第16話 ディオグラディティの失踪
大学の北東では、エースが空中を飛び交い、ガンマンたちを一掃していた。
彼の肉体は、未だどの攻撃にも、傷一つ付けられていない。
「エース・クラッシュハンマー!」
拳一振りで砂漠がカーペットのように翻る。
ガンマンたちおひとたまりでもない。
ゴッサムも戦闘服に着替え、ガンマンたちを隠密行動で始末していく。
太一はグレンシアとの戦いを元に参戦したが、ガンマンたちの銃撃戦はその経験値を上回っていた。何もできずに隠れて逃げるだけだ。
試しに一度フィガーを発動して、空をジェットエンジンで飛び立ったが、あっけなく打ち落とされていた。
「こいつら強すぎるだろ。エクレツェアってこんなとこだったのか!?」
太一はエクレツェアの人間との実力差を感じてた。
すると、大学のドームから、よしきが飛び出てくる。
「Xバースト!」
抑えきれないほどのエネルギー砲を、リズミカルに放出しながら、空を飛んでいた。
エースは彼を見て、
「私に劣らない変態だな」
● って、そんなこと言っとる場合か。
しかし、そうこうしている間に太一が敵に囲まれてしまう。
ガンマンたちは皆カーボーイの姿。
一斉に銃を向けられ、誰が撃っても、致命傷は避けられない。
先ほど、すでにフィガーでの飛行は打ち落とされている。彼らに太一のフィガーでははが立たないのだ。
そうなれば逃げるしかないのだが、それを考えさせる余裕を与えるほど、ガンマンも愚かじゃない。
彼らは一斉射撃した。
ズババババババ、と洗車からガトリングを連射しているような騒音に包まれる。
太一もさすがに死んだと思った。
しかし、砂埃が舞い上がるだけ、太一には傷一つない。
それどころか、
「よし、始末したぞ、次を急げ!」
ガンマンたちは、太一を倒したと思い込んで、次の標的にかけて行った。
「一体どうなっている?」
その時、後ろから肩に手が置かれた。
「やあ、太一くん」
「誰!?」
「僕だよ、ディオグラディディさ」
彼は優しげな顔を崩さず、この戦場の中で彼に笑ってみせる。
「君はまだ新人くんなのかな? 今のは危なかったよ」
「あ、はい。すみません。でもどうなっているんですか?」
「それ見て」
ディオグラディティが指差したのは。太一の足元にある、太一の遺体だった。
「えぇ!? 俺もしかして死んで幽霊になってるのか!?」
「違うよ、これはホログラム。偽物の遺体を転がして、君と僕はグラフィックの中に隠れたんだよ」
「グラフィックの中?」
彼が右手を見せる。そこにはフィガーのような腕時計型の機械が付いていた。
「グラフィックコントローラー。これがあれば忍法隠れ蓑(にんぽうかくれみの)術が使える」
「忍法ってそんなアナログな」
「知らないのかい? 最先端技術は古来の技術を進化させたものなのさ」
ディオグラディティは偽物の遺体を操作一つで消した。今度は操作一つで戦車が現れる。
「じゃ、僕はこれに乗って暴れてくるよ」
「そんな! あなたは護衛対象でしょ!」
「じゃあ、守ってよ。君にそれができるならね」
太一は痛いところを突かれて苦笑った。そのままディオグラディティを見送る。
確かに、今の太一にはこの戦場のレベルは高すぎた。これじゃ、詠嘆のエクレツェアを注ぐのはいつになることやら。
なんとかしてあげないとなぁ。
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戦いが幕と閉じる。
ガンマンは全てエースとよしきが捉えて、砂漠には弾丸が残るばかりだ。
砂嵐が吹き始め、視界が悪くなってきた頃、チームエクエレツェアの人間は大学のドームに集まっていた。ゴッサムとエースも今後の動向を知るために詠嘆のエクレツェアを訪ねてきている。
ドームは天井に大きな穴が開き、見るに堪えない姿だ。
——今回の襲撃を検証しました。どうやら、宇宙空間からの隕石と、ガンマンの事前潜伏による陽動だったようです——
ミズノが語る検証は、今回の事件が何かの目的を達成するためのブラフだったということだ。
その場でよしきが首をかしげる。
「ディオはどうした? あいつは校長を助けに行くと言って砂漠に出て行ったんだが」
スミレやミーティアに聞いてもわからない。ディオグラディティが単独行動を望んだらしい。
「私たち止めんだけど……」
「きずかないうちに納得してたっす」
何か辻褄が合わない。
もちろん、トイレにこもっていたサカ鬼と龍矢も知らず、なぜかゴッサムとエース、校長すらも心当たりがなかった。
校長はおとなしい声で、
「一体どういうことでしょうか?」
太一はあっさり理解してしまう。
「もしかして、ガンマンたちの狙いはこれだったのか? よしき」
よしきはその推測を嬉しがって、
「あちゃ〜。ディオグラディティ連れて行かれちゃたかぁ。おそらく敵の目的はディオグラディティの誘拐、または暗殺だ」
「嬉しがってる場合じゃないだろ!? 早く助けないと」
「そうだな、でもその前に太一の推理力を試そう。どういう状況が考えられる?」
「な……!」
悠長に見えるがこれおよしきの気遣いだった。おそらく、よしきは太一が戦闘に参戦できる強さじゃないと確信していたのだろう。戦場の経験でも積ませたかったのか。
● でも、その時に溜まったフラストレーションがあるはずだ。そんな時に頭を使わせるのはオススメしない。よしきらしくないな。
「ははは、すまん。気付かんかったわ」
● しっかりしてくれよ。
それでも太一はディオグラディティについて推測を始める」
「多分、スミレとミーティアに催眠装置でも使ったんじゃないか?」
「正解だ」
よしきが頷く。確かに、この推理力は一回見ておいても良さそうだね。発想力は君に匹敵している。
サカ鬼が目を見開いた。
「あん!? そんな馬鹿な! 一体なんの恨みが!? そもそも、ディオグラディティさんは兵器の使い手だったはずだ! たやすく負けるわけがない!」
龍矢は自分の犯したミスを改めて悔いた。
「トイレにこもってる間にそんなことが」
よしきは冷静に首を振る。
「いいんだ、おそらくこれも敵の計画だからな」
ゴッサムとエースは先ほどよしきの言った言葉の深い意味を理解していた。
なぜ、ディオグラディティがいない現状で、誘拐はともかく、暗殺という目的が出てくるのか、わからない。元を探って考えると、この計画によしき自身が一枚噛んでいる可能性があった。
そのことに気がついたのは粉の二人だけだが、先ほどエースが感じた通り、状況次第では簡単に敵になる人間だということだ。
ゴッサムはできるだけ視線に殺気を混ぜないよう心がけた。
だが、エースは違う。
「詠嘆のエクレツェアだったか?」
「おお、どうしたんだ? サーバントさんよ」
「やはり、俺がサーバントだと見抜けるわけだ」
エースは彼への敵意を隠すつもりは全くない。それどころか過去に敵対していたかのような顔つきだ。
「貴様が、あの詠嘆のエクレツェアか。あえて光栄だよ」
「たいそう光栄なことだろうな、いつかどこかであった気がする」
「それはまた今度の機会だ、今はディオグラディティのことを先決に考えよう」
すると、エースは手を出した。
「初めまして、エース・クリンプトだ」
「ああ、初めまして。私が詠嘆のえ、グヌゥウ!」
よしきが手を握ると、エースがその手に力を込めた。話さぬつもりで握りつぶすつもりだ。
「こりゃすんごい握力だ。さすが、スーパーな男」
「笑い事ではない、少しひねればお魚さんウインナーより簡単にちぎれるぞ」
「なぜお魚さんウインナー名に例えたんだ」
● 大好きなのかな?
俺とよしきに比べてその場は凍りついていた。急に、大学で最強のサーバントがエクレツェアで最強の男に喧嘩を売ったのだ。
校長は冷や汗が止まらない。だが、彼のことはよく知らないため、口出しをためらった。なにより、詠嘆のエクレツェアが簡単にねじり切られることなどありはしない。そこからの反撃に冷や汗をかいていた。
よしきがふざけたように話し始める。
「お前は、サーバントで最も強いと言われているわけだ。それはよっぽどの栄誉なんだろうな」
「何を言う、100年前、お前が起こした戦争のせいで、その栄誉すらはかなく散ったというのにもかかわらず」
その場のエクレツェアメンバーは首をかしげた。
100年前によしきが生きていたのか? 年齢を見てもあり得ないが、それはエースも同じだ。そもそも、和帝の国ではかなりおとなしかったよしきがそのようなことをするとは考えられなかった。
よしきは少しだけ呼吸を整える。
押さえつけられた右手が赤く染まり始めた。
ミーティアは固唾をのんで見守っているが、スミレは今にも声をあげて止めそうだ。だが、なぜか校長が彼女を視線で制していた。
校長は何かを知った風に、少しだけ冷めた視線を送る。目に宿る穏やかさは歴戦の王者にも見えた。冷や汗はかいままだが。
よしきは鼻で笑う。
「ふふ、なるほど、100年前、そうきたか。通りで人間がサーバントになっていると思った。サーバントは天界の生物しかなることができないからな。天界人ならその範疇だ」
それはすなわち、100年前に起こした戦争は天界人が絡んでいたということだ。同時に、詠嘆のエクレツェアが戦争を起こしたことが仄めかされてしまった。
あくまで仄めかされたのだ。これ以上は言うまい。
ゴッサムがエースの肩を引く。
「それくらいにしておけ」
「ゴッサム、昔話した通りだ。こいつは俺と因縁がある」
「お前にはまだ勝てる相手じゃないよ、多分」
それがわかるなら、おそらく君は強くなるね。
ゴッサムに、よしきは詠嘆した。
「ああ、さすがだ。この世界では相手の実力を見抜く能力は必須。その意味がわかるかな? エース・クリンプトよ」
「……確かにそうだ、彼は強い。だが、ゴッサムはお前のようにはならない。人は、そう簡単に人を殺したりはしないんだよ」
「人は殺してないんだけどねぇ」
「ゴッサムはお前にならない」
「『ならない』、じゃなくて、『なれない』、だろ?」
● 悪役みたいなことを言うな、エクレツェアの主人公よ。
おっと、口が滑った。太一がよしきのことをびっくりして眺めている。飛んだネタバレになってしまったね。
「よし、そこまで言うなら一つだけ本気を見せてやろう、エースとやら」
よしきがそう呟くと、彼の表情は穏やかになった。
「僕の全力衝突人生(フルエンカウント)」
パチィ
静電気が弾けたような音がする。しかし、それ以外、まだ何も起きていない。
サカ鬼も龍矢も視線をキョロキョロ動かしたが、これといった変化はない。
太一がスミレを見ると、彼女も何かが起こると見守っていた。ミーティアもまるで無防備にその何かを待つ。だが、それが太一には信じられないのだ。
もう、すでに変化は起きているというのに。
一見、何の変化も起きていない。だが、それは見た目だけの話。少し離れている太一には確実に伝わっていた。明らかにその場の重力が増している。
かすかな変化だ。1グラムが1・01グラムになるくらいの変化。たったそれだけの変化に太一は気がついた。
逆に言えば太一以外誰も気がついていなかった。それが弱いあまりになのか、それとも別か、分かり得ない。
動揺してキョロキョロしていると、校長だけが歴戦の眼差しで太一を諭していた。
(案ずることはない)と。冷や汗はかいていた。
エースも変化に気がつかない。それどころか彼の平然な顔つきが気に入らず、彼の手の色が青紫のようになるまで力を込めた。
その時、詠嘆のエクレツェアの拳に気がつく。先ほどまで強く握られていた拳がまるで逆に握っているように見える。
(あり得ない! この私が握り返されているだと!?)
だが、真実を受け入れる前に、よしきが突きつけた。
「ほい」
「うごぉ!」
よしきが親指をエースの手に押し当てた。たったそれだけだ。たったそれだけが凄まじかった。
エースはいきなり崩れ落ちる。先ほど太一が感じた重力が10倍になったかのようだ。
1秒、2秒、3秒、と経過するたび、エースは地べたに押し付けられる。
サカ鬼が何かに気がついた。
「まさかこれは、合気道か?」
合気道、それは相手の体を利用した武術と言われている。敵が殴ればそれを利用して、蹴ればそれも利用して、立っていればそれだけで利用する。
太一とスミレもその基礎は心得ていたが、手をつかんだだけで相手をねじ伏せる人間は初めてだ。
「大丈夫か!?」
ゴッサムがエースの手をよしきから振り払った。
「おぉ、やるねぇ。手を振り払うだけでも達人の技が必要だ」
「エース、大丈夫か?」
「大丈夫だ。それより、こいつの考えがいくらかわかったよ」
よしきは不意のことに眉をしかめる。
エースは立ち上がって、
「どうやら、ガンマンの襲撃を詠嘆のエクレツェアは知っていたようだな。どうなんだ、よしき」
「名前教えてないんだけどなぁ」
「心を読むことができる。名付けて。クリンプト・マインドスキャン」
「名づけるのかぁ」
感心してる場合か。
とぼけるよしきにスミレが迫る。
「いい加減にしなさい、それでもリーダー?」
「わかったよ、言うよ言うよ。だから着物の下から浜野で狙うのはやめてくれ」
「ごめんなさい、つい癖で」
スミレは思わず右手を隠す。どうやら、イラついた相手にはすぐに攻撃できるよう、着物の下から狙う癖があるようだ。
● てか、突っ込みどころが多すぎるわ。
よしきは皆に語り始めた。
「実はな、今回の任務。ディオグラディティの護衛じゃないんだわ」
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