第6話 成敗!
畑を荒らす不埒者を成敗すべく、俺は畑の
もちろんいくら急いでも作物を踏むことはない。大切に育てている作物にそんな非道な真似はしないのだ。
俺が近付くと、敷地に侵入してきた5人は、へたりと腰を抜かしたようになった。
5人の前まで来て足元に落ちているトマトを見て愕然とする。
「あーあ、もう~どうしてくれるんだよ……せっかく品種改良して明日食べ頃と期待していたトマトがぐちゃぐちゃじゃないか……」
足元には無残にも踏みつぶされたトマトが散乱していた。
腰を屈めて潰れたトマトを拾い上げると、なぜか涙が出て来る。
どうしてだ、なんでこのトマトがこんな仕打ちを受けなければならないんだ! 種をまき、芽吹き、すくすくと成長していくさまを絵日記まで付けていたのに。今日のこの最悪の有様を絵日記に認めなくてはいけないなんて……本当なら美味しく頂きました、で締め括られるはずの絵日記が、侵入者に荒らされました? これってまるで拷問じゃないか!
「うぐぬううううっ……なんて卑劣な事をしてくれたんだ……貴様らいったい何者だ‼」
「……」
俺がそう言うも、侵入者5人はガクガクと身を震わせ誰一人として口を開こうとはしない。
なんということだ、この俺の怒りを鎮めるような、納得できるような説明もできないのか? 魔物に追い駆けられて逃げ込んだんです。わざとじゃないんです。ぐらいの言い訳もできんのか? 何と府抜けた連中だ!
と、眼前の5人を睨み付けていると、またしても俺の神経を逆撫でする事態が発生する。
バキッ、という音とともに、黒い魔獣がこいつらを追って敷地内に侵入してきたのだ。
「あ────────っ‼」
俺はその光景に再度愕然とした。
何とそいつは今年やっと実を付けようとしている柿の木をへし折りやがったのだ。
これには俺の頑丈な堪忍袋の緒もブチリと切れた。
おいおいおいおいおい! やっとだぞ? 8年だぞ? 今年干し柿を作る予定だったんだぞ? どうしてくれるんだ‼
「──邪魔だ退けっ‼」
「「「「「ギャーっ‼」」」」」
俺は眼前に腰を抜かしている5人を、鞘に納めたままの剣で薙ぎ払う。
5人は剣圧に吹き飛ばされ、畑ををゴロゴロと転がった。
こいつらの始末は後回しだ。幸い俺の後からシルバ達も駆け付け、5人の不埒者を見張ってくれるようだ。頼んだぞみんな達。
先にあの黒い猫みたいな奴の息の根を止めてやる。
だってそうだろ? トマトならまたすぐにでも植え直せば、そう期間を置かずに実をつける。しかし柿はそういうわけにはいかない。種を植えてからまた8年もの間実をつけるのを待たなければいけないんだぞ。
干し柿をまた8年も待たなければいけないなんて……この怒り、どうしてくれようか!
俺がグッと地面を蹴ると、瞬間移動ともいえるスピードで黒い猫みたいな奴の前に立つ。
「おい貴様、貴様は取り返しのつかないことをしてくれた。吾輩の大切に育ててきた柿の木をへし折りやがるとは……さあ、その価値のない命、さっさと差し出すがよい!」
俺の威圧は完璧だ。魔王口調で『吾輩』が出ちゃったけど、それはスルーしてください。
言葉が通じるかどうかは分からないが、黒い猫みたいな奴は一瞬ビクッと体毛を震わせた。だが自分の犯した罪を悟ったのだろう。俺と戦う以外にもう生きる道はない、と。
確かにそうだ。ここで逃げ出そうが、俺はこいつを到底許すことは出来ない。地獄の果てまで追いつめてやるさ。
ガアァ────────ッ‼
と大口を開けて吠えると同時に、黒い猫みたいな奴は先制攻撃とばかりに右手を俺にぶつけて来る。
鋭い爪と肉球が俺にぶち当たる。
しかし俺は微動だにしない。少し足元が横にずれたぐらいだ。
「温い、温いぞ! なんだその軽い猫パンチは? パンチというのは──」
こうだ!
──ブン! と右フックを黒い猫みたいな奴の顔面におもいっきり叩き込む。
ボコッ! と顔面に俺の拳がめり込み、柿の木より華奢な牙が折れ宙を舞う。
黒い猫みたいな奴は、──ギャン! と情けない鳴き声を上げ、ドスンと地面に顔をめり込ませた。
びくびくと四肢を痙攣させ、頭部の損傷が激しかったのか、その後そのまま死んでしまった。
「ふん、軟弱な……」
怒りに任せて殴ってしまったとはいえ、呆気なく死んでしまうとは情けない。
俺の敷地で悪戯するぐらいなら、もっと鍛えて来るべきだ。図体の割には弱い奴だった。
「所詮は猫か……たわいないものだ」
さてと、少し本気で黒い猫みたいな奴を殴ったから怒りも若干鎮まったな。
畑を荒らした5人もぶち殺そうと思っていたのだが、少し冷静になって来たぞ。
俺は首をコリコリ鳴らしながら先程の5人の元へと歩いてゆく。
すると5人はガクガクブルブルと身を震わせ土下座していた。
「……」
「す、すいませんでしたぁーっ!」
「こ、降参です!」
「こ、殺さないでください~」
「何でもします、何でもします! だから、だから命だけは」
「あ、あのう私、畑仕事は得意です、荒らしたところは責任をもって直させてください!」
畑の土にこれでもかと顔を
「あーもう、分かった分かった。もう怒らないから顔を上げなよ。シルバ達もありがとな。戻っていいぞ」
どちらにしても怒りも収まったので、もうどうでも良くなった。
というよりも、畑に土下座する珍妙な5人を見て、これ以上怒る気もなくなったというのが本音だろう。
シルバ達が小屋の方に戻ってゆくと、ようやく地面から顔を上げる5人だった。
5人はそうとう疲弊しているみたいで、畑に顔を埋めていたこともあり、人相も非常に小汚たない。とりあえずここで話すのもなんだし、風呂にでも入ってからゆっくりと話を聞こうと思い、俺は家に誘った。
5人を家に案内し、風呂の場所を教え、部屋をあてがい、晩御飯まではくつろいでくれと言い残して、俺はまた畑へと来た。
奴等が荒らした畑の後片付けと、晩御飯の野菜を収穫するためだ。
そろそろ日も傾いてくるし、5年振りのお客さんでもある。食事の準備もそれなりにしないとね。
「まったく散々な日だったな……」
せっかく楽しみにしていたトマトは残念だが、今更どうしようもない。
柿の木はマジで腹が立つが、元凶を殺してしまったので、こいつを食うことで納めることとしよう。
人数もいることだし、少し多めに黒い猫みたいな奴の肉を解体し、残りはシルバ達の餌にする。
「まあこんな所か……ん?」
黒い猫みたいな奴を解体し終えたところで、シルバが何かを訴えてきた。クーンと鳴きながら鼻先を空に向けている。
その方向を見上げると、上空に鷹が飛んでいた。おそらく魔王城とこの家を繋ぐ唯一の情報伝達手段。伝書鷹だろう。
「ああ~またなんか問題かなぁ?」
今度こそ魔王を辞めたいって言って来るんじゃないだろうな。だが俺は戻らないぞ。もうこの生活を手放すつもりはない。
合図を出すと鷹は急降下してきて、俺の腕にしっかりと停まった。
俺は鷹の足に括り付けてある手紙を取り、また鷹を放してやる。鷹は定期的に魔王城とここを行き来しているので、用件があるときはすぐに文を出せるのが便利だ。
大きなものは運べないが、別にいりような物は物語を書く紙ぐらいしかないので、鷹が運ぶのは手紙だけで十分だ。それ以外は結構自給自足で何とかなるものだよ。
案の定、手紙は現魔王ハーディからのものだった。
内容は、
『魔王様大変です‼ ゲシュタ王国の本物の勇者が魔国に向け出発したという報告が! どうしたらいいですか? 私死んじゃうんですか? 助けて下さい、助けて下さい魔王様‼』
だからお前が魔王だろう。俺はもう一般人なんだ。そろそろその辺りを弁えてくれよ。そう言ってあげたい。
しかし勇者がやっと腰を上げたのか。
ふむ、これはなかなか面白いことになってきたな。
だが、一般人の俺は何もしてやることができん。
ともあれ、頑張れハーディ‼
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