第十一話 幼女と青年、空を舞う

 突然の豪雨により、ナック、そしてカホと弥生と離ればなれになってしまったアカツキ達は途方に暮れていた。


 雨は止んだものの、夜が明けるまで時間がない。日が昇れば気温も上がり、砂漠の猛暑が降りかかる。

一応、それぞれ水は持たせているが、脱水症状を起こせば塩分も必要になってくる。

食糧や水のほとんどは、自分のアイテムボックスに入れている事を悔やむアカツキであった。


「どうするのじゃ、アカツキ」


 今はまだ暗く、改めてランプを灯したものの、近場しか明るくない為、探しに行くべきか悩んでいた。

それに探しに行くにしても、進むべきか戻る必要があるかの判断も出来ない。


「せめて目印になるようなものが──あっ! ルスカ、魔法をお願いします」

「魔法? どうするのじゃ?」

「以前、ルスカが使った明るい光の魔法があるじゃないですか。あれを真上に撃って欲しいのです」

「明るい? ああ、“シャインバースト”か?」

「はい、お願いします」


 ルスカは、岩場から砂漠に出て右手を真上に向ける。


“シャインバースト”


 白銀の光が空に舞い上がっていく。しかし、いつもと違い目映い光は起こらない。


「やっぱり、駄目なのじゃ。対象に当たらぬと発動せぬ」


 “シャインバースト”の光を信号弾の代わりにしようと考えたが的はずれで、アカツキはがっくりと肩を落とした。


 こうなれば、明るくなるまで待ち探すしかない。問題は進むか戻るかである。


 濡れた服を乾かし、ルスカの髪を丁寧に拭いてやり時間を潰す。


「……おーい」


 誰かが呼ぶ声が聞こえて、アカツキとルスカは辺りを見回す。


「おーい、アカツキー!」


 確実に声が聞こえて、声のする方にランプを向けると一頭の馬がこちらに近づいてくる。


「ナックなのじゃ!」


 手を振りながら馬を走らせ、こちらに向かってくるナックの姿に二人はホッと胸を撫で下ろす。

しかし、弥生とカホの姿はなく一緒ではないのかと、再び不安になるのであった。



◇◇◇



「ヤヨイーとカホは?」


 合流したナックから問われ、やはり三者三様別々になってしまったとわかり、アカツキ達は首を横に振る。


「途中までは、視界にいたんだがな。急に見失ってしまって……すまねぇ」

「ナックさんが、謝ることではないですよ。私こそ、迂闊でした。もう少し旅慣れない二人に教えておくべきでした」

「もしかしたら、俺みたいに光に気づいているかもしれねぇ。もう少し明るくなったら探そう」


 ナックに水と布を渡して一息つけさせた後、アカツキは、周りをうろうろしたり、岩に腰かけるとすぐに立ったりと落ち着かない。

ルスカも眠気など感じる暇など無く、腕組みしながら足で地面を鳴らしていた。


 やがて空に白みが帯びて来て、夜が明け出すとアカツキ達は、進むか戻るか相談していた。


「俺は進むべきだと思う。何せ俺自身がアカツキ達より先行していたからな。それに途中で見失うまで一緒だったんだからな」


 ナックの言うことは理解できるし、アカツキも同意見なのだが、カホの馬には弥生も乗っている。

果たしてそれほど速度が出せるものかと、考えがよぎってしまう。


「万一後ろにいた場合や何かあった場合、先に進むと益々離れてしまいますし、うーん」

「くそっ! あの鳥みたいに空から見下ろせればいいのに」


 ナックは、徐々に青くなっていく空を気持ち良さそうに飛ぶ鳥を見て、呟いた。


「空? ルスカ! 空を飛べる魔法は!?」

「おお、その手があったか!」

「そんな魔法無いのじゃ!」


 一瞬希望が見えたように思えたが、消えてしまう。


「ルスカ、あの風の魔法を逆に使えませんか?」

「風? “ウィンドフォール”か? 逆とはどういう意味じゃ」

「いえ、通常が下降気流なら上昇気流にも出来るのではないかと」


 「うーん……」と唸りながら、ルスカは可能かどうか模索する。

今までそんな使い方をしたことなどなく、やってみなければ分からないとの結果に至った。


「理論上は、出来なく無いと思うのじゃが」

「やってみましょう。空に上がる役は私がやります」

「駄目じゃ! 出来たとしても、どうなるか分からないのじゃ。アカツキだと対応出来ないし、ワシがやるのじゃ」

「二人で上がればいいんじゃねぇの?」

「「あっ!」」


 ナックの意見に二人は折れ、ルスカを抱えたままアカツキが空に舞い上がる事となった。


 ルスカの説明によると、一度放った“ウィンドフォール”を折り返して自分達に当てれば上手くいくのではないかと言う。

ただ、試した事がないため、自分達に当たった瞬間に押し潰される可能性もあると。

魔法か、それとも当てずっぽうで探すのか。

一か八かの賭けとして、アカツキは魔法を選択した。


 三メートルほどの岩場にルスカを背負いアカツキは登る。

魔法を放って折り返すのに少し距離が必要な為、岩場から飛び降りるのだ。


「アカツキ! いつでもいけるのじゃ!」

「行きますよ、ルスカ!」


 ルスカを背中に背負い、アカツキは水泳のスタートと同じように、砂漠に向かってジャンプする。


“ウィンドフォール”


 地面に向けて放った緑色の光が、地面ギリギリで折り返しアカツキ達に向かう。


「おお!」


 ナックは驚嘆の声を上げる。砂を撒き散らして、竜巻の如く風が舞い上がっていく。

一瞬感じた浮遊感を感じたアカツキ達だが、それどころではなくなる。

浮いたアカツキを風が凄まじい勢いで上空へと舞いあげていく。


「うわぁぁ! ルスカ、浮いてます、浮いてますよ」

「落ち着くのじゃ! ほら早くヤヨイーとカホを探すのじゃ!」


 ナックはアカツキ達を砂埃を防ぎながら目で追っていくが、あっという間に点になる。


「居ました! かなり遠いですが無事です!!」


 舞い上がったアカツキは、目を凝らしながら首を動かし、弥生達を探すと砂や岩ばかりの中、馬らしき動く物体を捉える。


「間違いないのじゃな?」

「確信は持てませんが、戦争間近のこの状況でグランツ方面に向かう人は居ないと思います! ところで、ルスカ!」

「何じゃ!?」

「これ、どうやって降りるのですか?」


 魔法が切れると、アカツキ達は自然落下を始める。その勢いとかかる重力で気を失いそうになるのを耐えていた。


“ウィンドフォール”

“ウィンドフォール”

“ウィンドフォール”


 ルスカは、浮き上がった時と同じように魔法を折り返し自分達を浮かしながら、落下の勢いを殺していく。

しかし、多少は弱まるものの、このままでは地面に激突も考えられた。

ルスカの魔法が尽きるのが先か、助かるのが先か。

ルスカは、何度も魔法を放つ。


アカツキも何とかしないとと、アイテムボックスを開き、一枚の毛布を取り出す。

両手に毛布を縛りつけると、パラシュートのように毛布を開く。


「ぐうぅっっ!!」


 両腕がちぎれんばかりに引っ張られる。しかし、そのおかげで落下の速度は更に少し緩む。


「アカツキ、耐えるのじゃ!」

「ルスカも頑張ってください!」


 地上にいるナックの姿がはっきりと顔まで見えてきた。


“ウィンドフォール”


 地面ギリギリで折り返した魔法を身体を捻って僅かにだけ魔法の影響を受けると、アカツキ達はそのまま砂の上を滑って行った。


「大丈夫か!?」


 慌てたナックが駆け寄ると、アカツキはその手のひらを真っ赤に染めながらも立ち上がり、背中のルスカに声をかけた。


「もう、やりたくないのじゃ……」


 愚痴るルスカに一言「私もです」と、アカツキも同意するのだった。


 アカツキから弥生達のことを聞いたナックは、馬を取りに戻り、自分とアカツキの馬の手綱を引いて再びやってくる。


「それじゃ、ヤヨイー達はだいぶ先行していたのだな?」

「ええ。急ぎましょう。向かう方向は北西です」


 疲れきった身体を動かし馬に乗ると、アカツキとナックは並走して弥生達の後を追う。


「しかし、なんでそんなに先行しているんだ? 休み無しで走ったのか?」

「それはわかりません。しかし、急がないと。弥生さんやカホさんの体力が心配です」


 痛む両手を我慢してアカツキは必死に手綱をしごくのだった。

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