第9話 加護の思い違い?
隣国、ゲシュタ王国から来た勇者一行と食事をし、少し話をしていた時、俺は勇者ミーリアの口から意外な真実を知ることになった。
どうやら俺が首を長くして玉座に座って待っていたのよりも、はるかに多くの勇者が魔国に向かって旅立っていたという事実である。
少なくとも本物の勇者は約10年前後に一人、自称勇者に至っては、毎年のように魔国に向かっていたという話だ。
どうも信じられる話ではないが、正面に座る勇者たちは、いたって真剣なようで冗談など話ている気配はない。
待て待て、少し冷静になろう。
そういえば、いつの頃からか来る勇者、来る似非勇者は、魔王城に着いた時点でみんな既にボロボロの状態だったな……。
そのお陰で魔王城に到着してから1週間くらいは治療と体力を回復させてから対戦していた。その勇者達の養生期間が国民の前祭りとして一週間開かれることになっていた。
ということはあれか? もしかして多くの勇者は、この森を生きて越えられなかったってことか?
でもおかしい。勇者も魔王も加護がある限りどちらかに殺されない事には、不死性を保つのが当たり前だ……でも、彼女の話が本当なら、新しく勇者が生まれてきている現状を考えるに、勇者は死んでいるという事実になる。
「なあ、勇者って魔王に倒されない限り死ねないんじゃないのか?」
「えっ? そんな話聞いたことがないですよ?」
「そうなのか?」
「あ、そうか、魔王キーリウスは2000年も生きているという嘘みたいな話があるから、そこから来ているんじゃないんですか? そんなバカな都市伝説みたいな話あるわけないじゃないですか。あははは」
「……」
あれ、全員に笑われちゃったよ。
おーい、現にここに2000年生きている証人がいるんですけど。嘘じゃないよー。
どうやら俺が2000年もの長きに渡って魔王として君臨し続けたお陰で、勇者と魔王との関係の色々な部分が歪曲されているようだ。
確かに俺以前の魔王と勇者は、ほぼほぼ交互に勝敗を分けてきたと、何かの勝敗表みたいなものに記載されていた。
ということは、こんなに長く生きているというのは俺だけなのかもしれない。実際俺を倒せるような強者には今まで出会っていないし、俺がなにか勘違いしているのかもしれない。
誰かに殺されると、魔王もまた死ぬという事か? でも2回ほど毒殺されそうになったが死ねなかったよな。あの時はメッチャ苦しかったよ。一度目の毒殺未遂事件は魔王譚第二章に明記している。興味があったら読んでくれ。
いや今はそんなことどうでもいい。じゃあなぜ勇者は魔王と闘わずして死んだかという事実だ。
この世界に魔王も勇者も同時期に複数は現れない。
魔王は魔国にただ一人で、勇者は魔国以外の他の国にただ一人。
だから加護を受けた勇者が、同じ時代に複数人存在することはあり得ないのだ。
俺以前の魔王も、魔王が倒されてから数年後に新しい魔王が誕生していたという記録もある。斯く言う俺も前魔王が勇者に負けて、数年後に神の加護を授かった、ゆうなれば生き証人でもある。
情報筋では目の前のミーリアが神から加護を得たのは、およそ5年前。そして8年ぐらい前に、前の勇者が魔国へ向かい、そして死んでいるとすれば、確かに計算は合う。
勇者は魔王と戦わずして死んでいる。そう考える他ない。
ということは、俺の認識のずれなのかもしれない。
確かに俺以前の魔王は、全て100年もしない内に勇者に倒されている。そして勇者も然り。俺が魔王になってから何度も入れ替わり立ち代わり現れては魔王の俺と対戦して敗北している。そして最近まで俺が2000年も魔王をしていたのだから、俺みたいに長生きだった勇者は皆無と言っていいだろう。
よし、だんだんわかって来たぞ。
おそらく、勇者、魔王が神から授かる加護は不死ではない。最盛期の肉体を維持し続けるだけのものなのかもしれない。故に致命傷を受けていても治療が間に合うと、最盛期の肉体を維持しようとする。
だから回復できずに確実に死んでしまえば、もうその時点で加護は消えるという事か……。
これが一番納得のできる案ではある。
この森で不運にも魔物に倒され、食べられてしまえば骨さえ残らないだろう。そうなれば、不死性など無いにも等しいだろうからね。
「ミーリアは、勇者になって5年だったか?」
「ええ、12歳の成人の儀で勇者になりました」
「ということは、今17か?」
「そうですよ」
にっこりと微笑む顔がとても可愛い。
若いと思っていたが17だとは思わなかった。もっと大人びて見える。
「でも17には見えないな」
「ですよね、勇者になってから成長が早いんです。あっという間に大きくなっちゃいましたよ」
ミーリアは何故か胸を強調している。別にそこを差しているわけじゃないぞ。
なるほど、やはり加護は効いているということだろう。
ハーディが若返ったように、勇者ミーリアも最盛期の肉体まで急激に成長したということらしい。
まあ、既に俺は魔王を引退した身だ。もう深く考えても仕方がない。
ハーディにはこの新事実は伝えておくこととしよう。
「あのう、それでキールさんはここで何をしているんですか?」
俺が勇者と魔王の関係性を考えていると、ミーリアはそんな質問をして来た。
「ん? ああ、俺はここで余生を過ごしているんだ」
「余生ですか?」
「ああ、余生だ」
「年齢の割には随分と年寄り臭いこと言うんですね」
「……」
あ、しまった。俺の見た目は多分今のミーリアよりは少し年上ぐらいの感じなのだろう。
2000年も生きていたら、寿命の残りが長くても70年ぐらいなんて、余生で十分だと思っていたが、現実的ではないな。
「い、いやあ、こう見えても結構な年なんだぞ」
2000歳越えだよ。普通の人なら軽く20回は人生送れるぐらい。
「へーそうなんですか……」
「ん……?」
そう言うミーリアの顔を見ると、どこか熱のこもった視線で俺を見ていた。
なぜそんな目で俺を見るのか分からずに、軽く首を捻る。
ミーリア以外はお腹がいっぱいになったのか、会話もそこそこに少し眠そうな顔をしていた。
「とりあえずみんな疲れているんだろ? 今日はもう休め」
俺がそう言うと、みんなは『ありがとうございます』と言って、早々に部屋へと戻って行った。
畑も明日責任もって直してくれると言っていたし、今日の所は休んでもらうことにした。
◇
【勇者達は相談する】
勇者ミーリア達は、個人個人にあてがわれた部屋に戻る前に、一度ミーリアの部屋へと集合した。
「なあ、あのキールという人。魔国のごく普通の一般人って言ったよな……」
口火を切ったのはガングルだった。
「う、うん……魔国のごく普通の一般人って、みんなあんな化け物のような強さなのかな? なおかつフェンリルまで従えているし……」
サンがさわりと身体を震わせ自分で自分の身体を抱きながらそう言う。
「あのヘルタイガーを一撃のもとに倒す、いえ僕殺する強さたるや、あの方が魔王だと言われても信じてしまいます……」
ハルもサンと同様、この家の主人であるキールの途轍もない強さに身震いしている。
「どうするよ。ボク達このまま魔国に向かっても、魔王にすら挑戦できずにこの森で死ぬ確率の方が高いかもしれないぞ」
リーは今日までの旅で思い知った現実を全員に突きつける。
この屋敷を偶然にも見つけ、あのキールという人物がいなかったら、今頃自分達は生きてはいない。そう切実に理解しているのだ。
「そうだよね……でも、私達の使命は魔王を討伐する事だから、それは曲げちゃいけないと思う……」
ミーリアは勇者である以上使命は全うしなければならないと考えているようだ。
しかしそれにリーが反論する。
「けど、この森を抜けられなければただ無駄死にするだけだ。それなら勇者でも何でもないじゃないか。それに魔国のごく普通の一般人であの強さなんだから、魔王なんてきっと化け物以上の化け物かもしれないじゃないか? そんなのと態々負ける為だけに戦いに行くのもどうかと思う……」
リーは既に魔王の討伐などできないのではないかと及び腰になってる。
「うん、それは分かっているよ。だから私に少し考えがあるの。しばらくはキールさんに迷惑掛けたぶん、畑や柵なんかも修繕しなきゃいけないでしょ? だからその間にキールさんに頼んでみる」
「なにを?」
ミーリアの考えがいまいち伝わらないサンが問うた。
「うん、キールさんに仲間になってもらおうかなーって」
えーっ! と全員が驚いた。
「魔国の人間だぞ? 信用できない」
ガングルが身を乗り出して反対意見を出した。
「きっと大丈夫だよ。こんなに親切にしくれて、食事まで用意してくれたじゃない。それにあんなに美味しい野菜を育てる人に悪い人はいないよ。だからお願いしてみるね」
元農民の勘なのか、他の連中には分からない理屈だった。
でも自信をもって勇者が言うのであれば、それに従うしかない。
「まあ、あの強さがあれば、この森を抜けるだけでも手伝ってもらえれば、いいかもしれないが……でも魔王とは戦ってくれないだろ? そもそも彼は魔国の人間だし……」リーが言った。
「うーん、それはそうだけど、一応お願いしてみるよ。私に任せて」
ミーリアは少し頬を染めながら、満面の笑顔で胸を叩く。
「でもミーリアに任せたら、また今日みたいなことになりそうだな……」
「居眠りしてみんな死にそうになったしね……」
「心配ですわ……」
「確かに……」
全員が今日のミーリアの見張りの失態で危険な目に遭ったことに、いくばくかの不安要素を抱えていた。
「もうーっ! だからそれは何度も謝ったじゃない~もう赦してよぅ~意地悪ぅ~」
ぷく~っと膨れっ面を作るミーリア。外見は大人だが、まだ17歳のあどけなさが残っていた。
その姿に全員が苦笑いするのだった。
こうしてミーリアは、翌日からキールに熱烈なアプローチを掛けることになったのだった。
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