女は再びColt51 navyの引き金を引き絞る。

 恐らく俺の術式の発生と、彼女の銃弾は同時だった。

 小アルカナより現出し飛んでいく無数のナイフ。マズルから放たれたたった一発の弾丸

 どちらの攻撃も、確実に標的を仕留めるに足る威力を秘めていた。

 故にこれはスピード勝負。至近にて打ち合われた両者の攻撃は、もはやどうしようと回避不可。であればお互いに直撃、戦闘不能は必至。よって勝敗は虚構競魔宴武のルールに従い、先に力尽きたと判定されたものの敗北となる。

 既に俺達と少女に残された選択肢は無い。次の瞬間には全てが終わっているはずだ。

 だから後は時間の問題だった。

 天に祈る暇すら与えられず、勝敗は決するだろう。

 だが――。


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