第26-3話 最終決戦3
『皇帝の娘をぉおおおお!』
リスグランツの声がのぶとくなっていく。壊れたラジオのような割れた声響かせて、マリをよこせと要求する。蜘蛛のような姿だが、蜘蛛の姿ではありえない足の数。25本。
すると、蜘蛛で言えば腹の部分がボコボコと煮立ち始める。
『数珠繋ぎアンデッドー!』
蜘蛛の腹部分から刀が突きでて、数珠繋ぎを割きながら傀儡の兵士達が解き放たれる。よく見ると、先ほど取り込まれたリスグランツの忍び達が、腐ったような数珠玉に巻きつかれていた。
クロカズがハルトを急かす。
「ひゅ〜! さっさと中庭を崩せ!」
「もうやってるわ!」
ハルトが掌を顔の前で合わせると、中庭が崩落を始める。
蜘蛛姿のリスグランツも体勢を崩して下の迷宮に足を何本か突っ込んだ。だが、敵兵は異様に身のこなしがよく、崩落する地盤を超えてクロカズに肉弾戦を仕掛けた。
突風で吹き飛ばすが、今起きたたった数秒の出来事に血の気が引いていく。
「ひゅ〜、敵兵は全てリスグランツと同じ身体能力というわけか」
ハルトも掌を解いて兵士たちを蹴りとばいしたが、敵兵全てがリスグランツと同じという言葉の意味を実感していた。
「蹴り飛ばしてもピンピンしてるぞ。リスグランツはあれでも最速の忍びと言われていたからな、これはうぜぇぞ」
「ひゅ〜、だがもうすでに崩落は始まった。迷宮に入ればあとは上から本体を叩く!」
——エネルギー飽和率12%ですぅ——
だが、クロカズの作戦はよしきが考える作戦と真逆にリスグランツを下に落とすものだった。それでは家系図が手に入らない。
キシヨが銃を片手に慌てる。
「どうするんだ、よしき!」
「しかたない、蹴り飛ばすか」
「は!?」
よしきがリスグランツの足元に突貫していった。
『皇帝の娘ぇえ!』
リスグランツの叫びで敵兵が蜘蛛の腹から解き放たれる。敵意はやはり全員素早く、崩落する地盤を超えてよしきに切りかかった。
だが、よしきがその刀を指で挟みとる。そして、敵兵一人ずつから一本一本回収していく。
大蜘蛛の足元にたどり着いた頃には、刀の数が10本になっていた。
よしきは足を振り上げて、蜘蛛の腹を下から蹴り上げる。
「八雲の蹴り。ははは、蜘蛛だけに〜」
ゆうとる場合か。
ふざけて蹴った割に、よしきの蹴りはリスグランツを蹴り上げた。跳ね上がって落ちてくる頃には城の塔のてっぺんを超す高さに。
よしきは勢い余って地面を突き破って下に潜った。
大蜘蛛姿の彼は急に宙を舞ったことに戸惑って、顔だけ覗かせた頂点で目を天にしていた。それでも、反撃は怠らない。
『黒数珠・傀儡の触手!』
宙に浮いた腹の下から、50も60も数えるのが面倒なほど黒い触手を解き放つ。同時に傀儡の兵士まで投下して、崩壊する中庭をさらに混乱させる。
よしきという主戦力が地面の下に潜ってしまって、キシヨも戦闘に参加した。
触手に弾丸を撃ち込む。だが、それもあまり聞いていない。
「まだ足りない! マルコ、フィガー使ってもよしきは怒らないよな!?」
● 緊急事態だからね、僕が許すよ。
「よし! オメガブースト!」
——エネルギー飽和率16%ですぅ〜——
キシヨが空に飛び立ち、触手と敵兵に空中戦を挑み始めた。
それを追うようにサカ鬼と龍矢が飛び上がる。二人とも折れた腕と翼が見事に再生している。
サカ鬼は顔を赤らめて、お気楽そうだ。
「落ちるなクソドラゴン! 俺は今最高にハイテンションだ!」
一方、龍矢は悪酔いしているように見える。
「あ〜、おれ、だ、だからお前の血は遠慮したかった」
「いやっほ〜い! おれをとめられるかぁあい!?」
「やめろ酒乱があああ。空飛べねぇだろ。なんであいつはいつも汚いんダァああはっッハッっはっは」
サカ鬼は酒乱に、龍矢は泣き上戸で泣き始めた。
サカ鬼が空中で触手と敵兵を幾つか撃退すると、龍矢が泣きながらフラフラ空を飛び落ちてきたサカ鬼を回収する。
「酒鬼酒乱・酒場演武!」
「酒臭いヨォ、汚いヨォおおお、うわあああんっへえええん」
——エネルギー飽和率32%ですぅ。コーデルさん、まだやるんですかぁ——
『頼むよ、僕は別件だからね!』
その頃には中にははほとんど崩落していた。
風に乗ってハルトとクロカズが空高く上昇する。さらに、二人の口調は入れ替わっていた。
青銀の髪の毛が逆立ち、つきたてるように尖っている。ハルトのエネルギーが臨界点に達しているようだ。
バトルスーツからも質量のある気配が漏れ出す。怒りのあまり片眼鏡が曇り始めた。
「ひゅ〜! 君たちエクレツェアは大したものだ、僕たちを本気にさせたんだからね!!」
赤銀のクロカズも紳士服を鬱陶しそうにやぶき捨てる。上半身を半裸にして鍛え抜かれた肉体を見せつける。いつも来ているバトルスーツがないならば裸のほうがマシらしい。
「うぜぇ! もう遠慮しねぇよ! 入れ替わっているのがばれてもそんなの知るかぁああああ!」
互いの技を入れ替え、発動した。
「|上風(かみかぜ)|のイザナギ・|下風(かふう)|のイザナミ!」
「|五条(ごじょう)|・|八卦(はっけ)|・|青銀晴天喝采録(せいぎんせいてんかっさいろく)|」
——コーデルさん、エネルギー飽和率59%に急上昇ですぅ——
『いいね、あと少しだ』
ハルトの手には大きな鉄球が垂れる鎖鎌が。
クロカズは胸筋が膨れ、筋肉にエネルギーが充填された。
彼らの目的は、リスグランツの収束及び家系図の保護だ。つまり、リスグランツを南の塔に近づけるわけにはいかない。
ハルトは鎖鎌を黒数珠繋ぎの触手に巻きつけ、鉄球をクロカズに放り投げた。
クロカズは常識はずれな腕力と体の質量でリスグランツを迷宮に引き込み始める。
サカ鬼がそれに築いてリスグランツの腹の下に潜り込んだ。大蜘蛛の下から殴りあげる。
「酒殴り!」
——エネルギー飽和率63%ですぅ——
『ギュええええ!』
下への力と上への力で黒数珠繋ぎ自体が悲鳴をあげる。衝撃と反動でさらに膨れ始めた。
しかし、重力に任せてリスグランツの巨体が落下し始める。
すると、今度はその巨体が上空への逃げ場をなくし、そんば全員を迷宮に押し込み始めた。
ミズノが警告する。
——みなさん、部外者が迷宮に入って出られる可能性は低いです——
——決して迷宮に落ちないでください——
みなさんは冷静なミズノに叫んだ。
「「「できるか!! なんとかしろ(なんとかしてぇうええええええん)」」」
——そう言われましても集まってくれないと一度に転送は私のエネルギー量的に考えるとちょっと——
その時、中庭の城壁に小太刀が突き刺さった。
「障壁・展開」
——エネルギー飽和率72%ですぅ——
お鷹の胸が式場から小太刀を投げ、障壁を地面代わりにしてくれた。
キシヨはそこに着地する。
「ありがとうお鷹の胸さん!」
「上を……潰されますよ」
お鷹の胸が傷を押して指を空に。もはや朝日が届かないほど、リスグランツは膨れ上がっていた。しかもなにやらボコボコと煮え立っている。
『触手騒乱!』
案の定攻撃を仕掛けてきた。今度は百か二百かわからぬほどの触手だ。雨のように降ってきて、城壁にも突き刺さると、城の中から忍びを引きずり出して取り込み始める。
これではマリも危ない。
「きゃあああ!」
「マリちゃん走ってお願い!」
城壁が崩壊して、キシヨがいる向こう側に、逃げ惑うマリ花嫁姿のとスミレが中庭から見えた。
「マリ様!」
「キシヨ!」
『皇帝の娘ぇええ!』
マリは走りにくそうにウェディングドレスを抱え上げている。彼女を見つけたリスグランツが触手を大量に向かわせた。
スミレも一人前の忍びだけあり見事に迎撃するが、やはり敵が悪すぎた。
隙を見せて、マリの腕に触手が巻きつく。
「スミレちゃん!」
「離さないでマリちゃん!」
「い、痛い!」
「待ってて、いまきり離す!」
キシヨを全力で迎撃した。
「フィガー! |獅子(レオ)・マスカレイド!」
——エネルギー飽和率73%ですぅ——
ドババババババン、といままでで最も重い音の銃声がなった。オレンジの弾丸が熱を持って解き放たれたが、銃からも悲鳴のようにキシヨの手間で反動が響く。
だが、威力は相当で、先ほどまで跳ね返された弾丸が触手を吹き飛ばすに至った。
ハルトが鎖がまを引いてクロカズを急かす。
「この程度の障壁は破壊しろ!」
「やってる!」
クロカズが床代わりの障壁を殴りつけた。
傷を負ったおたかのむねの障壁はすぐに亀裂を生じさせる。
だが、酒を飲んだエクレツェアの二人はそれどころではない。
龍矢は泣き上戸のままマッチに火をつける。
「うわああん、火龍がごとくぅう!」
黒数珠繋ぎの敵兵が焼き払われる。
サカ鬼も障壁に足をついて、力を込めてジャンプした。
勢いのまま大蜘蛛のリスグランツに突き刺さる。
「サカ鬼反転術・重力反転」
今度は城中の重力が反転した。
残った触手と敵兵も重力に従って上に落ちる。大蜘蛛の腹に突き刺さって、さらに敵兵がと触手が出てきた。
もちろん、キシヨも上に落下する。
「うわあわわわわ!オメガブースト!」
「うえわええええええん! 上に落ちて下に飛ぶなんて無理だよぉお!」
キシヨはジェットエンジンで、龍矢は翼で飛ぶも混乱して中庭上空をあちこち飛び回り始めた。
触手も上下が変わって操作が効かない。
酒お飲んだサカ鬼も大蜘蛛の腹の上で吐き始めた。
● めちゃくちゃじゃないかバカ。
まともに戦えるのはハルトとクロカズだけだ。
リスグランツを下に落とすことが無理と分かれば、今度は上に落とし始めた。
「ひゅ〜! 手を貸せ! |五条精錬七連脚武(ごじょうせいれんななれんきゃくぶ)|」
「うぜぇなあ、爆風大砲!」
——エネルギー飽和率83%ですぅ——
七連続の蹴りと爆風の玉が大蜘蛛リスグランツの腹に叩きこまれた。
その頃、城の天井で。触手がある上に落ちるマリの手をスミレがつかんでいた。ウェディングドレスがはためいて余計に重くなっている。
「しっかりして、マリちゃん!」
「スミレちゃん! 私が行けば終焉の儀式ができるんじゃないの!?」
「何言ってるの! 巻き込まれたら死んじゃうわよ! あれはあなたが食べられちゃうってことなのよ!」
「わたし、逃げたくないの!」
スミレの手をマリが離す。
「待って!」
マリが上に落ちていった。大蜘蛛リスグランツの腹の上に落下する。
「オメガブースト!」
その衝突の寸前にキシヨがマリをかっさらった。
「無茶しないでくださいマリ様」
「助けてくれると思っていたわ」
だが、タイミングが悪かったようだ。
『触手解放!』
——エネルギー飽和率87%ですぅ——
ついに、膨れ続けていた大蜘蛛姿のリスグランツは、風船のように割れてしまった。今度はウニのように、じゃらららら、と中にとどまっていた触手が全て解き放たれる。
リスグランツの顔はそのまま触手に飲み込まれていった。
触手を伝って、身のこなしの素早い敵兵も迫ってきた。
あたりを囲まれ、絶体絶命だ。
「これは、詰んだか?」
両手にはマリ、周辺は触手の壁、下からは傀儡の敵兵。八方塞がりとはこのことだ。
”ははは、僕の出番がきたようだね”
● またか、さっき封じたんだがな。
”キシヨくん、さあ親友である僕の力を借りるんだ”
”僕なら、そのフィガーの実力を最大限発揮させてあげられるよ!”
”そして今すぐエクレツェアに帰るんだ!”
● キシヨ! このイレギュラーは君に力を課すふりをして乗っ取るつもりだ!
● 決して騙されちゃいけないよ!
”ははは、それがどうした!? ここで、僕に頼らず誰に頼る!?
”マリちゃんをまもるんだろぉおおおお!? 決断の時さ”
「ちょっと黙ってろって、いっただろ」
”!?”
キシヨがつぶやいた。
マリはその言葉を聞いたことがあった。グレンシ後の戦いのときから、極東の国が平和になる前から。強敵とぶつかるたびに。まるで誰かに話しかけられているかのように。
それが誰か、マリはなんとなくわかっていた。おそらく、太一だろう。それも、キシヨの思うキシヨを責める太一。
太一がそんなことをするわけないのに、そこにキシヨはまだ気づいていない。
「上だ、上に進もう」
「え? キシヨ!?」
「オメガブースト!」
上、それは傀儡の敵兵がやってきている上ではない。今、重力が反転して上になっている迷宮だ。光が全く届いていない迷宮は障壁に阻まれ、暗いオレンジになっていた。
キシヨは迷宮に飛び込み始める。
「オメガブースト・ワイルドスプレッド!」
——エネルギー飽和率89%ですぅ〜——
キシヨは迷宮を塞ぐ障壁に向かって何発も弾丸を撃ち込むと、先ほどクロカズがヒビを入れただけあり、障壁は簡単に崩れ去ってしまった。
破片が空へと降り注ぎ、触手と敵兵が砕けた障壁の破片で容赦なく切り裂かれた。ハルトとクロカズにも降りかかる。
「ひゅ〜!」
「うぜぇええ!」
サカ鬼はまだ酒を吐いている。リスグランツが破裂して残った黒い皮の上にゲロだまりを生産していた。破裂した後の黒数珠繋ぎは長時間触れても物質を溶かす効力はないようだ。
隣に泣き上戸の龍矢が転がってくる。
「おえええええええ!」
「うえぇえええん。もうむちゃくちゃダァア!」
「おえええええ!」
「ん? なんか臭い!?」
龍矢の髪の毛がサカ鬼のゲロだまりに浸かっていた。
「ヒィ!?」
「おえええ」
「うぁあああああああああああああああ! 僕の髪の毛がぁあああああ!」
その瞬間、龍矢が吹っ切れる。
ばさばさばさぁ
翼がさらに大きく広がる。さっきは蝙蝠に似ていたが、すでに完全なドラゴンの翼だ。口から生臭い獣の吐息を吐き出して、鋭い牙をあらわにする。
赤い目を光らせて、紳士的な服をもう一度整える。
目線の先にはハルトとクロカズがいた。
「貴様ら、ぶっ殺してやるぅう!」
「ひゅ〜!?」
「うぜぇ、まだやる気だな」
人型のまま翼を羽ばたかせ推進力を作る。速度を加速させて突っ込んだ。
鋭い爪が語りを切り裂く。大蜘蛛リスグランツを巻き込んで切り裂きながら、ハルトとクロカズに差し迫った。
ハルトは鎖鎌を回収すると、龍矢投げつける。
鎖が巻きつき、龍屋の顔面に鉄球が命中した。
クロカズの鍛え抜かれた肉体から全身を使った拳が放たれる。龍矢の腹に思いっきりつき刺さった。
「ひゅ〜、これで上がりだ」
「ドラゴニック・ドラキュリオン(暗黒ドラゴンの吸血伯爵)」
——エネルギー飽和率91%ですぅ——
鉄球が重力に負けて大蜘蛛に突き刺さるも、それを受けた龍矢はケロってしていた。
「あ〜、酔いが覚めたよ。ありがとよ」
三人が先頭をはじめよう足したその時だ。三人を黒数珠繋ぎが取り囲む。
天井にリスグランツが。触手に操られながら顔を出す。
『わしに逆らうなぁああ!』
またしても、黒数珠繋ぎが膨れ上がる。城全体と比べてもはるかにリスグランツの方が大きかった。
『触手帝国』
周辺の黒数珠繋ぎが全て解け、敵兵と触手に生まれ変わった。
足場を失った龍矢とハルト、クロカズ、そしてサカ鬼は空に落ちていく。
そして、中庭にはキシヨとマリだけになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます