第11話 仲間にはできないけど

 そういえば、俺が女性を拒絶し始めたのは、いつの頃だったろうか……。


 2000年という途方もない年月を魔王として生きてきた俺にだって、妃の一人や二人いたことがある。

 最初の妃は、俺がまだ二桁代の年齢の時に、臣下の一人から紹介された女性だった。

 政略結婚みたいなものだったが、特に相手が嫌いというわけではなかったし、相手は俺の事を最後まで愛してくれた。

 最後というのは、老いることなない俺とは違い、妃は年老いて死んでしまったのだ。


 そして次の妃はその数年後、俺の年齢が100を越えたあたりだった。

 前妃を亡くし、失意の底にあった俺は、その頃現れた勇者を憤懣の捌け口として惨殺した。そこでついた二つ名が、失意の大魔王。

 そんな殺伐とした俺を支えてくれたのが二番の妃だった。

 そのお陰で俺は立ち直れ、そして数年間を幸せに過ごすことができた。

 そしてまた別れの時が訪れる。

 最初の妃同様、年老いて天に召されてしまう。


 その頃からだ。俺は新たな妃を迎えることをしなくなった。

 理由は簡単だ。俺は年老いることなく生き続け、愛した者たちは、俺よりも先に死んでしまう。それは妃も周りの他の人間も同様だ。俺一人がただ生き続けるのだ。

 幸い二人との間に子宝は恵まれなかったが、俺を残して愛した者達が先立つ喪失感たるや、筆舌に尽くし難いものがあった。


 それから俺は特定の誰かを側に置こうと考えなくなった。

 周りの人間は、妃の一人や二人いなければ魔王としての威厳が、などと言っていたこともあったが、俺には受け入れられなかった。

 逆に考えれば、いつ勇者に倒されるともしれない俺に、新しく妃を迎える心の余裕はなかった。残された者の悲しみや喪失感は、誰よりも自分が良く知っているからだ。


 そして2000年もの長き間、俺はこうして死ねないで今も生きているのだ。

 このくだりは、魔王譚の第1章と2章に少し触れているので、興味があったら読んでくれたまえ。


 だが今の俺はもう魔王ではない。この先順当に年老いて、そして死ぬことになるのだ。

 ようやく周りと同じ生きる権利を手にしたのである。




「で、やはりこうなるのか?」


 俺は木刀を握りながらそう小さく呟いた。


 俺は勇者ミーリア達と模擬戦をすることとなった。

 そして結果は御覧の通り。

 全員が湖畔の砂浜に倒れ、歴然たる力の差に愕然としている。


 全力で相手をしていたわけではないが、これだけ勇者達が弱いとは思いもしなかった。

 これなら間違いなく現魔王のハーディにも負けるだろう。

 これは俺の予想だが、どうやら2000年も生きている俺は、とんでもなく強くなっているのか、それとも他国で生まれる勇者が弱くなっているのかのどちらかだろう。

 ミーリアの言うことには、国で一番の剣士と闘っても勝てたということからして、勇者としての力はそれなりにあるが、全体的な力の低下が他国にあるのかもしれない。

 これは、今までの勇者、自称勇者が弱かったことを如実に裏付ける問題だ。魔国と他国との間にはかなりの力の差があるのかもしれない。

 下手をすれば、魔国の兵士数人と、ミーリア達は互角の戦いをするぐらいの力しか持っていないのだ。これは根本的に勇者が弱くなっていると思った方がいいのかもしれない。


 そんな中、熱の籠った熱い視線が俺を直視しているのに気が付く。


「私達の負けです。私達を仲間にしてください。それと、私を貰って下さい!」


 ぜえぜえ、と肩で息をしつつも、俺の足に縋り付いてきて、まだそんなことを言うミーリア。


「だ、だから最初に言っただろ? 俺が勝っても何も要求しないから、それで良ければ模擬戦してやると……」

「ふっ、キールさんが要求しないのであれば、押し付けるまでです」


 なんだその押し売りのような真似は……。


「どのみちキールさんに負けた私達は、この先に進むことができません。きっとこの森も抜けられずに野垂れ死ぬのが落ちですよ。魔王となんて戦うまでもなく結果は見えています。それならば私達がキールさんの仲間になって、ここで強くなるまで修行を付けて下さい。そして私はそのおまけです♡」


 最後にミーリアは頬を染めながら訳の分からないことを言う。

 確かにミーリアの考えは的を射ているのかもしれない。今の模擬戦でもミーリア達は全力で戦っていたし、この実力では昨日の黒い猫みたいな奴にすら確実に負けるだろう。それにあの魔物よりも弱い魔物でも無傷で勝つのは難しいと思える。この森を抜けるのは困難を極めるかもしれない。

 そもそもゲシュタ王国からここまで来られたことが奇跡みたいなものだ。まあリーとかいうレンジャーが索敵が得意だという話だから、危険を避けて来ていたらしいけど。

 なるほど、多くの勇者達がこの森で命を落とすというのが、やっとわかった気がするよ。


 俺とミーリアの会話を聞いている他の全員も、『仲間にしてください!』的な懇願の目で見て来るのはやめてもらいたい。


「もう、だからそういうのはいいから。確かに今のミーリア達なら魔王には勝てないだろう。ここで強くなろうってのなら別にそれで構わないけど、仲間とかミーリアがおまけとかそういうのはなしでもいいだろうに……」

「ええ~っ、キールさん……私そんなに魅力ないですか?」


 ミーリアは眉をハの字にし、切なそうな表情で得意の上目遣いで俺を見る。だからその目はやめてくれ。絆されやすいんだぞ俺は……。


「魅力とかそう言う問題じゃないだろ?」


 確かに魅力的な女性ではあるが、チョロイ女みたいに自分を安売りするのはどうかと思う。だいたいが歳の差2000歳以上なんだよ、釣り合うわけがないだろう。

 そもそも出会ってまだ二日ばかりなのに、どうしてそういう話になるのかが分からない。


「とにかくここで修行するのは構わない。なんなら戦い方も教えてやる。でも、ここにいる以上は、自分達の事は自分達で出来るようにちゃんと働くこと。これでどうだ?」


 このままここを追い出して早々に死なれても寝覚めが悪い。

 それにハーディに挑戦しに行くのなら、それなりに強くなってもらった方が、魔王VS勇者の興行としては、間違いなく盛り上がる。

 自称勇者を名乗る者と闘っていた頃、手加減して演技していたことを考えれば、ハーディも戦い甲斐があるってものだろう。

 魔王と勇者は、世界のパワーバランスのために戦う定めにあるのだ。

 だからミーリアだっていずれは魔王に挑戦しなければならないのである。


「ぶぅ~分かりました……とりあえずはそれでお願いしますぅー」


 なんだろう。ミーリアは不服そうに頬を膨らませている。

 なんで勝者の俺がこうも敗北感を感じなければならないのだろうか。解せない。


「でも、私諦めませんから。きっとキールさんを振り向かせて見せます!」


 ふんす! と鼻息を荒くしてそう宣言するミーリア。

 なんか、模擬戦とか魔王とかよりも、たんに俺に求愛しているように見えるのだが……穿ち過ぎだろうか?


 まあそれはどうでもいいか。

 いちおうこの顛末を、現魔王ハーディにも報告しておこう。


 こうして、元魔王である俺と、勇者ミーリア達は、しばらくこの森の中で共同生活を送ることとなった。





 共同生活を始めて数か月が経過した。


 人数も増えたので敷地も拡張し、畑も広げることになった。

 それと2軒の新しい家も建築し、各々個別に生活をするまでになっている。

 一軒はガングルとハルの家、もう一軒はリーとサンの家ということだ。一人あぶれたミーリアは、そのまま俺の家に居座っている。別個に家を建ててやろうか? と提案したが、イヤですぅ! と、全力で却下された。


『余計惨めになりますよぅ。そんなに私のこと嫌いですか? お掃除も洗濯も料理でもなんでもしますから、ここに置いて下さいよぅー!』


 と、泣きつかれては無理に家を建てることもできないだろう。


 そんなわけで元魔王の俺と現勇者との奇妙な同居生活が始まったのだった。

 でもミーリア達が来てからというもの、案外楽しく過ごしている自分がいることも否定しない。

 畑仕事に敷地内の設備の増設、それに約束通り全員を鍛えることを日課にし、日々楽しく過ぎて行く生活も悪くない。そう思えるのだった。

 魔王譚を書く時間は若干少なくなってしまったが、夜にはこうして時間があるので地道に執筆も進めている。


「キールさん、お茶ですよー」

「ああ、ありがとう」


 夜、食後リビングで執筆をしていると、ミーリアがお茶を淹れて来てくれた。

 

「キールさんいつも何を書いているんですか?」


 普段は書斎で執筆しているのだが、たまに気分を変えてテラスやリビングで書く時もある。何度かミーリアに目撃されているが、今まで聞かれたこともなかった。


「ああ、物語をちょっとね」

「へーっ、キールさんってそういった才能もあるんですね。尊敬します」

「なに、趣味のようなものさ」

「でもキールさんは一人で何でもできるし、強いし、物語まで書けるなんて、ほんと才能に溢れた人なんですね」

「いや、そんなことはない……」


 たんに誰よりも長生きしているだけだ。2000年も生きて来て、なにもできなかったらそれこそ使えないじゃないか。


「私なんて、畑仕事ぐらいしか満足にできないし、勇者になっても一般人のキールさんに勝てるだけの力もない……ほんと、使えないですよね……」


 ミーリアはそんなことを言いながら自分の力無さに打ちひしがれた。


「そんなことないぞ、畑仕事は俺よりもできるし、家事だってちゃんとできるじゃないか。料理も上手になって来たし、俺は助かっているぞ」

「えっ、本当ですか♡」


 ミーリアはぽっと頬を染め腰をくねくねさせた。なんでその反応するかな?


 まだ数か月だが訓練も順調に吸収し始めており、最初に出会った時から比べれば、かなり強くなっている。

 俺に勝てないと悲観しているようだが、俺に勝てるということは、すなわち魔王に勝てるということだ。俺に勝てるようになるまで強くなれるかどうかは分からないが、一生懸命なミーリアを見ていると、協力してあげたくなる。


「私、キールさんのためにいっぱい頑張りますね♡」

「あ、ああ……」


 なにを頑張るのかは分からないが、頑張るのは良いことだと思うぞ。


 こうしてミーリアとの生活は過ぎてゆくのだった。



 そう言えば、ハーディからこんな手紙が届いた。


『魔王様! どういうことですか? 勇者を保護した? その勇者を鍛えている? なんですかそれ! やめて下さいよー、そんなことされたら私死んじゃうじゃないですか! 弱いなら弱いまま魔王城に連れて来て下さいよ! お願いですよー助けて下さいよー‼』


 まあ一方的な闘いよりも、力が拮抗していた方が戦い甲斐もあるだろうし、国民も盛り上がるというものだ。

 どちらが勝っても負けても、悔いのない戦いをして欲しいものだ。


 頑張れハーディ。

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