第26-5話 最終決戦5

 リスグランツは白眼をむいていた。息も絶え絶えで血の気も引いている。だが、特筆すべきはそのからだの皮膚の色だ。

 黄色人種的な彼の皮膚は、小麦色に焼けてかなり茶色かった。だが、黒数珠繋ぎとつながって十五分ほど、彼の肌は真っ白に色抜けていた。

 まるで黒数珠繋ぎが彼の色を奪っているようだ。

 だが、リスグランツの顔は繊維に満ちていた。


『ハハハハハは! 帝位をよこせぇえ! 俺が、男が! 独裁が! 恐怖が! 支配となるのだぁああああああ!』


● 敵として全ての条件を満たしているような発言だね。やりがいを感じるよ。そうだと思わないかい? よしきくん。

「久しぶりにユニゾンするぞ」

● いいよ。楽しそうだ


 ユニゾンとは語り手と主人公がシンクロする現象だ。敵の行動を先読みして主人公が理解することで、絶対に負けない主人公補正が完成するのさ。

「0・2秒前に語れ」

● 今度からは語ってくださいっていうさね。キシヨくん、理解したかな?

「わかった」

「私はどうすればいいですか、キシヨ」

「ああ、それは多分こうしろってことだ」

「え?」

「ちょ!」


 キシヨはマリの手を握って宝物庫に走り始めた。足元の触手が腐っているおかげで、まったく問題なく走り抜けることができた。


「まさか私を本当に囮に!?」

「はい! 申し訳ありません!」

 元気よく誤ったキシヨの顔は、申し訳ないというよりも、楽しそうな顔だった。

「いいえ、私でよければいくらでも!」

 二人を触手が追いかける。傀儡の敵兵はよしきがひと睨みして動けない。リスグランツと同じ能力であることが逆に警戒心を強め、こちらの有利に働いていた。

 リスグランツは叫び始めた。

『そこをどくんだぁあああああ!』

「何怒ってる。追いかければいいじゃないか」

『なぬぅ!?』

「別に俺はお前と戦うなんて言ってないぜ」

『ウヌヌヌヌゥ!』

「さっさと行けよコラァア!」

 リスグランツは少しだけ眉をひそめると、触手の波に乗りながらマリを追いかけ始める。

 よしきは右手を上げてミズノを呼び出す。

「これでスタートのズレは2・4秒。計算はどうでた?」

——12秒後にミーティアさんを転送します——

「よし、エネルギー飽和率は?」

——95%、あとたった5%ですぅ!——

「あとはあいつ次第だ」


****************************************


 マリをつれて、ひたすらキシヨは南の塔へと走った。

 足元の触手は動かずとも、周辺からウニのように伸びる触手が迫り来る。傀儡の敵兵がやはり素早く、一時の油断も許せない。

 片手でマリの手を引く一方で、もう片方の手で敵全てを撃ち抜く繊細な作業をすでに五秒も続けていた。これもユニゾンのおかげ。

 南の塔はすぐそこだ。


『その娘をよこせええええ!』


 リスグランツが叫びながら触手の波に乗って追いかけてきた。彼が波で進んできた場所の触手は生き返ったように動き出し、後ろから新たな触手が迫ってきた。

 もう、後戻りはできない。


『黒数珠繋ぎ・煩悩騒乱』


 突然、ウニのように絡まってた触手たちが今度は凄まじくうごめき始める。

 形が大きく変わってリスグランツに絡みつくき、ウニから雪だるまのような形に変わっていった。

 急に足場が揺れ、マリが転ぶ。


「マリ様!」

「大丈夫です!」


 逆さず立ち上がって走り続けたが、今のでだいぶ接近されてしまったようだ。


「マリ様、俺が囮になります」

「いいえ、一緒に走り抜けます」

「ですが」

「命令です!」


 会話を中断して、今度はキシヨがマリに手を引かれる。

 こんな人生で最も危険な時に、二人は思い出すのだ、グレンシアと戦っていたあの頃を。

 キシヨの頭の中では嬉しそうに湖の周りを走るマリが、マリの頭にはその後ろにキシヨをつれてはしゃぐ姿が、しっかり映像としてよぎった。


『まてえええええ!』


 リスグランツは接近している。このままでは追いつかれてしまう。キシヨとマリは全力で走り抜けた。

 そこに声が。


「マリちゃん! キシヨ! こっち見なさい!」


 スミレだ。南の塔の窓の上で、鎖がま片手に叫んでいた。


「これに捕まって!」


 触手の塊の上に小さな鉄球を投げつけた。

 キシヨが走りながらそれを披露と、マリの体に巻きつける。


「マリ様」

「おまかせします、ですが生きて帰りなさい」

「わかりました」


 キシヨはマリを抱えて走り出す。ウェディングドレスが相変わらずはためき走りにくい。それでも、今が一番楽しかった。

 風を切って二人で走るのは夢のようで、連れ去られてしまった時はもうどうなることかと思っていた。

 それなのに、今が一番幸せだ。極東の国から離れ、今はこうして二人で走って、責任はすべてないままに。

 ただ二人が共に生きる、駆け抜ける。ただ、自分のために。

 黒数珠繋ぎの塊が大きく動いたことで、崖まで遠くなってしまった。鎖に巻かれても助かるかどうかはわからない。

 それでもマリはキシヨを信じた。キシヨが信じるスミレを信じた。

 抱えられたまま、黒い触手の端っこまでやってくると。


「あとは頼みましたよ」

「わかりました」


 触手の端からマリは飛び降りた。

 後ろからはリスグランツと触手の波が迫る。

 キシヨは振り返って弾丸を撃ち放ち続ける。ただ守るために撃ちはなった弾丸は、そのまま飲み込まれていった。

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