第4夜 元魔王、魔の勇者と旅に出る。

第26回 元魔王、魔の国に入る。

 私たちは『人魔の壁』と呼ばれる魔法障壁しょうへきを超え、人間の領域から魔の領域へと、その一歩を踏み出していた。


「さあ、ここが魔の国だ。どうだ? いい風が吹いているだろう?」


「どうだ……って言われてもなぁ、さっきまでと、なぁんにも変わってないんだけど」


 魔法障壁をまたぐように建てられた出入国管理施設を経由して、私たちは魔の国へと入っていた。


 建物を出て、最初に目にした魔の国の景色は、しかしイトの言うとおり、人間の国となにも変わるところはなかった。


「前はそれなりに違ったんだけどねぇ」



 私が魔王になる前から、魔法障壁は存在していた。


 ただ、そのころの障壁は今とは違い、まさに人間と魔族を分ける障壁だった。


 もちろん、出入国用の施設などなかった。


 そのため、障壁をいかにして破り、いかにして超えるのかが、両国ともに重要となっていた。



 障壁に耐えられる肉体を作り上げるのか。


 障壁を打ち消す力を手に入れるのか。


 はたまた、その他の方法で、障壁に穴をあけるのか。


 やりかたはさまざまだった。



 そして、それ以上に問題だったのが、障壁を超えた先にある戦いだった。


 圧倒的な実力者がいれば、問題はなかったのかもしれない。


 だが、そうでなかった場合は、たとえ障壁を超えられたとしても、その先に待ち構える猛者もさどもにふくろだたきにされるだけだった。



 どちらの陣営も、せまる決戦のために装備を整え仲間を集めて、一大決心のすえに障壁超えをするのだった。



 そのころに比べれば、今のなんと平和なことか。


 私が魔王となり、人間との争いをやめたことで、障壁のまわりに充満していた死のニオイは、一気に消え去ることになった。


 代わりに、こうして出入国管理施設が点々と建ち並ぶことになり、いつでも誰でも、両国を行き来できるようになったのだった。


「これもモタ様の成果じゃないですかね」


「そうかい?」


「そのとおりだ。……『勇者亭』をあの状態にしていたオレが言うのもなんなんだが、実はよくこっちに来てたんだよ。まあ、魔族と関わり合いになることはなかったが、いろいろ勉強をさせてもらってはいたんだ」


「ほほう、そうなのかい」


「……その、探究心ってのは、なかなかおさえられるもんじゃなくてな」


「なるほど。そのおかげで今の私たちは、毎日おいしい料理にありつけている、ということなのだな」


「コクドクの料理はどれもうまいからなぁ。まあでも、俺の料理のほうが、もっとうまいけどな?」


「コクドクよ、この旅を利用して、もっと探求してくれてかまわないぞ。なんなら、このイトを自由に使ってくれたまえ」


「おい」


「そうかい、そう言ってもらえるならうれしいね。腕を振るうかいがあるってもんだ」


「だから」


「私もお手伝いしますよ。ムジーもいますからね」


「ちょっと」


「それは心強い。期待をこえるものを作ってみせるから、楽しみにしていてくれ」


「俺を無視するなって!」

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