第七十話 情報交換


 30階層のセーフエリアまで無傷で到着できた。

 振り返って、3人の顔を見ると少しだけ複雑な顔をしていた。


「アル?」


「どうした、ユリウス?」


「どうした!?お前!」


 クリスが、ユリウスをなだめている。


「マナベ様。いえ、アルノルト様」


「クリス。どちらでもいいよ。それで?何かおかしかったか?」


「はい。アルノルト様。ユリウス様が言いたいのは・・・」


 クリスに説明されて納得した。

 俺が30階層のセーフエリアに来るまでに、魔法を使わなかったことを聞きたかった・・・。らしい。


 ユリウス。”アル?”だけでわかるか!


「クリスも、ユリウスも勘違いしているようだけど、俺は魔法を使っていたぞ?」


「え?」「あっ!」「・・・」


 ギルは気がついていたようだ。


「アル。お前は、その”刀”で倒していたよな?」


「あぁ。ギルとクリスは俺が無詠唱で魔法を発動できるのを覚えていたようだな」


 二人が頷く。


「ん?無詠唱は解るが、魔法は使っていないだろう?」


「使っていたぞ、身体強化や武器に属性を付与していた」


「アルノルト様。ユリウス様がおっしゃりたいのは」「解っている」


 セーフエリアから外に向かって、”風の刃”を発動する。


「こういう魔法だろう?必要なかったからな。それに、これから階層主に挑むのに、魔力を消費するのは”愚の骨頂”だろ?」


「アルノルト様のおっしゃりたいことは解りますが、この数ヶ月で何があったのですか?」


「どういうことだ?」


「あまりにも違いすぎます」


「クリス。言っている意味がわからない?」


「クリス。いい。俺が聞く」


 ユリウスが、クリスの肩に手を置いて、俺の前に出てきた。

 話を聞いていた、ギルが横に移動する。入り口が見える位置に移動したから、通路を警戒するつもりなのだろう。


「アル。正直に答えてくれ」


「なんだ?」


「お前、中等部の時から、今のように戦えたのか?」


 ユリウスが聞きたい内容を理解した。

 ようするに、俺が初等部の入試の時と同じで、中等部でも手を抜いていたと思って苛ついているのだな。


「出来たかもしれないが、経験が伴っていないから出来なかったと思う。この戦い方は、ウーレンフートのダンジョンに潜るようになってから会得した」


「そうか・・。アル」


「なんだ?」


「ダンジョンとはそれほど過酷なのか?」


「そうだな。俺が感じたのは、確かにダンジョンに出てくる魔物は怖いが、適正な場所で戦っていれば、怖くない。怖いのは、人だ」


「人?」


「自分が誰からも狙われていないなんて、甘い考えは持っていない。それに、ダンジョンの中で稼いでいると思われたら待ち伏せされて襲われる可能性だってある」


「・・・」


「今日は、後ろをギルとクリスが、見ているようだったから、俺は正面の敵にだけ集中できた。だから、戦いもかなり楽が出来た」


ユリウスが二人を見る。

 特に、ギルは気まずそうにしている。クリスは、ユリウスに告げていたようだ。しかし、ギルは何も言っていなかったようだ。


「そうか、わかった」


 ユリウスが肩を落とすが、あとのことはクリスに任せる。

 クリスに睨まれるが、ユリウスのことはクリスに任せるしか無い。


「ギル。通路には誰もいないな?」


 ギルが通路を見に行くが、誰もいない。

 セーフエリアで休憩する。座る場所を作るために、敷物と休憩するためのテントを取り出す。


 通路を見てきた、ギルが戻ってきた。

 誰かが来たら、階層主の部屋に飛び込むつもりだったが大丈夫なようだ。


「ギル。悪いな」


「いいさ。それよりも、アル。俺も、確認したい。索敵の精度は前から高かったが、それにしても強すぎるぞ?」


「そうか?多分、ホームを掌握してから、ダーリオとかダンジョンで戦っていた連中との模擬戦を繰り返しているからな。1対1だけじゃなくて対多数の戦闘訓練とか、中等部では出来なかったことだからな」


「そうか、ユリウス。これで、アルが強かったのは理解できるな。俺たちも、修練を続ければ・・・」


「そうだ。ギル。まだ余裕はあるよな?」


 ギルが腰から下げている袋を指で差す。俺が作って渡した物だ。


「ん?袋か?大丈夫だけど?」


「素材を持ち帰って換金してくれ、ホームの奴らに渡してくれ」


「アル!」「アル!」「アルノルト様!」


「俺は、このダンジョンを攻略する。そのまま、ウーレンフートを出る」


「どうしてだ!アルノルト!」


 ユリウスが立ち上がって、俺の胸倉を掴む。

 解っている。俺を心配してくれているのだろう。


「ユリウス。聞いてくれ」


「黙れ!どうしてだ!アルノルト!お前は、俺たちだけじゃなくて、ホームの人間も・・・」


 最後には涙声になっている。俺が30階層までで苦戦したら、それを理由について来ようとしたのだろう。


「ユリウス。俺は、戻ってくる。そのためにも、やらなければならないことが多い」


「ダンジョンの攻略もその一つなのか?」


「そうとも言える。攻略が目的ではない。今の俺では、奴には届かない。一万回戦っても一回も勝てないだろう」


「・・・」


「ホームを得てから甘えてしまった。言い訳ができる状況になってしまった。それでは駄目だ。2年間しか俺には時間がない」


「え?」「アルノルト様。エヴァのことをお忘れになっていなかったのですね」


「当然だ。2年後にエヴァと合流する。それまでに、奴を倒せるようになっていないと・・・。エヴァは絶対に付いてくる。俺は、もう誰も・・・。うしないたくない」


 ユリウスが、掴んでいた手の力を抜く。


「アルノルト様。全て、お一人で抱え込まなくても・・・」


「クリス。違う。俺の独りよがりな感情だ。でも、だからこそ、お前たちには話をした」


「え?」「??」


「ギル。ウーレンフートのホームを任せていいか?」


「俺でいいのか?」


「お前に任せたい。代表や代表代理になってくれと言っているわけではない。子供たちが困らない状況をキープしてくれればいい。その為なら、マナベ商会の資金を使ってくれ」


「わかった。商会として力を貸す」


「助かる」


「アル。俺には」「ユリウス様。私たちは、カール様を立派な辺境伯にするという約束があります」


「ユリウスとクリスには、大変なことを頼んでいる認識はある」


「わかった。安心しろ。だが、生きて帰ってこい。いいか、必ずだ」


「約束する。ユリアンネと父エルマールと母アトリアとラウラとカウラとルグリタに誓う」


「神に誓うよりも重い言葉だな」


 ユリウスが納得したのか、座り直す。それをみて、クリスも安心表情を浮かべる。


「アルノルト様。それで、手がかりはあるのですか?」


「ダンジョンを出てから、共和国に向かう」


「共和国?なぜ?ですか?」


「ライムバッハ家が急襲されて、混乱しているときに、共和国は動かなかった」


「えぇ」


「境界の移動が出来なくても、村の一つか二つくらいなら奪えるチャンスがあったのに・・・」


「そうですね。でも、それは情報が・・・。それは考えにくいですわね」


「俺もそう思っている。だから、共和国でも何か、”ライムバッハ家”が陥っていたような状況になっているのではないかと考えた」


「影を動かしますか?」


「それも考えたが、共和国を探るのではなく、共和国で”奴ら”を探すのには適さないだろう?」


「・・・」


「だから、ウーレンフートのダンジョンを攻略して、共和国のダンジョンのある街に行こうと思っている。修練にもなるし丁度いいだろう?」


「アルノルト様。お一人で行かれるのですか?」


「クリス。アルを貸してくれないか?できれば、アルと同じくらいの女性を一人付けてくれると嬉しい」


「問題はありませんが?」


「よかった。城壁の外に出来た村で待ってもらってくれ」


「わかりました。誰でもいいのですか?私でも」


「クリス?」


「アルの姉と思えるような感じしますか?」


「いや、バラバラで行動しても不思議じゃない感じにしたい。見た目で誰が主人なのかわからないのがいいのだけどな」


「わかりました。考えてみます。でも、よろしいのですか?私たちに情報が筒抜けですよ?」


「どうせ、監視するのだろう?だったら、堂々と監視しろ」


 クリスが頭を下げる。

 了承してくれたようだ。


 さて、お互いに持っていたカードを出した。

 あとは、階層主を倒して、俺が一人でも大丈夫だと、ユリウスに納得してもらうだけだ。

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