(5)異常事態です、魔王さま

 姿が見える前に、その騒々しい声で彼らの存在が知れた。エデンの園はジャングルに近い状態で、道は獣道に等しい。それでも、声のする方へと突進するように進んで行けば、目の前が突然パッと開けた。


「このエロ男、すっとこどっこい。あんたなんか毒蛇に絞殺されればいいんだわ」

「その毒蛇にそそのかされたのはどこのどいつでしたかね。お前のせいで俺まで神に叱られたんだぞ。これだから女はバカなんだ」


「はあ? 男はバカなんだの間違いでしょうが。露出狂」

「うるせーっ、お前だって似たようなもんだったじゃねーか」

「もう、ダーリン、怒鳴らないでよ」

「うん、ごめんねハニー」


 ラブラブ。


「出てけっ、お前ら出てけってんだろ。目障りなんだよ」

「お前が出てけよ、エバ。追放だ、つ・い・ほ・う」


 カオス。魔王と大天使は言葉を失った。

 あのガブリエルすら何も言えなかったのだ。


 眼前にはリンゴの木の下に男一人と女二人の姿があった。男は下半身のみ腰巻をして隠しておりイチジクの葉がプリントしてある。女のほうのひとりもイチジクの葉をプリントしたノースリーブのワンピースを着ていたが、残るひとりは異常にミニスカート仕上げになっている勇者服を着ている。


「あー…、ごほん」

 最初に声を発したのは魔王だった。

「そもそもなぜ彼らはここにいるんだ。追放されたはずだろう」


「そんなの出入り自由だもの。住んだら怒られるけど、ピクニックがてらに遊びにくる分には見逃されているのよ」


 魔王の質問に答えたのはガブリエルだった。アダムとエバはにらみ合い、そのアダムの腕には勇者のコスプレをした痴女といったほうがいい女勇者が絡みついている。


「あの痴女がお前が任命した勇者なんだな」

 一応の確認を魔王はする。ガブリエルは引きつり笑いをした。

「最初は大人しそうな娘だったのよ。いいと思ったんだけどな」


「おい、お前たち」


 魔王は意を決して草木から姿を現して、三人のバカ人間の前に出た。背後に隠れるようにガブリエルが続き、ラファエルは木陰に身をひそめたままでいる。


「アダムとエバ。それに……誰だ」と魔王は振り返る。ガブリエルが小声で、「ジャンヌよ」と答えた。


「ジャンヌ。きみたちは悪魔に憑りつかれているのだ。いいか、わたしがすべてを解決してやるから、ひとまず静かにしなさい」


「誰よ、あんた」

 ずいっと前に出て来て偉そうな態度をとったのはエバだった。

「あんたたちもうちの旦那に手を出そうってわけ」


「お前、また変な実でも食ったのか」

 魔王はエバの頭を叩いてやりたくなったが、我慢する。

「わたしたちは……、こいつは天使だ」


 魔王はガブリエルと指さす。ガブリエルはひょこっと軽く挙手した。


「あと、あの木陰から出てこないのも、天使だ」

 背後でがさりと音がする。

「それで……、わたしもいい身分の者だ。人間の男に興味はない」


「ほんとかしらね」


 目を細めるエバ。アダムはそんな嫉妬に燃える妻を見て、少々気分が良くなったらしい。鼻の穴が膨らんでいる。アダムを見上げていた腕に絡まっている痴女勇者ジャンヌは機嫌が悪そうに顔をしかめると、わざとらしくすり寄り、重たげな胸をこすりつける。


「ねぇ、二人で向こうに行きましょうよ」

 甘え声。アダムが、目を瞬かせる。

「あ、うん」


「うんだとっ。このエロがっぱ」

「エバ、すまない。俺は彼女を選ぶ」

「なんですって」


 カオス。天使たちは神に祈りそうになった。


「ごほんっ。いいか。もう一度言う。静かにしなさい。きみたちには悪魔が憑りついている。アダムとエバよ。きみたち二人のことだぞ。お前たちに憑りついているのは、フルフルという名前の悪魔だ」

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