第十八話 幼女、一本取られる

 ルスカが肖像画のモデルを続けてた頃、側に暫くいたのだが、特にする事もないので城内を彷徨うろついていたアカツキ。


 真っ赤な絨毯で敷き詰められた廊下の途中で、ガラス扉のテラスを発見して外の景色を眺めていた。


 肌に当たる心地よい風と日の光。


 眼下には、賑わいと落ち着いた日々を取り戻した多くの住民が。


 肖像画が描き終わり戴冠式に出席した後、アカツキにはやらなくてはならない事がある。


 それは同じ転移者で元クラスメイトの三田村弥生に会う事。


 テラスから外の景色を眺めていると、高校での休み時間、廊下から窓の外を眺めていた当時の事と重なる。


 そんな時、不意に声をかけてくれたのが三田村弥生、彼女だった。


 彼女は、とても明るい性格で一言で表すと太陽。

まさに今、空からアカツキを照らしている日の光の雰囲気を持つ女の子だった。


 日の光をまぶたに受けて、眩しそうに目を細め一筋の涙が流れる。

ただ眩しかったのか、それともアカツキにとって眩しかった彼女の事を想ってなのか……


 しかし、今彼女は麻薬に苦しんでいる。

誰でも親しくなれる性格で、芯の強い子だった彼女。

そんな彼女が自ら麻薬に手を出すとは考え辛い。


 そうなると誰かに摂取させられた事になる。

ナックをもってしても親友と呼ばせる辺り、仲良くなった誰かにとも考えられたが、それならば親友のナックに名前を打ち明けていてもおかしくない。


 しかし、彼女は名前を明かしていない。いや、明かせないというのが正解かもしれない。

だとしたら、それはアカツキや彼女自身と同じ……


 アカツキは思い浮かべた事を打ち消す様に頭を振る。


 ありえない。


 アカツキは、それ以上考えるのを止めテラスを後にした。



◇◇◇



「アカツキ~、アカツキ~!」


 テラスから城内に戻ったアカツキが、廊下を歩いていると自分を呼ぶ声が。

声に反応し振り返ってみたら、丁度廊下の角を曲がりこっちに向かってくるルスカの姿が見えた。


 薄い透け感のある青色のドレス。着慣れないスカートの裾を持ち上げて、駆けてくる。


「どうしたのですか? ルス──カッ!!」


 突撃してくるルスカを受け止めようと、前のめりに屈んだアカツキの鳩尾に、頭から突っ込んできた。


「アカツキ~。もう、じっとしているの嫌じゃ~、アカツキからも言って欲しいのじゃー!」


 後ろから追ってくる絵師とメイドを見ながらアカツキのズボンを引っ張り訴える。

しかし、今それどころではない。

腹を押さえ、顔を歪ませながら痛みを堪えていた。


「追い詰めましたよー、ルスカ様」


 絵師が両手をワキワキと動かしながら、メイドと共に近づいてくる。

ルスカは、ちょっと涙目になりながら必死にアカツキのズボンを引っ張るが反応はない。

その間にも、絵師達は迫って来ていた。


 ルスカの両肩に手が置かれる。それは、アカツキの手。

表情がパーっと明るくなりアカツキの方を見るが、体は反転させられて、絵師達の方に差し出される。


「ぎゃー! アカツキの裏切り者~!」


 メイドに捕まり抱っこされたルスカは、腕の中で暴れる、暴れる。


 別にアカツキは、鳩尾に食らったから怒っている訳ではない。

自身もルスカの肖像画が楽しみなのだ。

口角を上げ笑顔で手を振りルスカを見送るが、怒っているからではない。

目が笑っていないが。


「ワシを抱っこするな~! ワシを抱っこしていいのはアカツキだけじゃ!」


 絵師とメイドとルスカは、廊下の曲がり角に消えていく。


「はいはい。もう少しで終わりますからね~」

「背中をポンポンするなぁー!!」


 ルスカの叫び声は、姿が見えなくなった今も聞こえていた。



◇◇◇


 

 戴冠式を翌日に控え、肖像画が完成したとの報告を受ける。

 ルスカは肖像画のモデルを終えると、アカツキに怒鳴り散らすが、飴玉を渡すと途端に静かになった。


 完成した肖像画はアカツキもルスカも見ていない。なんでも戴冠式で御披露目をするらしい。


 戴冠式当日、アカツキ達が滞在している部屋の窓の外を見ると、他の街からも来ているらしく実に多くの人々が今か今かと城外に集まっている。


「凄い人ですよ、ルスカ」

「うむ、ミラから話を聞いたがセリーやゴッツォも来てるらしいのじゃ」

「それは、後で挨拶しないと」


 ルスカやアカツキ達も参列するために、ルスカはモデルの時と同じ薄い青色のドレス。デザインはシンプルでモデルの時とは違い飾りのないものだ。

アカツキも、黒の正装を着ているが、サイズが小さいため袖と裾が少し短い。


 扉をノックされ返事を返すとメイドが入ってくる。


「アカツキ様、ルスカ様。そろそろ参列を」


 戴冠式の参列者は庭に並ぶ。式自体は城門の上で行われ住民からも見える様になっている。


「アカツキ、アカツキ」


 名前を呼ばれ振り返ると、後ろに並んでいるゴッツォとセリーが。

ゴッツォも正装だがアカツキとは違い肩幅があるため袖は短く、身長は低いため裾は長い。

セリーもピンク色のドレスに二本の白いリボンで、髪を結ってある。


「いやぁ、こんなとこに来ることになるとはなぁ! ガハハハ!」

「ちょっと緊張しますぅ」


 二人は場違いで浮いていないかキョロキョロするが、それが却って目立っている事に気づいていない。


「いよいよなのじゃ」


 盛大な歓声とファンファーレが鳴り響く中、まずワズ大公が、続いてエルヴィスが城門に登り、二人は鋸壁より高く設置されている台へと上がる。


 ファンファーレの楽曲が変わり、淑やかな曲調に変わると、エルヴィスが跪く。

ワズ大公の手で冠を被せられ、エルヴィスは立ち上がり見学している人々に手を振り、大きな歓声と拍手により祝福された。


 と、ここまでは良かった。


 ワズ大公の横にある布が被せられたもの。それは、ルスカの肖像画だ。

大きさは、それほど大きくはなく縦で七十センチほど。


 初めは二メートルのキャンパスに描こうとしたが、ルスカが断固拒否し今の大きさになった。

後で、二メートルのキャンパスに描き直そうと企んでいるワズ大公の思惑も知らずに。


「グルメール王国の民よ! 聞け!」


 ワズ大公がエルヴィス国王の横に立ち、演説を開始する。


「王族には代々伝わる絵本がある! それは我が国の暗黒の時代を描いたもの、暗黒の時代は皆も知っておろう! しかし、我が国を救った英雄の事を知っている者は少ない! これを見よ、これが我が国を救った英雄ルスカ・シャウザードの想像画だ!!」


 ワズ大公が肖像画ではなく想像画と言ったのは、ルスカに対する配慮と、三百年以上生きていると説明しても信じてもらえないだろうと考えたからだ。


 絵画にかけられた布を外し、ワズ大公はルスカの肖像画を天高く掲げる。

住民達は遠くからだとよく見えず、まばらに拍手を送るのみ。


「なぁ、アカツキ。ルスカって、嬢ちゃんの事か?」

「やだぁ、お父さん。スッゴい昔の話だよぉ。そんなはずないじゃないぃ。ただの同姓同名だよぉ」


 後ろから話かけるゴッツォに、セリーが間髪否定する。ルスカは一言「当たり前じゃ」と前を向いていたが、耳まで真っ赤になっているのをアカツキは見えていた。


 ただ、表情は良く見えず、恥ずかしさからなのか、怒りからなのかは分からないが。


「安心するがよい! 良く見えぬであろうが、王族に伝わる絵本を一新しなおし、その姿を住民の皆に配ろうではないか!」


 ワズ大公の発言に、英雄の姿を手元で見れると歓喜に沸く。

一人を除いては。


「わ、ワズ大公め! 約束はどうしたのじゃ!!」


 ワズ大公との約束、それは褒美としてルスカがお願いしたこと。

今ある絵本を廃棄するというものだった。


 この後、ルスカはワズ大公に詰め寄るのだが、ワズ大公はしれっと答えた。


「約束を破った? 破ってなどおらぬ。、一新した後にな」


 ルスカから一本取ったワズ大公は、とても満足げに高笑いするのだった。

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