第二話 リンドウの街、崩壊する

 とうとう、山脈を乗り越えドゥワフ国からグルメール王国領内に入って来たアスモデス。

とにかく暴れればいいアスモデスに対して、何処から攻撃が飛んでくるかわからないという圧倒的に不利な夜戦を強いられることになったナックは、剣を抜き走り出すと後ろから兵士もついてくる。

別動隊のマンも、長槍を構えて走り出していく。


「グゥアアアアアアッ‼️」


 咆哮するアスモデスの口元から赤く輝く光が放たれる瞬間、初めて改造魔族を見た兵士達は、躊躇い足を止める。


「魔法か‼️ 常に足を動かせ! 止まるといい標的になるぞ!」


 ナックのいち早い指示で、止めていた足を動かす兵士達。その背後の地面に赤い光が当たり爆風で兵士達の一部は、体をよろめく程度で済む。


 グランツ王国から連絡を受けて聞いてはいたが、魔法を使うアスモデスに背中に冷たいものを感じるナック。

麗華の時は攻撃の範囲は手足のリーチのみで、付かず離れずの繰り返しで攻撃を躱せば良かった。

しかし、今回は顔の向きにも警戒しなくてはならない。

それも見にくい夜。


「いいか、なるべくバラバラになるんじゃねぇ! しっかり俺について来い!」


 激を飛ばすナックに兵士は、声を張り上げ士気が向上する。

左右から迫るナック達と、マン達。狙いはアスモデスの足元だ。

足元なら魔法は放って来ないとのナックの判断であった。


「ぐっ! かてぇ‼️」


 麗華の時と違い、アスモデスの皮膚が想像以上に硬くナックは顔を歪めながら、剣を両手で持ち力を込めて払い斬る。

他の兵士も斬りつけるが、人で言えば、まさにかすり傷程度。


 アスモデスも鬱陶しく感じたのか、ももを上げるとまるで蟻を踏み潰すように踏み降ろす。

ナック達は、たまらず距離を開ける為に逃げ出す。

更に追撃して同じように踏み潰す為に片方の腿を上げたアスモデス。

そこを狙い、マンの別動隊が支える残った足に向け槍などを突き立てる。

ほんの僅かだがバランスを崩したアスモデスの上げた足は、ナック達から逸れて踏み降ろされた。


 アスモデスが足を踏み降ろした地面の側には篝火かがりびが焚かれており、踏み降ろした足が地面に沈む。

アスモデスの体格に比べて深くはない落とし穴。

人で言えば段差を踏み外した程度。

それでも、アスモデスはたいを崩して前のめりに倒れこむ。


 それを見て喜ぶ兵士に、ナックは一喝する。


「まだ、倒れただけだ! 油断するな!」


 ナックは自ら先頭に立ち、アスモデスの足に目掛けて走り出す。

さっきはナックも油断ではないが舐めているところがあり、片手で剣を払い斬ろうとした。

今度はしっかりと両手で剣を持ち、倒れているアスモデスの足首目掛けて剣を振り下ろす。

足首が半分ほど切れると、アスモデスは手で地面を支えて立ち上がろうとするが、その支える手を狙いマンの別動隊が突撃してきた。


 手首を狙われ思わず肘を地面につけてバランスを崩したアスモデスは咆哮する。

ナックは、アスモデスの顔の向きを常に確認しており、その方向にギョッとした。


 自分らの方向ではない、かといってマン達の方向でもない。ただ前を見て赤い光が輝く。


「そっちは、ダメだ!」

 

 ナックは顔を蒼白にしたまま、アスモデスの背中を駆け抜けていく。アスモデスの顔が向くのは、リュミエールやセリーが避難している丘の方角。

ジャンプ一番、ナックは飛び上がるとアスモデスの首の後ろを狙って剣を力一杯突き刺した。


 ほんの僅か。ほんの僅かだけアスモデスの首が下がり、放たれた赤い光は丘の手前で落ちると、リンドウの街の一部を巻き込んで爆発した。



◇◇◇



「きゃああああーっ!」


 丘の先端で、アスモデスの姿を見ていたリュミエールは、近くで爆発した魔法に驚くと、悲鳴を上げて後退りしてしまう。

駆けつけたゴッツォが、丘から眼下を覗くと、リンドウの街の一部が吹き飛んでしまい、その姿を変えていた。


「お、お、俺の店がああぁぁぁっ!」


 姿を変えてしまっているとはいえ、長年暮らした街並みは良く覚えている。

丁度大通り沿い、セリーと暮らしてきた家が跡形無く吹き飛んでしまっており、ゴッツォは、野太い悲鳴を上げて頭を抱える。


「お父さん、店はまた後で作ればいいよぉ。それより、ここ危なくないかなぁ?」


 父親に比べて冷静な判断を下すセリーの意見にリュミエールも賛同して、避難している人達を、今いる丘からかなりの遠回りになるが、ワズ大公のいるファーマーの街を目指すように指示を出す。


 ところが、リュミエール本人は避難せずに丘に留まる。ナックの戦いを見守る為に。

留まったのは、リュミエールだけではなく、リュミエールの壁になるように前に立つゴッツォ。


「ここで逃げ出したら、アカツキやナックに顔向けが出来ねぇ。従業員も戦っているしな」


更にセリーも、ゴッツォの横に立ちリュミエールの壁になる。


「リュミエールさんは、パクくんのお姉さんだし、ここで逃げ出したら女が廃るってもんですぅ」


 大好きなパクの姉であるリュミエールの為に女を魅せるセリーに、思わず優しい笑みに変わるリュミエール。

改めてアスモデスのいる方向を見ると、此方に向けて赤く輝く光が見えた。



◇◇◇



「くそっ! 抜けねぇ!」


 突き刺した剣を抜こうとするが、硬く筋肉を締めているのかどれだけ力を込めても抜けずに焦る。

アスモデスは第二波を放とうとしている。方角も丘の方。

剣を抜きながら、なんとかしようと足で頭を叩くがビクともしない。


「遅くなりました!」


 なすすべ無く見守るしかなくなっていたマンの元に、三台の台車に載せた兵器。細身の人程ある巨大な槍、その先には太く長い縄が付けられていた。


「おお! 急げ! 狙いは、巨人の頬だ! 正確に狙わなくていい、当てるだけで充分だ!」


 マンの怒号が飛ぶと、兵士は槍先をアスモデスの頬に向ける。


「撃てぇ‼️」


 マンの合図で、槍を載せた土台の縄を切ると一斉に大きな槍が矢のように掃射される。

三本ともアスモデスの頬に命中して、顔が僅かにずれる。

と同時に放たれた魔法は、再び丘の手前で落ちると、今度はリンドウの街の大部分を吹き飛ばしてしまった。


「街が……」

「街は、後で戻せる! それよりも集中しろ‼️」


 守るべき街が吹き飛び落胆する兵士をナックが鼓舞すると、曇りかけた兵士の目に光が戻る。


「危ない! 後ろ!」


 兵士の一人がナックに向かって叫ぶと同時に、まるでタカる蝿を払うかのようにアスモデスの手がナックを襲う。


「ぐわっあああっ!」


 幸い勢いで剣は抜けたが、ナックは無防備にアスモデスの一撃を受けて地面を転がっていく。

まるで全身の骨が砕けるような痛みにナックは、動けなくなる。


 アスモデスは頬に刺さった槍を手につかむと無造作に引き抜き兵器の台車ごと彼方へと投げ飛ばす。

怒りなのか、アスモデスは、リュミエールのいる丘にまで余裕で届く叫び声を上げると、一気に立ち上がる。

そして、咆哮を上げて魔法の準備へと取りかかった。


「ぐっ……う!」


 体が全く動かせないナックだが、全身に渡る痛みに耐えながら立ち上がろうと試みる。心では、気力を振り絞るのだが、体と心が分断されたかのように指一つ動かない。


「く……そっ、リュミ……エール、逃げ……ろ。逃げて……てくれ」


 二度に渡る丘付近での爆発に、ナックはリュミエールが危ないと判断して逃げてくれていると願っていた。

しかし、現実はリュミエールは丘に残っていることをナックは知らない。


「すま……ねぇ、アカツキ。家も……ゆ、友人も……守れなかっ……た」


 ナックは頬に伝う涙を流しながら、アスモデスが魔法を放つ瞬間を見ることしか出来なかった。

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