第六十話 スラムの顔役


 結局、ゼバスをはじめ全ての奴隷を解放する事になった。

 本人たちは渋ったのだが、親父さんブルーノが笑いながら『執事が奴隷では、主人も信用できないな』と言った事が決め手となって、解放を受け入れてくれた。


 セバスとツアレの解放が決まって、それならば自分と同格のダーリオが奴隷では、今後入ってくる冒険者がご主人様の事を侮ると言って、ダーリオの解放が決まった。

 その後は早かった。全員の解放が決まって、処理を行った。


 孤児院も正式に、院長が訪ねてきて、これからよろしくお願いしますと言われた。

 働いていたスタッフの全員がホームに移ってくれる事になった。孤児たちを、引き連れてきてくれるようだ。一人も欠けることなく合流してくれる事になっている。


 そして、今・・・。

 俺の座るソファーの前で、眼帯をした片足の膝から下がない人物が座っている。後ろには、いかにもその筋の者ですという雰囲気の若い衆が直立不動で立っている。


「シンイチ・アル・マナベとか言ったな」


 おぉぉ怖い。怖い。


「そうですが、貴方は?」


 まっすぐに目を見て話す。

 この手の人は、こちらから手を出さなければ、自分たちからは手を出してこない。必ず、後ろに居る奴らに手を出させて、親が止める・・・。様式美を兼ね備えた、一連の流れになっている。

 命が安い世界でも、同じ動きなのが少し笑ってしまいそうになる。


「ここは、客に飲み物の一つも出さないのか?」

「え?客だったのですか?それは申し訳ない。いきなり、”マナベはいるか”と入ってきましたので、私は、イルカではないので”違う”と答えました。それだけです」


 後ろの奴らが怒鳴りだす。

 結局、怒鳴るだけになるのが解っているので、無視する。俺に手を出した時点で、この人達は終わる。


「ふぅ・・・。済まない。マナベ殿。儂は、スラムを仕切っている、ベルメルトだ」

「ベルメルト殿。申し訳ありません。私が、シンイチ・アル・マナベです。それで、本日のご用件は?あっ後ろの人もどうぞ、お座りください」


 タイミングを見計らっていたセバスとツアレが動いて、準備を整えてくれる。

 セバスが椅子を二脚持ってきてくれた。同時、ツアレとメイドになった者が珈琲を持ってきた。


「おっすまん」


 頭を下げられた。


「ベルメルト殿から謝罪を受けるような事は一切ありません。どうぞ、お顔をお上げください」

「そう・・・か」

「はい。それで、その為に来たのではないでしょ?後ろの二人も、もともと孤児院出身のようですし?」

「え?」「は?」


 怒鳴り方が演技にしか見えなかった。

 それに、飲み物を渡された時に、しっかりとメイドに頭を下げている。

 そんなチンピラは少ない。俺に怒鳴る時にも、足が少し震えていた。


「どこでわかった」

「魔法使いは、自分の手札を明かしませんよね?」

「そうだな。すまん。もう解っていると思うが、マナベ殿に聞きたい事が有ってきた」

「孤児院のことでしょうか?」


 少しだけ雰囲気が変わる。


「そうだ!どうするつもりだ。特に、孤児たちを!」


 本気で心配しているのがわかる怒り方だ。

 語気を強めて話しているところを見ると、ランドルと同レベルだと思われたのか?

 心外だな。


 セバスに目配せをする。


「旦那様。よろしいでしょうか?」

「あぁ」


 セバスとツアレをはじめとして全ての者が、マスターから”旦那様”と呼ぶことに決めたようだ。ダンジョンの中では、マスター呼びにすると言っていたが、多分言っている本人たちが守らない可能性が高い。

 旦那様呼びに関しても、やめさせる間もなく皆で決めました。よろしくお願いしますと言われてしまった。


 結局、セバスの説得が良かったのか、ホームに居た者で本当の犯罪奴隷以外の全員が残る事にしたようだ。

 給金が良かった事も有るのだが、ランドルとは違うと感じてくれたのなら嬉しい。


 そして、どこから仕入れたのかわからないが、エヴァの事も知っており、奥様にも一度お会いしたいといい出す始末だ。

 エヴァを連れてくる事はないと思いたいのだが、クリスたちがやってきて俺のホームを見たと言えば、間違いなくエヴァは来たがるだろう。ああ見えて嫉妬深いのだ。自分が知らない”俺”があるのが許せないと言っていた。


 ベルメルトは、セバスが渡した書類を眺めてから、後ろの二人に渡した。読めという事だろう。

 3つの孤児院ともに、簡単な計算と読み書きができるようにはしてくれている。


「え?」


 左に座っている青年が声を上げる。

 そして、俺を見る。


 右側に座る青年も内容を確認して絶句している。


「お前たち、どう思う?」

「ベルメルト様」「あ・・・」


「ふぅ・・・。マナベ殿。いや、マナベ様。この書類のサインは院長で間違いない。俺も、何度か書類を交わしていて認識している。しかし、この内容は・・・」


 ベルメルトが何かを考えている。

 自分の中で整理ができていないのだろう。


「旦那様」

「セバス。どうした?」

「旦那様。私が、ベルメルト様に説明してよろしいですか?」

「あぁ頼む」


 3つの孤児院で交わされた契約の説明を、セバスがしてくれている。

 本当に、セバスが優秀で良かった。全部を任せる事ができそうだ。ランドルのバカは、こんな優秀な人間をワトの管理にだけ使っていたのか?


 紐付きの貴族の対応もしていたのだろう。セバスに確認すれば裏がわかるかもしれない。ユリウスが来たら一緒に話を聞けばいいかな?

 そうなると、俺の正体が解ってしまうかもしれないけど、今更だろうな。ホームの上層部には知らせておいたほうがいいかもしれないな。


 契約の事だけをしっかり説明している。

 3つの孤児院への説明を行った事の経緯を含めて話をしてくれている。


 ベルメルト達は、黙って話を聞いてくれている。


 一通りの説明が終わって、セバスが俺を見た。


 説明が終わった事がわかったのだろう。少しだけ時間を開けてから、ベルメルトが俺を見た。


「マナベ様。確認したい事があるがいいか?」

「なんでしょうか?」

「孤児や院長たちの待遇はわかった。かなり良くなるだろう。もしかしたら、下のランクでウダウダしている冒険者よりもいい生活ができるかもしれない」

「えぇそうでしょう」

「この二人も、これなら安心できる。安心できるが、マナベ様。貴方の目的はなんですか?豚野郎ランドルのようにダンジョン攻略の為に使うのですか?」

「使わない。そもそも、孤児たちに俺が命令してダンジョンに入らせる事はしない。それに、ホームに属した限りは、ダーリオの訓練を受けて許可が出た者だけしか潜らせない」

「え?ダーリオ?鉄壁の?」

「はい。ダーリオが訓練を行います。そして、ダーリオやホームの上層部が決めた階層以上は不許可とします。今、ルール作りをしていますが、概ねそんな感じです」

「それでは、余計にわかりません。なぜ、孤児院にこれだけの事をするのですか?貴方にメリットは無いですよね?」


 ツアレが持ってきてくれた、紅茶を口に含む。


「ありますよ」

「教えていただけますか?」

「条件があります」

「何でしょうか?」

「私の話を聞いて納得したら、スラム街に居る孤児を本人の意思は尊重しますが、ホームに組み込ませてください」

「・・・」

「条件は、先程のセバスの説明にあった通りで構いません。そして、スラムの住民にホームに来てくれる人を斡旋してください」

「それほど、人が必要になるのですか?」

「そうです。必要になります」

「いいでしょう。私が納得したら、マナベ様のご希望に添えるようにします」

「ありがとうございます」


 大きく息を吸い込んだ。


「私は、別に孤児たちを”どうしよう”とか考えていません。もっと言うと、孤児たちはおまけのようなものです」

「おい」「は?」「なんで?」


 3人が意味がわからないというような顔をする。

 片手を上げてそれを制してから話の続きをする。


「そう思うのは当然です。でも、孤児はまだ子供です。子供に何かを求める事はしません。まずは、勉強して遊んで寝て・・・。そして、自分の道を見つけるようにして欲しいだけです。だから、俺は孤児に何も求めません。ホームの仕事を手伝ってくれということはありますが、ギルドに依頼を出すほどでもないし、大人がやるほど切羽詰まっていないような事です。お手伝いをして、こんな仕事があると考えて欲しいだけです」

「ふむ」

「だから、孤児に何かを求める事はありません。私が欲しいのは、そんな孤児を育ててきた院長やスタッフです」

「は?」

「そのうち、学校をホーム内に作りたいのです。そのための、スタッフを囲うために孤児院をホームに組み込んだ」

「え?だから、そんな事をして、マナベ様にはメリットがないよな?」


 ベルメルトの眼帯をしていない目が大きく開かれて俺を見つめる。目線だけで人が殺せるのではないかと思えるくらい鋭い眼光だ。


「え?ありますよ。ベルメルト殿。宿屋をしたり、商店をしたり、食堂を営業したりする時に一番困るのはなんですか?」

「そんな物。まずは資金だな」

「それは、ランドルどもから徴収した物があります」

「そう言えば、そうだったな。それなら、場所だな」

「ホームがあります。ダンジョンの入り口が近くて、街の中心にも近い。代官の屋敷は少し遠いのですがそれは商売をやるのにはマイナスにはならないでしょう」

「・・・。ホームで商売をするのか?」

「はい。ダーリオにも、セバスにも、ブルーノにも、少し変な表情をされたけど、問題なければこんな立地で商売しない手はない?」

「ハハハ。そうだな。ここなら商人がこぞって店を出したがるだろうな」

「そうでしょうね。だから、最初は、シュロート商会に店を出させようと思っていますよ」

「は?シュロート商会?王都にある。あのシュロートか?」

「どのシュロートかわかりませんが、シュロート商会が沢山あるとは思えないので、そのシュロート商会です」

「貴方は?一体・・・」

「私は、シンイチ・アル・マナベ。普通の冒険者ですよ」

「・・・」

「ワトは有る。場所も有る。手助けしてくれそうな商会もある。そうなると、残るは従業員ですよね?」

「そうだな」

「ここで問題が発生しました」

「何が問題だ?」

「人が居ないのです」

「人?居るだろう?」

「いえ、足りないのです」

「足りない?」

「はい。今は、あのクズランドルは金儲けとダンジョン攻略という名誉を目指していたようですが、これからは違います。ホームで足場を固めて、皆で安全に攻略する事を考えます」

「?」

「そうなると、足場を固める為には、ホームを拡張する必要が出てきます。それには、優秀な人材が必要です。例えば、主筋の者でも、理不尽な事を言ってきた時に、それに従わないで、黙って子供を逃がすような人とか、バレないように自分たちで働いた分をワトではなく食料でもらってきたり、従業員間で情報をやり取りしたり、第三者を装った外部に信頼できる人物を配置したり、そんな事ができる人材が必要なのです。もっと言うと、無頼漢を装っているけど子供が好きで面倒見が良くて顔役になっているような人も、私のホームには必要なのですよ。綺麗事だけじゃ組織はまとまりませんからね」

「・・・」「なっ」「なんで?」


「これが、私が孤児院を求めた理由です。十分なメリットになると思いませんか?」


 皆が唖然としているのでもう一つの理由を付け足しておく。


「私は力が欲しいのです。勝てない。敵わない。そう思える相手が居ます。その者を、私の手で・・・。そのためにもダンジョンはいい環境なのです。ダンジョンで鍛える為にも、ホームが充実していく必要があるのです」


 クラーラを見つけて殺す。

 ただそれだけの事がこんなにも遠くて、そして重たくなるとは思っていなかった。


 今回の模擬戦でもわかった。

 俺には、圧倒的に経験が足りない。


「・・・」

「それでどうでしょう?」


「マナベ様。お聞きしたい事が増えました」

「なんでしょうか?」


 ベルメルトは、俺の顔を覗き込むようにしている。

 孤児院出身の二人は何が行われるのかわからないようだ。


「マナベ様は、お一人で、あのクズランドルたちを無力化しました」

「そうですね」

「見ていた者からは、かなり余力を残していたと聞いています」

「ギリギリだったとはいいませんが、余裕はありませんでしたよ?あれは、ランドルが愚かな采配をしたのと、テオフィラやアレミルが俺の・・・。私の財産を狙っていて、くだらない方法での勝負になったから勝てたような物です」

「そうなのですか?」

「えぇそうです。俺なら、最大戦力をぶつけます。ダーリオとハンフダたちですね。その周りを盾持ちで塞ぎます。あとできれば、場所に細工くらいはしますね」

「・・・」

「勝たなければ全部失うのですよ?最低でそのくらいだと思っていたたら・・・」


 ベルメルトと孤児院出身の二人が微妙な表情をしている。


「わかりました。それで、マナベ様。もし、もしですよ。私たちが協力しますと言ったら、何を対価に、何を求めますか?」

「まずは、孤児を雇いたい」

「それはわかります。条件は孤児院と同じで構わないのでしたよね?」

「いえ、ホームに属さないのでしたら、割増します。属せない理由が有るのでしょう。その分を賃金として還元します」

「え?」

「そうでしょ?だって、ホームでは食事と寝床を提供しているのに、外部から来てもらっているのに、同等の条件では釣り合わないでしょ?」

「そうだが・・・。孤児に関しては、こっちにもメリットがある。承諾しよう。それだけか?」

「いや、これからが本当の頼み事になる」


 セバスを見ると、部屋の中に居たメイドを連れて部屋から出ていった。


「!?」

「これからのお願いは他言しないようにお願いします。話を聞いてから断るのは構いませんが、誰かに話さないでいただきたい」

「わかった。お前たちもいいよな?」


 3人が了承してくれたので、本当にやってもらいたい事を話した。


「マナベ様。本気ですか?」

「あぁ頼めないか?」

「わかりました。おい。まだ孤児院出身の奴が居るよな?」


 ベルメルトは二人を見ていくつかの指示を飛ばす。

 顔役だけあって、話しが早い。


「報酬は?」

「マナベ様は、どのくらい用意できますか?」


 試されているのがわかるが、嫌な気分ではない。

 大手SIerの仕事をするときの値踏みするような目線ではない。彼らは、命を天秤に乗せている。その対価を聞いてきているのだ。高すぎるのは論外。安すぎるのもダメ。適正価格を感じなければならない。


 テーブルの上に置いた指が自然とキーボードを叩くような動きになってしまう。


「月に、白金貨一枚をベルメルトにわたす。その中からやりくりして欲しい。まずは、一年間頼む」


 白金貨15枚を用意して、ベルメルトの前に出す。


「マナベ様。15枚ありますが?」

「優秀な奴なら、今やっている仕事が有るだろう?それの解除に必要だろう?それに、俺の頼み事を遂行するためには準備が必要になるだろう。そのための資金だ」

「マナベ様。わかりました。お受けいたします」

「ありがとう。詳細は、おいおい決めていきましょう。手付ですので、それはそのまま持って帰ってください」


 俺が差し出した手をベルメルトは握ってくれた。

 それから、小さく”ありがとう”とだけ言ってくれたのが印象に残っている。


 それから、ニヤリと口の端を歪めるような表情をしてから、うやうやしく頭を下げてから部屋を出ていった。

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