(7)なにやら起こったようですよ、魔王さま

「なにっ、なんなのよ。失礼しちゃうわ」

「失礼しちゃうのはお前だろうが」


 ヒステリックな声を出すジャンヌに魔王はボカッと頭にゲンコツを振るう。

 とたん、どさりと意識を失って地面に転がるジャンヌ。


「これでいいか、ガブリエル。あとはお前が村に戻してやれよ」

「ありがと、ウッキー」


 大喜びするガブリエル。はしゃいで気絶しているジャンヌに近づくと、遠慮なく胸元の服を引き裂いた。


「オッケー。ここにあたしの百合の紋章押してあげてたのよ。消えてる、消えてるぅ」


 ありがとねーっともう一度言うと、ガブリエルとジャンヌはパチッという音と共に姿を消した。


「ほんと、ご苦労様です」

 魔王が声に顔を向けると今頃、ラファエルが木陰から出て来ていた。

「ああ、まったく苦労しているよ」


 魔王は二人の悪魔、フルフルとシトリーを連れて魔界へ転移する。それは瞬きの間の出来事で、三人は音もなく消えた。それでも、ラファエルがしばらくその場で動かずにいると、とんっと彼の肩を叩く者がいた。


「なんです、ミカエルさん」

 ふり向かずに言う少年天使に、ミカエルは笑う。

「こんにちは、ラファエル。あなたも魔王さんが心配だったんですか」


「なんのことです」

 顔をしかめて見上げてくるラファエルにミカエルはまた微笑を落とす。

「おやおや、ごきげん斜めですか。どうもわたしは皆さんとそりが合わないようですね」


 ラファエルは肩を上下させてため息をついた。


「そんなことはありませんよ。それで、ウリエルさんがどうしたっていうです」

「いえね、少し問題が起こったんですよ。あなたもお気づきかと思いました」


 さっと顔をあげるラファエル。表情は険しい。


「はっきり言いなさい、ミカエル。なんだというのです」

「おやおや、怒らないでいただきたい。あなたも集中すればわかるはずです」


 にらむようにミカエルの顔を見るラファエルだったが、彼の言うように目を閉じて集中してみる。すると、数秒後に目を開けたラファエルの顔は強張ってしまっていた。


「まさか、壺の封印が……、誰が解いたのです」

「人間ですよ」ミカエルは穏やかに答えるが、ラファエルの顔は厳しい。

「彼の差し金でしょう。違いますか」


 今度は答えずに、ただ首を振るだけのミカエル。しかし、肯定も否定もしていないといった様子だった。含みのある態度に、ラファエルの声に苛立ちが見え隠れする。


「神はご存知か。今すぐ第9圏コキュートスに向かうべきだろうか。ウリエルに知らせよう。彼女は魔王の職が忙しすぎて気づくのが遅れるかもしれない」


「神がご存じないはずがないでしょう、ラファエル。それにあそこは魔界の地下。まずは魔王さんにすべてお任せしましょう」


「悠長なことを」


 顔を背けるラファエル。細い肩が怒りで上がり、歯まで食いしばって感情を押さえようとしているが、彼の周囲で空気が爆ぜるような音がする。ミカエルはそれを咎めるように眉をしかめると、ラファエルの肩に手をやった。


「おやめなさい。ここは楽園ですよ。移動しましょう――」


 ミカエルの言葉が終わらぬうちに、二人の姿は見えなくなった。

 ひらり、と白い羽根が宙に舞い、地面にそっと落ちる。

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