あと一歩……。
@emochin1201
第1話
「あと一歩」
弟は、なにをやっても兄を凌ぐことはできなかった。すべてにおいて何事にも兄に勝てない。それは文字通りいつも鼻先、僅差なのだ。弟がテニスの大会で準優勝したら兄は、その大会で弟を下して優勝。
不思議なことに兄が不振で入賞できない時には、弟は入賞圏内にも入らない。兄が勝って、あと一歩のところで弟が負ける。
不思議なほどに、二人の人生を支配していた。もはやそれは二人の法則だというがほどに......。
当然のごとく弟の兄に対する思いが、嫌悪から憎悪に変貌していった。
絶対に俺は奴には勝てない。
その思い込みは、弟の意識を支配するようになっていった。弟は兄を殺すことを決意する。奴が消えれば、俺は勝つこともないが、もう負けない。打ちひしがれ拳を震わすこともない。
狂ってはいるが、弟にとってうまれてからずっと存在する喉に引っ掛かる小骨をとることができるのだ。弟はナイフを用意した。その日の夜、兄が就寝している時を狙って刺す。夜が来た。弟は、兄の部屋のドアをそっと開けた。
兄は、ベッドで寝ていなかった。弟に背を向け、窓際の机に座っていた。今、自分は兄の座っているすぐ後ろでナイフを持って立っている。
絶好の機会だ。弟は考える間もなく。思い切り兄の横腹にナイフを突き刺した。
思ったより、あっけなくナイフは兄の体の中に吸い込まれていった。心地よい開放感だった。
開放される。滴り落ちる血……。しかし兄は、何の反応もしない。ビクリとも動かない兄。よく見ると兄の右手首から血が流れ左手にはナイフが握られていた。
机の上に兄の書いた走り書きがあった。
「俺は、もう勝ち続けることに疲れた。もう限界だ。死ぬ以外、もう道はない」
弟が兄を刺す前に、兄は自分で自分の命を絶った。弟が兄を殺そうとする前に兄は自らの命を絶った。
それも僅差で……。
あと一歩、兄のほうが早かった。最後の最後まで弟は、敗北感に拳が震える。あと一歩のところで兄にまた勝つことはできなかった。あと一歩のところで……。あと一歩のところで……。
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