第四章 戦争と勇者編

第一話 勇者パーティー、新たな仲間を手に入れる

 レイン帝国の首都レイハルト。そのすぐ南側には森がある。

森の中を東に行けばアカツキとルスカの出会ったザンバラ砂漠が、更に南に行き森を抜ければドワーフが主に住んでいるというドゥワフ国がある。


 そんな青々とした森に覆われた暗がりの中を、日の光二人の青年とうら若き女性が、お互いを喧喧囂囂けんけんごうごうとやり合いながら、疲れきった足を必死に前に動かしていた。


「もぉ! だから、やめようって言ったのに!」


 真っ白なローブを被る女性は、手に持っていた杖で前を行く青年の背中をグリグリと押し込んで怒りを露にしていた。


「チェスター! お前もノリノリだったじゃねぇか! マン! お前も何か言ってやれ」


 女性をチェスターと呼んだ赤髪の青年は、只でさえ目付きが悪い上にその口の悪さが人相の悪さを上積みしており、がに股で歩く姿がガラの悪さを象徴していた。


 マンと呼ばれた背丈が高い青髪の青年は、特に何も答えない。別に無口な訳ではないのだろう、赤髪の青年と喋る事自体が億劫なのか怪訝な顔をしていた。


「ほら、マンも何か言いなさいよ! なぁにが、“勇者の俺に任せとけ”よ! ロックがそう言う時って大概ろくなことにならないじょない」

「お前も聖女認定受けたなら、もう少し慎ましくしたらどうだ?」


 マンは呆れた目をして、チェスターを流し見る。しかし、チェスターはマンのそんな態度が気に食わず、ローブのフードを外しロックより薄い赤髪を靡かせる。


「何よ! マンだって、無駄にデカイだけじゃない!」

「何だと!?」


 この瓦解寸前のパーティーのリーダーであるロックは、二人がやり合うのを自分の背後で聞きながら常に苛立っていた。


 この三人は、グランツ王国で勇者に指名されたロックを始めとする勇者パーティー。

そう、ルスカを追い出しザンバラ砂漠の中心に置いてきた三人である。


 元々魔王を倒すまでの訓練の期間だと聞かされ、旅に出た三人だったが、特に鍛えるような事はせず強い仲間を集めに回る日々を送っていた。


 しかし、グランツ王国の貴族の三男でもあるロックは、只でさえ勇者として知れ渡っている為に、グランツ王国内では仲間集めが出来ない。

そんな事をしていたら、自分よりずっと身分の高い貴族の耳に入ってしまい、家にも迷惑がかかる。


 故にグランツ王国以外の国で集めていたのだが、ライン帝国ではほとんどの猛者がギルドに所属している為か、誰にも見向きもされなかったのだ。

結果遊び歩いただけで、国から貰った資金のほとんどを使い果たしていた。


「ああ、もう! だから、ルスカちゃんに残って貰ってれば良かったのよ!」

「チェスター、お前も賛成したじゃねぇか! あのガキのお守りにほとほと疲れたって言って」

「そうだ。ガタイが大きいという理由だけで、いつも抱き抱えて歩いていた俺の身にもなれ」

「まぁ、私も甘いもの用意したり、一緒に寝たり疲れたけれど……ロック、ドゥワフに行けば資金調達出来るのよね?」

「ああ、姉さんが嫁いだからな。頼めば何とかしてくれるさ」


 三人は今、ドゥワフ国へと向かい森を闊歩する。しかし、ここまでほとんど休憩無しの為に疲労困憊であった。


「ロック、マン、ここでちょっと休みましょう」

「ああ、そうだな。ふぅ……水、水」

「ちょっと、ロック。水少ないんだから、あんまり飲まない──ちょっとぉ、ロック飲み過ぎよ! ちゃんと私達の分も残してよぉ」


 岩に腰をかけ、皮の水筒を取り出したロックは、浴びる様に水を飲み、チェスターに注意され水筒を奪われた。


「どうした、マン? 休まないのか?」


 マンは顔を蒼白にして、ロック達から離れようと後ずさる。


「おい! どうし──うわっ!」

「えっ……えええっ!」


 ロックの腰掛けた岩が動き出す。それを見たチェスターの顔色がどんどんと青ざめていくではないか。

そしてロックも漸く気づく事となる。

自分が腰掛けていた岩がフォレストタイガーという魔物だということに。


「うわあっ!! に、逃げろ!!」


 三人は、一斉にフォレストタイガーから逃げ出した。


 その様子をすぐ近くの木の上から見ていた人影が。ロック達が逃げ出した後、追いかける様に木の上から飛び降りた。



◇◇◇



「な、何で数増えているのよ!」

「知るかよ、そんなの!」

「二人とも黙って走れ!!」


 気づけばフォレストタイガーの数は十匹を越えていた。


 疲労で足元がふらつくのもあり、森を駆け抜けるのに特化したフォレストタイガーに追い付かれつつあった。


「チェスター、魔法を!!」

「無理言わないで、足を止めないと狙えないわよ! もしかしてロック、あなた私を囮にするつもりね!」

「だから、黙って走れって、二人とも!!」


 「きゃあ!」と悲鳴を上げて転んだのはロックだ。チェスターが足を止めようとするが、マンがチェスターの腕を引っ張る。


「待ってくれぇぇ」


 悲痛なロックの叫び声で二人は振り返る。

しかし、その時ロックとフォレストタイガーの間に立ち塞がる人物が上から降ってきたのが目に入る。


「いい剣だな……少し借りるぞ」


 ロックの腰から剣を抜くと、その人物はフォレストタイガーに向かって行く。

左右からほぼ同時に飛びかかってくるが、右手で剣を下から首元目掛けて振り抜き、左手からは魔法で吹き飛ばす。


 あっさりと倒された事に、フォレストタイガーは一瞬躊躇してしまうが、それを見逃すほどその人物は甘くなかった。


 瞬く間に目の前にいたフォレストタイガーとの距離を縮めると、フォレストタイガーの頭上へと剣を振り下ろす。

それを見たフォレストタイガーは逃げ出すが、無詠唱での魔法だろう、いきなり土壁が盛り上がり、逃げ場を奪う。


「す、すげえ……」

「はぁ……」

「うおっ、今の避けれるのか?」


 三者三様に驚くほど、突如現れた人物の動きに見惚れていた。

逃げ場は無いと悟ったフォレストタイガーは、森を走り抜ける為のバネのような動きで翻弄しようと試みるが、全て無駄に終わる。


 どの角度から飛びかかっても、その人物に近づいた途端に斬って落とされ、時には魔法で吹き飛ばされる。

そして、その人物のフードが動きの中で取れて、美しい金色の短髪が現れる。

その際、顔もハッキリと見え、とても端正の取れた美青年だった。


 金髪の男性が現れて五分も経たずに、フォレストタイガー達は全て血の海に沈む事になった。三人は、金髪の男性に恐る恐る近寄ると、剣の柄をロックに向けて返そうと差し出す。

そんな、所作までも美しく、特に年頃の娘であるチェスターは頬を赤く染めていた。


「あの……お名前を」

「名前ですか、うーん。あ、アドと申します」


 チェスターに対して目を細めてニッコリと微笑む。チェスターがそれに対して何か言おうとするが、ロックが割り込んで入ってきた。


「なぁ、あんた。良かったら俺達の仲間にならないか?」


 初め割り込んできたロックに不快感を覚えたチェスターだが、ロックの台詞に、心の内で、拳を握りしめ腕を引きロックを褒めた。


「仲間に?」

「ああ、実は俺、勇者なんだよ。俺達についてきたら地位も富もたっぷり入るぜ。悪い話じゃないだろ? あんたなら女も選び放題だぜ、きっと」


 チェスターは、ロックの最後の一言は余計だと心の中でロックの首を絞めていた。


「あなた達が、勇者パーティー……確か四人いると聞いた事があるのですが」

「四人? ああ、随分と古い情報だな。ガキの魔法使いがいたけど、砂漠のど真ん中に置いてきたよ。今頃干からびているんじゃないか」


 くくく、と含みを帯びた下品な顔を見せるロックに、アドは小声で何かを呟く。


「……そんなタマじゃないと思うが」

「ん? なんだ?」


 何か聞こえた気がしたマンが聞き返す。


「いえ、なんでも。そうですか……ふふ、それなら一緒に行きましょうか」

「やったー」

「おお、頼りにしてるぜ! あ、そう言えばアドって金持ってるか?」


 チェスターは両手を挙げて喜び、ロックもアドの肩を叩きながら喜びを露にする。


「ありますけど……」

「じゃあ、帝都に戻って飲もうぜ!」


 こうしてアドを加えた勇者パーティーは、帝都レイハルトに戻るべく森をあとにした。


 一番後ろを歩く、アドの口角が吊り上がっているのも気づかずに。

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