第18話 青年、幼女に悚然とする

「いっただきますなのじゃ」

「………いただきます」

「アカツキさん、いただきます」

「はい、どうぞ」


 ルスカが手を合わせると、パクもミラもルスカに倣って続けた。


 相変わらずルスカは、口の周りを汚しながら食べ始めると、ミラとパクも同じ様に食べ方まで、ルスカに倣うものだから二人とも口の周りはベトベトだった。


「おねえちゃん……温かい」

「そうね、パク。美味しいし、何より温かいね」


 ミラ達は、無我夢中になって食べていく。

久しぶりに温かい料理にありつけた二人は、気が付けばポロポロと頬をつたい涙を流していた。


「アカツキ、この麺モチモチなのじゃ。シチューも良く絡んで旨いのじゃ」

「そうですか。お口に合って何よりです」


 アカツキとルスカは、他愛もない会話をする。

ミラ達が涙を流していた事にも二人共、気づいてはいたがそっとしてやる事にした。


「ごちそうさまなのじゃ」

「……ごちそう……さま」

「アカツキさん、ありがとうございます」


 ミラはお礼を言いながら立ち上がり、お皿を片そうとする。

しかし、アカツキはそれを制した。


「パクが眠そうです。生憎あいにくここにはベッドが一つしかありませんから、ルスカとパクと一緒に寝てください」

「でも……」


 躊躇ためらうミラだが、パクを見ると既に目は半開きで舟を漕いでいる。


「ワシが案内するのじゃ、着いて来るのじゃ」

「あ、待ってください。ルスカも、そのまま寝てください」


 既に寝てしまい、ミラの背に背負われたパクを起こさないように、ルスカは黙って頷くと二人を寝室へと連れていった。



◇◇◇



 後片付けを終えたアカツキは、台所の窓の外を見ると月は明るく、照らされた井戸も確認できる。

旅の時に来ていたローブを羽織り、ランプを持ち玄関の扉に手をかける。

その時、二階への階段のきしむ音が鳴り振り返った。


「ルスカ」

「なんじゃ、やっぱり一人で行くつもりじゃったか」


 一人アイシャの元へ行こうとしたアカツキの行動は、ルスカにはお見通しだったみたいで起きていたらしい。


「二人はどうしています?」

「ん、良く寝てるのじゃ」

「そうですか。ルスカは二人を守ってあげてください。アイシャさんの所には私が行きますから」


 ルスカは不安げな表情をするが、頷いてアカツキを見送った。


「さて、何事もなければいいのじゃが……二人をちょっと起こすのじゃ」


 そう独り言を呟くと玄関を施錠し、再び寝室へと戻るルスカであった。



◇◇◇



 ランプの灯りと月明かりを頼りにアカツキは、大通りを避けて裏道からアイシャの元に向かうが、アカツキの表情は曇る。


「参りましたね。迷ってしまいましたか」


 まだこの街に来て、日の浅いアカツキには慣れない裏道に苦戦していた。


「ちょいと待ちな、兄ちゃん」


 どの辺りを歩いているのかと確認しようかと、大通りに向かうアカツキに、声をかけてきていた男達が現れ、大通りに出られないように道を塞ぐ。


 その男達の中には、見覚えのある目付きの鋭い黒い服の男が。


「何か御用ですか?」


 男達が奴隷商の取り巻きだと判断したアカツキは、冷静を装う。


「兄ちゃん、奴隷の姉弟かくまっているだろ。命が惜しけりゃ渡しな」


 一人、太った男がナイフを抜くと、月の明かりがナイフの刃に反射する。

アカツキの頬を冷たい汗が一つ伝わり、地面にポツリと落ちた。


「どうして、わかったのですか?」


 あくまでも冷静を装い質問するのには、密告した者が居るのならば知らなくてはならない。


「あぁ? お前、ギルドで俺達が出したクエストに反応してたじゃねぇか。隣の酒場で見てたんだよ」


 密告者は自分だったようで、思わず歯軋りをするアカツキ。

まさか、あのクエストが罠だとは気がつかなかった。


 一歩、ナイフを持った男がアカツキに近づくと、同じようにアカツキも一歩退く。

緊張感の走る空気の中、アカツキはコッソリと空間の亀裂から白菜を取り出すと男達に向かって投げつけた。


「ぐわっ! くそっ、一体何処にこんな物を!?」


 男達が一瞬怯むのを見て、きびすを返して逃げ出すアカツキ。


「チッ! 待ちやがれ!」


 男達は全員刃物を抜き、追いかけ始める。


 アカツキは、足には自信がある。

その恵まれた体格を利用した長いストライド。

元々Sランクになるまでいたパーティーで、クエストもこなしてきた体力。

逃げ切れると思っていた。


 後ろをチラッと振り返ると、男達の中で初めにナイフを抜いた太った男が、仲間を置き去りに物凄い速さで迫ってくる。


「ふはははは、俺から逃げれるかな? この“空飛ぶタラント”様からなぁ!」

「えーっ? なんですかぁ? ブタは空を飛べませんよぉ」

「誰が、ブタだぁ!」


 男は、月明かりがあるとはいえ夜でもわかるくらいに顔を赤くして、怒りながら追いかけてくる。


“グレートウォール”


 突然アカツキと男の間に、地面から土の壁が突き出し邪魔をする。


「ぎゃあっ!!」


 悲鳴と共にかなり鈍い音がした辺り、追いかけてきた男がモロに壁にぶつかったのだろう。

壁が砂に代わり消えると、倒れて気を失った男がいた。


「やっと見つけたのじゃ」


 逃げていた方向から、小さな人影と聞き覚えのある声。

後ろから続けて追いかけて来た男達も何があったのかと、人影を目を凝らし確認する。


「ルスカ」

「なんで、ワシの方が先にアイシャの家に着くのじゃ、アカツキ。来ておらぬから、探すのに苦労したのじゃ」


 白樺の杖を地面に突き鳴らしながら、アカツキと男達の間に割って入るルスカ。


「さて、ここからはワシが相手になってやるのじゃ……アカツキを狙った事を後悔するのじゃ」


 目を吊り上げ男達を睨むルスカに対して、一人の男が笑いながらルスカに近寄る。


「あはは、お前みたいなチビッ子が何をするって? あはは」


“スターダスト・スノー”


 白樺の杖を天に突きだすルスカ。

杖の先から光の筋が天に向かって飛んでいく。


「あはは、なんだそれ? 何も起きねぇじゃねぇか……って雪?」


 男達の周りにのみ雪のような物が散らつきだし、一人の男が確認しようと手に取ろうとする。

男の手に雪が触れた瞬間、白い光が広がると乾いた音が鳴る。


「ぎぃやぁぁぁっ!」


 男の手は既に無く、消えた腕の先から血飛沫と共に悲鳴をあげる。


 一気に他の男達もざわつき出すと、アカツキを一番に追いかけて来てた気を失っている男に雪が触れた。

 

 再び白い光が広がり乾いた音が鳴ると、気を失っていた男の胴体の一部が消え、辺りには更に血飛沫が舞う。


 それを見て素早く反応したのは、黒い服の男。

黒い服の男は、目の前にいた仲間を傘をさすかのように、自分の頭上へと持ちあげると雪を避ける。

その仲間から出る悲鳴と血飛沫と乾いた音。

そのまま一気に雪の降る範囲外に脱出をした。


 黒い服の男以外の男達は、次々と地面に転がり絶命していく。

やがて、雪が止みかけると、唯一残った黒い服の男が腰の剣を抜きルスカに襲いかかってきた。


「隙だらけだ! 魔法使いの弱点は知り尽くしてるのさ!」


 未だに白樺の杖を天に突きだしたままのルスカ。

黒い服の男は、魔法を使っていて動けない隙を狙って来たのだ。

アカツキもそれに気付き、ルスカの所に向かうが相手の方が速い。


“グレートウォール”


「ぐわっ!!」


 突如、男の目の前に出てきた壁に身体ごとぶつかり、後方に吹き飛ぶ。


「くっ! バカなっ、魔法の最中に魔法を使うやつなんて聞いたことないぞ!」


 ルスカの口角を上げ嘲笑うが如く見せるその表情に、アカツキは背筋に今まで感じた事のない寒気が走り震える。


「くく……ワシにすれば、同時発動など容易いのじゃ」


 ルスカは無防備に黒い服の男に近づいていく。と、その時、黒い服の男が頭を地面に擦りつける。


「すまない。俺の負けだ。好きにしてくれて構わない。しかし! これだけは言わせてくれ!」


 一度は顔を上げた男はルスカの事をしばらく見るが、再び頭を地面に擦りつけた。


「お前に、惚れたぁ!! 結婚してくれぇ!!」


 いきなりのプロポーズにアカツキもルスカも戸惑いを覚え、何も言えなくなってしまう。


「ああ……その残忍な目……人を人だと思わないその性格……死神とは、かくも美しいものなのか……」


 ルスカは、恍惚の表情をする男に近づくと、白樺の杖の先を男の額に向け、優しく微笑んで見せる。

男の方も覚悟は出来ているのようでジッとルスカから目を離さない。


 抵抗しない男が鈍い音共に、前のめりに倒れこむ。


「誰が死神じゃ!!」


 怒るルスカの杖の先から、白い拳みたいな物が飛び出していた。

 

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