百葉箱

白浜 台与

第1話 事故物件

お窓は南向きで日当たり良好。ダイニングキッチン、六畳二間付きで狭いながらもシャワーと浴槽。おまけにトイレとは別で家賃は四万五千円。と破格の安さ。


ただし、窓を開けたら水子地蔵がひしめき合っておりますが。


ちょうど両親の稼ぎが良くなってきた頃だったのだろう。


六畳一間のアパートからこの貸家に引っ越してきたのは昭和54年の2月頃だった。妙に寒くて、お正月の行事は終わっていて、しばらくしてママチャリで10分ほどの距離の保育園に入園したので、

この水子寺の隣の一軒家に引っ越してきたのはたぶん2月頃だった。


とたまみちゃんは推測している。荷物の運び入れが終わって次の日にはお父さんはどこかの電柱に電線を繋ぎに行き、お母さんは歩いて5分の貸し店舗で「やすーく」開業するため不動産屋通いを始めた。


当然たまみちゃんは、これまた歩いて8分ほどの貸家に住んでいるおじいちゃんの家に毎日通う事となった。


おじいちゃんは現在の平成最後の年の価値観からすれば「もう悠々自適」なくらいの年金生活をしている人だったのだが経理のお仕事をしていたので毎晩ソロバン弾いては家計の管理をし、スイーツはアイスまんじゅう1日一個。野菜中心の質素な食事。熊本市内にお出かけするのは年金降りた日だけ。というストイックというよりは「ケチ」な部類の老人だった。


孫娘が遊びに来てもベタベタに干渉する、という事はなく裏が白くなってるチラシの束とボールペンを渡してくれて

「今読んでる絵本の文字を書き出してみろ」と課題を与えて自習させ、自分は野生時代とか好きな小説雑誌読んで日を過ごしている…生きたいよーに生きてる人だった。


どうりでおばあちゃんは日がな1日仏壇の前にいるわけだ。


と子供心に思った。その内、お母さんは飲食店を「やすーく」開業してたまみちゃんは保育園の入園初日に同期入園の子たちと庭園に水道ホースで水をぶちまけるいたずらをやらかし、足元びしょびしょになって帰った。


担当の保母さんはとにかくやたら叩く人だった。汁かけ飯が好きなたまみちゃんは最初の給食でいきなりおかずをご飯にかけてしまい、保母さんに強く頭を打たれた。


ご飯におかずを乗せるのは「行儀が悪い」ということで。


帰りに迎えにきた母の前でも「お家でもそんな事するんですか?」と言いながらたまみちゃんの太ももを強くぶった。


やがて雨ばかりの季節が過ぎて夏になり、地蔵盆のお祭りの頃、お母さんは飲食店の駐車スペースにテーブルと椅子を置いて休憩スペースにして練乳のかき氷を作りまくっていたのでお客さんは一杯来ていて繁盛したが、たまみちゃんは隅でぽつねん、としていた。


それでも週末週末にドリフを見れば寂しさが癒される時代だったのでまだお気楽なほうの子供時代だったのかもしれない。


それからしばらく経って、お盆で初めて合う親戚のおばさんとか生まれたばかりの従姉妹とかがおじいちゃんの家に遊びに来ていて鉢盛りのご馳走があって、周りの大人たちはすべてビール臭かった。


そんな時、お母さんがぜいぜい息を切らしてつっかけサンダルを玄関に放り投げて胸を押さえてお水を一杯飲んでからはーっと大げさにため息をついて…


「あの隣の水子寺の上で、バレーボールくらいのデカさの人魂を見た!」と騒ぎだした。


親戚たちは「お盆だからってバカなこと言いなさんな」とお母さんを笑っていたが、おじいちゃんは「お盆だから何でもあるんじゃなかとね?」と黒ぶち眼鏡をずりあげながら言った。


ねえねえ、とたまみちゃんは日ごろから聞きたかったことを今ここで大人たちに聞いてみようと思った。


「みずこ(水子)って何ね?」


不思議なことに、親戚たちは黙りこんでたまみちゃんの一旦無視したが、おじいちゃんだけは違った。


「生まれる前に亡くなった赤ちゃん達の魂のことだよ」と。


人間ではないもの、例えば幽霊や妖怪の類なんかはやゲゲゲの鬼太郎や怪談本の挿し絵でそれはそれは怖い姿で描かれているけど…


「そうか、あのお地蔵さんは赤ちゃんたちだったのか」とたまみちゃんはそこですとん、と納得して、


怖くない幽霊もいるみたいだな。


と大好きないなり寿司にかぶりついたのだった。

















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